月の絆~最初で最後の運命のあなた~

大神ルナ

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第6章 本当の自分

[4] はじめての対面

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 狼呀は、襲いかかってくるオオカミを腕でなぎはらった。
 そのたびに、甲高い鳴き声を上げられ嫌な気分になる。

「お前たちを傷つけたい訳じゃない。マリアを返せ。それだけだ」

 しかし、オオカミの攻撃がやむ気配はない。

「分からせるしかないんじゃないか?」

 瑞季も襲ってくるオオカミを放り投げながら、うんざりしたように呟いた。

「だめだ。お前は、下がってろ」

 相手を殺す訳にはいかない。
 もとはといえば、狼呀の仲間がした事で、オオカミシフターが犯人ではない。

「狼!」

 考えていたせいで、一斉に襲ってきたオオカミに狼呀はうまく反応できなかった。

「くそっ!」

 足首と太ももに噛みつかれて、それを振り払おうとすると、別のオオカミが手首に噛みついてきた。

「待ってろ、狼!」

 狼呀の視界の端で、瑞季が体を震わせている。

「やめろ、瑞季。これは命令だ」

 瑞季を睨み付けると、苦痛にたえるような顔をして、車のドアに怒りをぶつけた。     

「お前たち、離してやれ」

 冷静で、落ち着いた声が静かな森に響き渡った。
 今まで怒り狂っていたオオカミたちは、耳を後ろに倒し、頭を下げながら道を開ける。
 狼呀に噛みついていたオオカミたちも、例外ではない。
 森の奥から出てきたのは、狼呀の本能が反発するくらいアルファらしい男だった。

「俺は冬呀だ。我々の縄張りで何をしている」

 氷のような青い瞳と、狼呀と同じ琥珀色の瞳は、静かな怒りを募らせている。

「狼呀だ。マリアを迎えに来た」

「帰れ。マリアは、俺たちの群れの一員だ。お前みたいな人狼には渡さない」

 その言葉に反応するように、オオカミたちは狼呀の周りをゆっくり歩くのと、冬呀の横に並ぶのとで別れていく。

「冬呀……お前の意見はどうでもいい。マリアの意思を知りたい」

「マリアは、ここで本来の人生を受け入れる準備に入る。それが、彼女には今一番大事なことだ」

「勝手に決めるなよ」

 狼呀は、唸るように言った。
 それに周りも反応して、鋭い牙を鳴らして威嚇してくる。
 今にも飛びかかり、狼呀の喉をかみきりそうな勢いだ。

「それなら聞くが、お前と一緒に帰ったとして、マリアは幸せか? 群れをつくることも出来ない人狼の中にいて、彼女の全ては満たされるのか?」

 狼呀は、なにも言えなくなった。
 マリアの命を狙ったのは、家族とも思っていた仲間だ。家族に認められず暮らすのは、苦痛にしかならない。
 だが、伴侶の絆は理屈でどうにか出来るものでもないのだ。

「マリアは、俺たちが慕っていたアルファ夫婦の娘だ。彼女の幸せのためなら何でもする。だが、お前だけは認めない」

「あんたに、何が分かる! マリアは俺の伴侶だ。俺だけが幸せにできる」

「思い上がるなよ、人狼。今、彼女がもっとも求めている願いを叶えられるか?」

「願い?」

「マリアは、家族の苦しみを取り除くための報復を望んでいる。お前に、人間が殺せるか?」

 人狼は、吸血鬼から人間を守るために、吸血鬼の宿敵として生まれたと伝わっている。
 人間には、満月がもたらす狂気の時以外には手を出せない。
 まるで、プログラミングされたロボットのように、それだけは出来ない。
 人間を手にかける。
 そう考えただけでも、吐き気がしてくるほどだ。

「俺たちは、群れの仲間の為なら何でも出来る」

 だからといって、はいそうですかと、狼呀は引き下がれない。
 二度と離さないと心に決めた。
 狼呀は、かぎ爪をあらわにした。
 言って理解されないならのなら、もう話す必要はない。こうなったら、相手を傷つけないようになどと言っていられない。
 狼呀は、マリアのところに行くために、一歩を踏み出した。

「やめて!」

 マリアの悲痛な叫び声が、全員の注意を引いた。
 無事である姿に安堵して、飛び出た爪も引っ込んだ。
 駆け寄って抱き締めて、もっと無事を確かめたいと心が叫ぶが、その前に冬呀がマリアを引き止めた。

「お願いだから、戦わないで」

「分かった。分かったから、下がっていてくれ」

「狼呀は危険じゃない。あたしが、自分で話す」

「だめだ。あいつは、無理にでも君を連れて行く気だぞ」

 冬呀は、慰めるようにマリアの頬を指の関節部分で優しく撫でた。
 今すぐ、あの腕を引きちぎってしまいたい。
 狼呀の意識は、危険なまでに人狼に近づいている。
 全員がマリアと冬呀を見ていたが、骨が折れるような音が聞こえはじめて、注意はそちらに移った。

「瑞季!」

 アルファの伴侶に対する保護本能に火がつき、瑞季が変身しそうになっていた。
 今夜は、満月。
 いつもなら、すでに地下に潜っている時間だ。

「やめろ、瑞季。今すぐ地下に向かえ」

「だけど、おまえとマリアちゃんを残しては……ぐっ!」

 瑞季は苦痛に、顔を歪めた。すでに声帯が変化しはじめたのか、唸り声に近い音が口からもれた。
 このままでは、この場所で変身して、とんでもない事が起きる。
 オオカミシフターどころか、マリアまで巻き込まれてしまう可能性がある。

「お願い、冬呀。行かせて」

 マリアの声も気になったが、狼呀は瑞季をなだめながら近づいた。
 すでに瞳は蜂蜜色に輝き、手は人狼のものに変わりはじめている。

「大丈夫だ。お前は、自分のことだけ考えろ、瑞季」

 視界の片隅で、マリアと冬呀が何かを話しているが、人狼の耳でも聞き取れない。
 だけど、冬呀はマリアから手を離し、オオカミたちが不満そうな声をもらしながら下がっていく。

「狼呀! あなたも早く」

 駆け寄って来たマリアを抱き締めたかったが、瑞季を車に乗せるので精一杯だった。

「マンションに急いで!」

 冬呀と何を話していたのか、狼呀は突き止めたかったが、夜までにマンションに着かなければならない。
 何も話さず、瑞季の苦痛の声だけをBGMに狼呀は車を走らせた。

 


 



 




 




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