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綺麗な実をつける葉

その温もりが緩和する

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 君の、その鼻声が、ずっと僕は気になってる。
 会う度に、鼻声で、何故か手が震えていたり、手をキツく握りしめているその姿が、何故か苦しくて、でも、それを感じて何も言えない僕に苛立って、そういう僕すら嫌いになってしまう。


「私ね、綺麗なものが分からないんだ」
「…?
 突然、どうしたの?」
 そう、なんの脈絡もなく僕に言ったのか、呟いてしまったのか…、分からないその声と姿に、動揺を隠して聞いてみた。

「…綺麗なものって分かるけど、綺麗って分からなくて…
 で、でも、でもね、こういうのが綺麗なんだろうなって感じられて…」
 段々声が弱々しくなっていく君と、ボーッと海を眺める僕。

「……っ。
 ごめんっ!
 なんでもない!
 あはは、私なにおかしなこと言っちゃったんだろっ」
 そうケラケラと笑う君を直視出来ない僕は、「そっか」と、簡潔に伝えた。

「あっ!ごめん!
 そろそろ帰らないとだ…」
「え?あ、そっか、送るよ。」
「う、う~ん…じゃあ、お願いしようかな」
 そう僕に笑って、ショルダーバッグの紐を両手で握りしめる君。

「何かつら…」
「ん?」
「いや、なんでもない」
 「何か、辛いことあるなら話してよ。」そう言いかけて、僕の口は閉じてしまった。
 そう。ずっと、僕は意気地無しだ。
 学生の頃から知ってる君に、今まで何も「頼って欲しい」と一言も言えず、君は1人で解決してきた。だから、僕は段々と、「君を助けたい」と言えなくなってしまった。



「ここで大丈夫。
 また、今度会おうね♪」
「うん。」
「……。」
「……………」
「…あ、じゃあ。おやすみ。」
「うん。おやすみ。」
「また…連絡するね♪」
「うん。僕も連絡する。」
「あはは♪
 さっきから変な顔ばっかじゃん」
「そ、そう?」
「うん!
 ずっと思い詰めた顔してる。」
「う~ん、気のせいじゃないかな?」
「…じゃあ、何かあったら私に言うんだよ?」
「うん。ぁ…」
「じゃあ、おやすみ~!!
 またね♪」
 今度こそ言える。そう思っていたのに、声をさえぎられてしまった。また今度言えるはず。そう思って、僕は家に帰った。



《ごめん。ちょっと、眠くて…遊べないかも…》
《眠いだけなのに?!》
《うん…》
《じゃあ、そっち行くよ》
《いや、大丈夫!》
《嫌なの?》
《そういう事では…》
《じゃあ、いいよね?》
《うん…》

 遊びに行く約束をしていたというのに、メールで「眠くて行けない」だなんてふざけてるだろ。そう思ってしまうのをグッと堪えて、僕は彼女の家に向かった。



「…うわっ。本当に来た。」
「うわっ。じゃなくて…というか、何そのサングラスと、大きいブランケット。」
「へ?!あ、いや、ちょっと…それは…」
「部屋の中ならそれ要らないだろ?」
「べ、別にいいだろっ!
 ほら、早く中に入って!」
「あ、う、うん。ごめん。」
 慌ててドアを閉めて、靴を脱いで部屋に入る。
 昼なのにカーテンを締め切ってサングラスしてブランケットを被っているその姿は、すごく可笑しかった。

「飲み物とかは冷蔵庫から勝手に出して~」
 「ごめん。ほんとに眠くてダメだ…」そう言って、ベッドに寝転ぶ君はすぐ寝息を立てていた。

「はぁ…夜更かししすぎなんだよ。この馬鹿。」
 そう言って、ブランケットを掛け直そうとすると、半袖から見える腕や、首に、淡い光を灯す花が咲いていた。いや、タトゥーのようなもの?にも見えるソレは、息をするように光っていた。

「なんだよ…これ」
 そう言わずにいられなく呟く。それでも起きない君は、理由すら聞けないこの状況を、どうすればいいのか分からず、とにかくブランケットを掛け直すことにした。


 スマホで検索してもその現象は載っていなく、訳の分からない事ばかりで、君を恐ろしく感じながらも、何故か引いてしまうような感情は湧かなかった。
 もしかすると、君自身よりも、君のその花に僕は恐れているのかもしれない。
 とにかく、やはり君自身の口から聞いた方がいいと思い、起こす事にする。

「おい…起きろ。」
 優しくトントンと、肩に触れる。君はそれでもスヤスヤと気持ちよさそうに眠っている。よし、何も異常ない。そう心の中で呟いた。

「お~き~ろ~」
 次は軽くゆさぶってみた。
 起きる気配がしなく、少しムッとする。

「起きろっ!」
 次は、強めに揺さぶる。すると、寝ぼけ眼でありながら、君が起きた。その事に少し僕はホッとする。



「…おはよぉ?
 ……っ?!
 み、見たっ?」
 そう言う君は、青ざめて僕を見つめる。相変わらず眠そうではあった。

「見た。それ、どういう事?」
 指をささなくても伝わって、眠そうな中説明してくれるみたいだった。



「私ね、病気だったんだ。
 あ、今も病気だけど」
 そう言って軽く笑う君は、泣きそうな表情をしながら笑う。

「それで、私ね。
 鬱をもってたんだ。だから…さ。
 薬を沢山飲んだの。楽になれると思って。
 実際楽になれたんだ。
 …っ。
 声が…怖くて、音が怖くて、光が怖くて、人が怖くて、孤独が怖かった。他にも、まだまだ怖いものばっかでね…。」
 そう言う君は、手を強く握りしめていた。

「ある日分かったんだ。馬鹿な私だなって今でも思うよ。
 それでも、薬と声を呑めば幸せになれるって、思ったの。
 幸せを求めた訳じゃないよ。楽になれるなら、それでいいんだって。
 私の発言する否定的な言葉を飲んで、楽になれる薬を飲めば、楽に、幸せに、泣かないで済むんだって。
 だから、そういう薬を探してた。
 あはは。なんでだろうね。先生に薬を処方してもらって沢山飲んだんだ。
 すぐ、効く訳じゃないなら、沢山飲めばいいんだって。」
 彼女の腕には、無数の薄い切り傷が見えた。

「普通の人なら、何も出ない症状みたいなんだけど…、私ねその薬のおかげで前と同じように、辛くなくなったんだ。
 その代わりに、…こんな花が現れて、こうやって瞳にも…」
 そう言って、サングラスを取って僕に見せる。
 昨日は無かった黒目に綺麗な花が映っていた。

「その花のおかげで、私の精神は保たれるけど、すぐ、眠くなっちゃうんだ。
 段々それが長くなっちゃって…、今日はそれが強いんだ。
 強いと、瞳にも花が見えちゃって、何も出来なくなっちゃうの。」
 軽く失笑するように、笑う君を僕は抱きしめた。


「あ…はは。
 な、何してるの?」
「別に。」
「……離してよ」
「なんで?」
「泣いちゃうじゃん。」
「泣いて欲しいから。」
「な…んで…?」
「ずっと泣いてないでしょ?」
「そ、そう…だ…けど…」
「好き」
 何故か、僕の意図ではなく口に出たその言葉。その言葉を聞いた君は、泣き始めた。

「……っ、なんでっ…そう言うのっ…?」
「な、なんでって言われても…」
 泣きじゃくる君を見ていると、僕は気づいてしまった。


 君をこの上なく好きなんだと。




━━━━━━

花咲き病。

目や身体に花が咲く。 
現物が咲くこともあるが、大抵はタトゥーのように刻印の様な形。
淡い光を発するが、瞳の花は、格別に綺麗な花が目の奥に咲いてるように見える。

進行すると眠りが深くなる。
進行していくにつれて、やがてその眠りが永遠のものとなる。
(進行や、症状は個人差がある。)





 治療法は愛する人の温もりを知る事。




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