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第6章 本当の自分
[2] 不甲斐なさを感じて
しおりを挟む「エレン! ソーニャ!」
狼呀は、遠慮することなく力任せに扉を開けて、女たちの集まる部屋へと入った。
中にいた女たちは、はじめて見る狼呀の様子に恐怖を感じたのか、目的の人物への道を開けていく。
「狼呀……どうしたの?」
「黙れ!」
肩を怒らせながら、二人の前に立つと恐れる匂いが鼻を突いた。
名前を呼ばれなかった女たちは、狼呀と瑞季の後ろに移動して、無関係だとばかりに二人だけにした。
二人は、アルファに楯突いたのだ。
守る者はいない。
「レイラの指示か? マリアをどうした!」
「しっ知らない」
二人は首を振った。
「どうして、あたしたちが……あの子に何かしなくちゃいけないのよ」
少し強気に出た態度に、横で瑞季が口笛を吹いた。
「認めて話すなら、今だぞ?」
「だから、何の事よ!」
二人は狼呀を押し退けて、部屋を出て行こうと試みた。
そう簡単にはいかない。
気が強い赤毛のエレンを狼呀が捕まえ、金髪でエレンとレイラの後ろをついて回っていたソーニャを瑞季が捕まえた。
「お前たちは、アルファである俺に楯突いた。何より悪いことが何かわかるか?」
怒りのままに牙をのぞかせ、掴んでいる喉に爪を食い込ませる。
「俺の伴侶に手を出したことだ」
ここまでのことをしたのは、生まれてはじめてのことだ。
今まで、アルファらしく接してこなかった。
ある意味、狼呀にも責任がある。
「お前たちは、反逆罪としてロームに送る」
「そんな!」
あまりのショックに、二人は体の力を抜いた。
狼呀と瑞季が手を放しても、逃げるどころか、その場にへたりこんだ。
周りの女たちまで、ざわつきはじめた。
それもそうだ。
ロームとは、アルファを持たない放浪者の人狼が集まる酒場。
乱暴で、責任なんてものをもたない者ばかりで、危険な場所でもある。伴侶の存在を信じておらず、性欲のはけ口のためにセックスをする連中だ。
だが、マリアのことについて、喋るつもりがないなら仕方ない。
これ以上は、時間の無駄だと判断して、狼呀は瑞季に目を向けた。
「行こう。早く探さなければ」
満月までという期限もある。
瑞季と二人で、エレベーターに向かおうと、女たちに背を向け――。
「待って! 言う」
声を張り上げたのは、ソーニャだった。
横にいるエレンは、信じられないって顔をしている。
「ソーニャ、あんた!」
「うるさい。あたしは、はじめから反対だった! でも、レイラに逆らえなかっただけ……あたしは、もう嫌よ!!」
女同士の喧嘩がはじまりそうだった。
だが、そんなものに付き合っている時間は、狼呀にはない。
「二人ともやめろ! ソーニャ、話せ」
狼呀の一喝で、二人は黙った。
そして、ソーニャだけが口を開く。
「あの子は、狼シフターの縄張りにいます。そこなら、絶対に生きて帰ってこれないからって……レイラが」
血の気が一気に引いた。
怒りも、そのおかげで無くなったが、代わりに心臓が潰れそうなほどの不安が生まれた。
シェイプシフターの存在は、作り話だと思っていた。
「ソーニャ、よく話してくれたな。だが、ローム行きはないが、別の一族のところへは行かせる」
「かまいません。ローム行きより、マシです」
真っ直ぐ狼呀の目を見て話す姿勢に、アルファとして感心した。
なのに、なぜ今までレイラたちの取り巻きの一人になっていたのか不思議なくらいだ。
彼女なら、他の一族で上手くやっていけるだろう。
アルファらしい気持ちのままエレベーターに乗り、扉が閉まった瞬間に狼呀は、マリアの伴侶でしかない男に戻った。
心配でたまらない。
狼呀は噂でしか知らないが、縄張りに入った者を、例え知らないで入ったとしても殺すと言われる狼シフター。
月の力の影響を受けず、人間にもっとも上手く溶け込める存在。
噂を思い出しているうちに、一つ思い出したことがある。
ステーキハウス〈バイソン〉で出会った別の狼の匂いをさせていた女の存在にーー
「大丈夫さ、狼。彼女は普通とは違う」
瑞季の言葉に、狼呀は頷いた。
こんな時は、人狼同士の繋がりは頼もしい。
「ああ、マリアなら大丈夫だ」
少しでも本当になるように、狼呀は呟いた。
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