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幸せを願う葉

いつか、深い闇に2人ぼっちの2人に差し出す光を【二等星】

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 この箱庭に入って、1日経った。

 あの男は、姿を現さなかった。
 本当に、生きてるのか分からないほど、この箱庭はスピカの声が響くだけで、スピカは気が狂わないのかと、心配するほどの静かさだった。

「なぁ。スピカは、今まで何をしてきたんだ?」
「何がですか?」
「え~と…この箱庭でどういう事をしてきたのかなと思ったんだ。」

 少し笑いながら、シチューを食べた。

「……彼と、おしゃべりです。」
「それだけ?」
「はい。」
「あんな奴と、会話なんて弾まないだろ?」
「そんな事ないですよ。
 ディザイアさんは、本物の世界…太陽の無い世界出身だから、悪い印象があるのかもしれませんが…、彼は、十分すぎる程の優しさの塊なんですよ?
 馬鹿正直で、とても、危なかしい。そんな人。」
「……。」

 信じられない言葉だった。とても、愛おしそうに、大切な者として、その気持ちが溢れ出るほどの声色と、表情に偽りも、洗脳も見えなかった。

「そんな奴が、俺たちの世界を壊したのか?」
「……私が、壊したとも言えますから、私も本当は罰せられると、思ってたんです。
 でも、彼だけが、そういう風に伝わってしまったみたいなんですね。」

 悲しそうに、悲痛な声を出して、泣き出しそうになりながら笑うスピカに、俺はどうしたらいいのか分からなかった。

「……スピカが、なんで関わってるんだ?
 ただの、召使いなんだろ?」
「そう…ですね。
 昔は、監視役と、呼ばれてました。
 彼を、監視するという名目で。」
「そうか。」

 監視役…。もうあの記述を見られないが、そんなものは書かれてなかった気がする。

「監視役とされたものは、どういう事を目的だったんだ?」
「彼が、逃げ出さないように。です。」
「そうか。」

 それもそうか。こんな、死なない体でどこにも行けないなら、逃げ出すに違いない。

「私は、自ら立候補したんです。
 彼のそばにいたいと。」
「それは、何故だ?
 犯罪者が好きになるという、あれなのか?」
「そんな事ないです。
 私は、彼とずっと一緒にいて、恋人。
 だったんです。」
「え…」

 恋人…?恋人なんて…、あの男にこんな、優しくて儚いこの人の、恋人…。
 にわかに信じられなかったが、本当のようだった。

「そう。ですよね。
 もう沢山の時間が流れているようだから、大罪を犯した人という。
 有名な歴史上人物ですよね。
 そんな彼ですが、本当に優しいんですよ?
 なんで、パンドラの箱が開いたのかも、パンドラの箱と知らなかったのも、とても優しくて、普通の青年だったから。なんですよ?」
「……もう。いい。」

 気持ち悪くなった。
 それは、あの男を憎んでいた俺自身にもだが、色んな情報のせいでもあった。
 俺の知っていた、あの男の概念が大きく違いすぎたからだ。

「そう…ですか。
 ごめんなさい。
 えっと、じゃあ、食べ終わった所ですし、お風呂入りますか?」
「え、あ。
 じゃあ、入ることにするよ。」


 ずっと、優しいスピカは、少女の姿をしているが、何百年も生きているんだと、考えると、とても苦しくなった。
 感謝を伝えると、風呂に入った。
 風呂に入っていると、また、スピカの楽しそうな声がしたが、次は聞き慣れない、青年の声が聞こえた。
 優しそうな…、でも、何かが欠けているような…そんな雰囲気がした。


「スピカ。風呂ありがとう。
 来客?」
「え、あ。」
 そこには、少し虚ろな目をした優しそうな綺麗な青年だった。
 机に置かれたシチューを、見つめていたのをやめて、俺を見つめる。

「スピカさん。この方は?」
「あ、昨日から一緒に暮らし始めた、ディザイアさんです。
 フェウス。大丈夫?」
「うん。
 ありがとう、スピカさん。」

 そう微笑んで、俺に近づこうと、ゆっくり歩む。
 その光景を見て、すぐ気がついた。あの男だと。それなのに、何故か、とても…悲しく、辛く、苦しい気持ちになった。
 だが、そんなのは気にしない。こいつは、俺たちを。俺たちの世界を…壊した男。

「ディザイアさん。僕は、ケフェウスって、いいます。
 ごめんなさい。
 僕、何故か大切に、大事に思ってるものは必ず忘れちゃうみたいで…、また、聞いてしまうこともあるかもしれないけれど、なるべく覚えているように、頑張るから。」
「え………?あ、お、俺…は…」

 何故か、この男が話した瞬間怒りが、消えてしまった。拍子抜けになったような…、こんなに、寂しくて、本当に優しい、スピカと同じくらい、優しいと、感じるほどに…。
 俺たちの思っていた、あの禍々しい人物じゃなかった。銅像も、絵画も、間違っていた。
 こんな、綺麗で、優しそうな表情をして、初めてあった俺に対しても、自分の事を話しながら、俺を気遣うように、困り顔に言うその姿は、青年よりも、少年のようにも感じる。


「スピカさん。えっと、ディザイアさんは、どうしてこんなに、泣いているのかな?僕、変なこと、言ってしまったかも…」
「え、あ。」

 溢れ出す涙が、止まってくれなかった。何もかも、痛々しかった。
 こんなにも、しっかりしている容姿が、幼い子供のように…、まるで、記憶が…。

 俺は、今。やっと、気づいた。
 大切な記憶が消える。その呪いは、この男の自我を支える。作る物も消えてなくなるということ。
 俺は。俺は、何も、分かってなかった。


「ごめんなさい。
 僕、何も分からなくて…傷つけてしまったなら…ごめんなさい。」
「いやっ、本当っ、大丈夫。
 だから、謝るなよっ」

 謝り続ける、彼は、俺の涙を止める事が出来なくさせる。
 その様子を、スピカは、どういう風に見ているのかも分からなかった。
 俺を、彼を毛嫌いして憎み続けた俺を、どんな顔をしているのかも分からなかった。



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