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転生前、教師としての竜崎紫央⑧
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そこからはまるでアクション映画を観ているようだった。
遠くに悲鳴が聴こえたが、それは紫央とはどこか別の世界で起きている出来事のように思えた。それよりも鮮烈すぎる眼前の光景に、たちまち紫央の意識は捉われる。
姫川を支えていたはずの紫央の手が重力には逆らえず、自らの意志とは裏腹にその手が身体から離れてしまったのだ。
「姫川ぁ!」
紫央は右手でフェンスを掴んだまま、反対側の手をぐっと下へ向けて伸ばす。
「手を伸ばせ!」
自分でも信じられないほど、できる限りの前傾姿勢を取り、姫川との距離を縮めていた。
「先生ぇ!」
先ほどまで剥き出しになっていた姫川の敵愾心はすっかり消え失せ、代わりに、絶望だけを残した顔が紫央に向かって必死に手を振り上げる。
途端、紫央の指先にひんやりとした氷のような姫川の指先が触れた。
──今、このタイミングを逃したらすべてが終わりになってしまう!
「……っ!」
歯を喰いしばった紫央はもう数ミリだけ腕を伸ばした末、なんとか姫川の手を摑まえることができた。
この間、実際には僅かな時間だったろうが、紫央にとっては果てしなく遠く感じられた。
──あとはそう遠くない内にレスキュー隊が来るだろうから、それまで辛抱すれば……。
途端、思った以上の負荷がぐっと紫央の左手に強く圧し掛かる。
当然だ。
いくら小柄とはいえ、男子高校生ひとり分の命の重みを支えているのだから。
日頃、怠惰に過ごしてきた四十過ぎの身体には、既に辛抱を堪えきれるほどの体力はなく、今すぐ肩が脱臼しそうな予感さえしていた。
だからと言って、ここで姫川を放すわけにはいかない。
けれど、肩から肩甲骨、上腕の辺りが尋常ではないほどの痛みを伴っている。
同時に、目の前がちかちかと明滅しはじめていた。
──まずい……このままじゃ、二人揃ってこのまま地上へ落下する予感しかない。レスキュー隊はまだか!
冷や汗がじっとりと紫央の全身を濡らしていった。
「……ぅくっ」
大きな痛みに指先が痺れて徐々に感覚がなくなっていく。
すると背後から、逞しい大きな手が腰に回された。
振り向く余裕など一切なかったが、後方にいたその存在をふと思い出す。
紅虎だ。
「竜崎先生、もう少しの辛抱です。そろそろ、レスキュー隊が到着するはずです」
あれほど嫌悪していた存在だったはずが、孤軍奮闘していたところに現れたせいもあり、救世主のようにみえた。
「姫川も頑張るんだ」
それまでの姫川に対する態度とはまるで正反対の、教師として威厳のある、もっともらしい言葉を紅虎は掛けていた。
「……紅虎、せんせぇ」
それまで恐怖で嗚咽を洩らすしかできなかった姫川は、震えながら惚れた教師の名前を呼んだ。
「いいか、姫川。この先、俺とどうこうなりたかったら絶対に竜崎先生の手を離すな」
いつもとは違う、大衆受けする喋り方ではなく、実直そうな落ち着いた低い声が姫川へと指示を出す。
「は、はいっ」
震えたまま、か細い声で姫川は返事した。
当然だが、姫川の視線は手を握っている紫央ではなく、紅虎のほうへ熱く注がれていた。
必死で命を繋ごうとしている紫央としては、なんとなくやるせない。
しかしそれでも、姫川がこの逆境を諦めないでいてくれるように紅虎が仕向けてくれたのは、素直にありがたいと思った。
だからこそ、すでに紫央の腕は限界を突破を迎えていたが、紅虎が繋げてくれたこの場の士気に、自身ももう少しだけ踏ん張ろうと決意する。
すると、ようやくレスキュー隊などの訪れを告げたサイレンが耳に届く。
──た、助かった。
紫央は安堵する。
瞬間、左腕がずるりと地上へ引っ張られる感覚がして、今度は紫央までもが宙へ放り出されてしまった。
「姫川ぁ!」
咄嗟に機能する右手で姫川を抱きしめる。
すると当然、落下速度は倍で加速していく。
──あ、今度こそダメだ。俺、今日で人生が終わる……。人づきあいが苦手だったくせに、最期は人を助けて終わっていく人生だなんて信じられない。
「姉さん、推しの雑誌……買って帰れなくて悪かった」
不謹慎にも、ふと、まだ平和だった直前の出来事を思い出し懺悔する。
──でも、とりあえず教師として教え子を守った名誉の死ということで、どうか許してほしい。そして来世では人に憎まれることなく、ひとりでいいから俺を大切に……愛してくれる人に出逢いたい。
柄にもなく紫央はそう思いながら、最期の瞬間まで姫川を庇うようにしてぎゅっと抱き締めた。
二人が落下した衝撃で、つられて引きずられたもうひとりの存在に最期まで気づかないまま――。
遠くに悲鳴が聴こえたが、それは紫央とはどこか別の世界で起きている出来事のように思えた。それよりも鮮烈すぎる眼前の光景に、たちまち紫央の意識は捉われる。
姫川を支えていたはずの紫央の手が重力には逆らえず、自らの意志とは裏腹にその手が身体から離れてしまったのだ。
「姫川ぁ!」
紫央は右手でフェンスを掴んだまま、反対側の手をぐっと下へ向けて伸ばす。
「手を伸ばせ!」
自分でも信じられないほど、できる限りの前傾姿勢を取り、姫川との距離を縮めていた。
「先生ぇ!」
先ほどまで剥き出しになっていた姫川の敵愾心はすっかり消え失せ、代わりに、絶望だけを残した顔が紫央に向かって必死に手を振り上げる。
途端、紫央の指先にひんやりとした氷のような姫川の指先が触れた。
──今、このタイミングを逃したらすべてが終わりになってしまう!
「……っ!」
歯を喰いしばった紫央はもう数ミリだけ腕を伸ばした末、なんとか姫川の手を摑まえることができた。
この間、実際には僅かな時間だったろうが、紫央にとっては果てしなく遠く感じられた。
──あとはそう遠くない内にレスキュー隊が来るだろうから、それまで辛抱すれば……。
途端、思った以上の負荷がぐっと紫央の左手に強く圧し掛かる。
当然だ。
いくら小柄とはいえ、男子高校生ひとり分の命の重みを支えているのだから。
日頃、怠惰に過ごしてきた四十過ぎの身体には、既に辛抱を堪えきれるほどの体力はなく、今すぐ肩が脱臼しそうな予感さえしていた。
だからと言って、ここで姫川を放すわけにはいかない。
けれど、肩から肩甲骨、上腕の辺りが尋常ではないほどの痛みを伴っている。
同時に、目の前がちかちかと明滅しはじめていた。
──まずい……このままじゃ、二人揃ってこのまま地上へ落下する予感しかない。レスキュー隊はまだか!
冷や汗がじっとりと紫央の全身を濡らしていった。
「……ぅくっ」
大きな痛みに指先が痺れて徐々に感覚がなくなっていく。
すると背後から、逞しい大きな手が腰に回された。
振り向く余裕など一切なかったが、後方にいたその存在をふと思い出す。
紅虎だ。
「竜崎先生、もう少しの辛抱です。そろそろ、レスキュー隊が到着するはずです」
あれほど嫌悪していた存在だったはずが、孤軍奮闘していたところに現れたせいもあり、救世主のようにみえた。
「姫川も頑張るんだ」
それまでの姫川に対する態度とはまるで正反対の、教師として威厳のある、もっともらしい言葉を紅虎は掛けていた。
「……紅虎、せんせぇ」
それまで恐怖で嗚咽を洩らすしかできなかった姫川は、震えながら惚れた教師の名前を呼んだ。
「いいか、姫川。この先、俺とどうこうなりたかったら絶対に竜崎先生の手を離すな」
いつもとは違う、大衆受けする喋り方ではなく、実直そうな落ち着いた低い声が姫川へと指示を出す。
「は、はいっ」
震えたまま、か細い声で姫川は返事した。
当然だが、姫川の視線は手を握っている紫央ではなく、紅虎のほうへ熱く注がれていた。
必死で命を繋ごうとしている紫央としては、なんとなくやるせない。
しかしそれでも、姫川がこの逆境を諦めないでいてくれるように紅虎が仕向けてくれたのは、素直にありがたいと思った。
だからこそ、すでに紫央の腕は限界を突破を迎えていたが、紅虎が繋げてくれたこの場の士気に、自身ももう少しだけ踏ん張ろうと決意する。
すると、ようやくレスキュー隊などの訪れを告げたサイレンが耳に届く。
──た、助かった。
紫央は安堵する。
瞬間、左腕がずるりと地上へ引っ張られる感覚がして、今度は紫央までもが宙へ放り出されてしまった。
「姫川ぁ!」
咄嗟に機能する右手で姫川を抱きしめる。
すると当然、落下速度は倍で加速していく。
──あ、今度こそダメだ。俺、今日で人生が終わる……。人づきあいが苦手だったくせに、最期は人を助けて終わっていく人生だなんて信じられない。
「姉さん、推しの雑誌……買って帰れなくて悪かった」
不謹慎にも、ふと、まだ平和だった直前の出来事を思い出し懺悔する。
──でも、とりあえず教師として教え子を守った名誉の死ということで、どうか許してほしい。そして来世では人に憎まれることなく、ひとりでいいから俺を大切に……愛してくれる人に出逢いたい。
柄にもなく紫央はそう思いながら、最期の瞬間まで姫川を庇うようにしてぎゅっと抱き締めた。
二人が落下した衝撃で、つられて引きずられたもうひとりの存在に最期まで気づかないまま――。
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yu一chiさん、いつも本当にありがとうございます!とても励みになっております。
どうぞ最後まで読んでいただけますように🙏✨