18 / 20
転生前、教師としての竜崎紫央⑥
しおりを挟む
「竜崎先生っ!」
遠巻きに様子を窺っていた教師らが声を上げる。
フェンスを跨ぎながらこれは夢だと思った。
しかし、ところどころ悲鳴を上げる四十過ぎの身体が、これは現実なのだと紫央へ伝えてくる。
なるべく下を見ないように紫央はフェンス側に向き合う形で、恐々姫川の右隣へと降り立つ。
思った以上に足場は狭く、心許ない。
すこしでも強風が吹けば、姫川などたちまち落下しそうだ。
眼下では、まだレスキュー隊などが到着した気配はない。
もし足が滑ったら……と、想像するだけで紫央の心臓は縮み上がってしまう。
同時に、もうずっとこの不安定な足場に立っている姫川が、どれほど本気で紅虎を想っているのかもわかってしまった。
酔狂じゃこんなところは立てない。
本気なんだ。
思春期のこのくらいの年頃は、なにに対しても熱しやすく全力投球になる傾向がある。
姫川もそうなのかもしれないが、隣に立ち、その気迫が冗談ではないことを身を持って知ってしまった。
だから尚のこと、これ以上姫川が変な気を起こす前に、フェンスの向こう側へ無事戻すのが最善だと判断する。
「竜崎先生、何しに来たんですか? 同情しにでも来たんですか?」
敵意剥き出しの姫川は詰るように紫央へ喰ってかかる。
同情なんかで来るわけないだろ、と内心で返す。
しかしそれは口にも顔にも絶対に出せない本音だ。
もう一つ言うと、まったく関係ない紫央を巻き込まないでほしい、という最低な本音も。
同時に、四十肩を忘れてしまうほど姫川が心配になったのも、正真正銘の本音だった。
「姫川が心配だから来たんだ」
「なんで? 先生、違うよね……?」
絶望的な顔をしながらも、姫川は、はっと鼻で笑った。
「違うとはどういうことだ? 心配だからという理由で、このフェンスを越えて姫川の隣に立った私の気持ちはどこが違うのか?」
努めて冷静に伝えるつもりだったが、ついムキになって反論してしまった。
言ったあとで後悔する。
「じゃあ、やっぱり同情でしょ? 僕のような子どもが、紅虎先生に釣り合うと思ってないって。本当は心の中でそう嘲笑ってバカにしてるんでしょう?」
慟哭のような声で紫央に責め苦を与えようとする。
当然の反応だ。
だから人づきあいがいつまで経っても上手くならないのだと、今さら後悔してももう遅い。
「同情もバカにもしてない。ただ、どうして私を引きあいに出したのかがわからない」
すると紫央の話に耳を傾けていた姫川が、突然拳でフェンスを殴りつける。
がしゃん、と金属同士の揺れる音がして、紫央は動揺した。
フェンスの向こう側にいる教師たちも姫川の威嚇とも捉えられるパフォーマンスに、息を呑む。
「ここへ来てまだ、しらを切るんですか」
「……だからそれは誤解だ」
せっかくここまで来たのに、紫央の発言ひとつでより窮地に立たせてしまっている不甲斐なさに歯がゆさを覚える。
逆にどうして紫央が、紅虎先生に迫ったことになったのか聞きたいくらいだ。
人づきあいが苦手で、四十二年間誰とも恋情関係など結ばずに、とうとう今日まで来てしまった冴えない童貞だというのに。
と、今すぐ言えたら楽なのだが、これもまた言えるわけがないし、言ったところで信じてもらえないだろう。
いや、紫央のこの告白を聞かされる同僚たちの反応を考えると、死んでも口にはできない。
「じゃあ、僕が男の人を好きだってことを知って、面白がって紅虎先生に迫ったんですか!」
姫川の言葉に紫央は絶句した。
恋は盲目というが、姫川の場合はとんでもなく盲目だ。
恋愛の嗜好に偏見はないが、姫川のこの強い思い込みを解くのは至難の業となるだろう。
無意識に視線を彷徨わせると、フェンス越しに立つ紅虎と合致した。
途端、軽々とした身のこなしで紅虎は目の前の障害物を越えて、紫央の右隣へやってくる。
「……え?」
驚愕した紫央をよそに、紅虎はにこやかな表情で微笑み返した。
遠巻きに様子を窺っていた教師らが声を上げる。
フェンスを跨ぎながらこれは夢だと思った。
しかし、ところどころ悲鳴を上げる四十過ぎの身体が、これは現実なのだと紫央へ伝えてくる。
なるべく下を見ないように紫央はフェンス側に向き合う形で、恐々姫川の右隣へと降り立つ。
思った以上に足場は狭く、心許ない。
すこしでも強風が吹けば、姫川などたちまち落下しそうだ。
眼下では、まだレスキュー隊などが到着した気配はない。
もし足が滑ったら……と、想像するだけで紫央の心臓は縮み上がってしまう。
同時に、もうずっとこの不安定な足場に立っている姫川が、どれほど本気で紅虎を想っているのかもわかってしまった。
酔狂じゃこんなところは立てない。
本気なんだ。
思春期のこのくらいの年頃は、なにに対しても熱しやすく全力投球になる傾向がある。
姫川もそうなのかもしれないが、隣に立ち、その気迫が冗談ではないことを身を持って知ってしまった。
だから尚のこと、これ以上姫川が変な気を起こす前に、フェンスの向こう側へ無事戻すのが最善だと判断する。
「竜崎先生、何しに来たんですか? 同情しにでも来たんですか?」
敵意剥き出しの姫川は詰るように紫央へ喰ってかかる。
同情なんかで来るわけないだろ、と内心で返す。
しかしそれは口にも顔にも絶対に出せない本音だ。
もう一つ言うと、まったく関係ない紫央を巻き込まないでほしい、という最低な本音も。
同時に、四十肩を忘れてしまうほど姫川が心配になったのも、正真正銘の本音だった。
「姫川が心配だから来たんだ」
「なんで? 先生、違うよね……?」
絶望的な顔をしながらも、姫川は、はっと鼻で笑った。
「違うとはどういうことだ? 心配だからという理由で、このフェンスを越えて姫川の隣に立った私の気持ちはどこが違うのか?」
努めて冷静に伝えるつもりだったが、ついムキになって反論してしまった。
言ったあとで後悔する。
「じゃあ、やっぱり同情でしょ? 僕のような子どもが、紅虎先生に釣り合うと思ってないって。本当は心の中でそう嘲笑ってバカにしてるんでしょう?」
慟哭のような声で紫央に責め苦を与えようとする。
当然の反応だ。
だから人づきあいがいつまで経っても上手くならないのだと、今さら後悔してももう遅い。
「同情もバカにもしてない。ただ、どうして私を引きあいに出したのかがわからない」
すると紫央の話に耳を傾けていた姫川が、突然拳でフェンスを殴りつける。
がしゃん、と金属同士の揺れる音がして、紫央は動揺した。
フェンスの向こう側にいる教師たちも姫川の威嚇とも捉えられるパフォーマンスに、息を呑む。
「ここへ来てまだ、しらを切るんですか」
「……だからそれは誤解だ」
せっかくここまで来たのに、紫央の発言ひとつでより窮地に立たせてしまっている不甲斐なさに歯がゆさを覚える。
逆にどうして紫央が、紅虎先生に迫ったことになったのか聞きたいくらいだ。
人づきあいが苦手で、四十二年間誰とも恋情関係など結ばずに、とうとう今日まで来てしまった冴えない童貞だというのに。
と、今すぐ言えたら楽なのだが、これもまた言えるわけがないし、言ったところで信じてもらえないだろう。
いや、紫央のこの告白を聞かされる同僚たちの反応を考えると、死んでも口にはできない。
「じゃあ、僕が男の人を好きだってことを知って、面白がって紅虎先生に迫ったんですか!」
姫川の言葉に紫央は絶句した。
恋は盲目というが、姫川の場合はとんでもなく盲目だ。
恋愛の嗜好に偏見はないが、姫川のこの強い思い込みを解くのは至難の業となるだろう。
無意識に視線を彷徨わせると、フェンス越しに立つ紅虎と合致した。
途端、軽々とした身のこなしで紅虎は目の前の障害物を越えて、紫央の右隣へやってくる。
「……え?」
驚愕した紫央をよそに、紅虎はにこやかな表情で微笑み返した。
0
お気に入りに追加
119
あなたにおすすめの小説

青少年病棟
暖
BL
性に関する診察・治療を行う病院。
小学生から高校生まで、性に関する悩みを抱えた様々な青少年に対して、外来での診察・治療及び、入院での治療を行なっています。
※性的描写あり。
※患者・医師ともに全員男性です。
※主人公の患者は中学一年生設定。
※結末未定。できるだけリクエスト等には対応してい期待と考えているため、ぜひコメントお願いします。
悪役令息の七日間
リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。
気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?

転生したら、6人の最強旦那様に溺愛されてます!?~6人の愛が重すぎて困ってます!~
月
恋愛
ある日、女子高生だった白川凛(しらかわりん)
は学校の帰り道、バイトに遅刻しそうになったのでスピードを上げすぎ、そのまま階段から落ちて死亡した。
しかし、目が覚めるとそこは異世界だった!?
(もしかして、私、転生してる!!?)
そして、なんと凛が転生した世界は女性が少なく、一妻多夫制だった!!!
そんな世界に転生した凛と、将来の旦那様は一体誰!?

異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載

宰相閣下の絢爛たる日常
猫宮乾
BL
クロックストーン王国の若き宰相フェルは、眉目秀麗で卓越した頭脳を持っている――と評判だったが、それは全て努力の結果だった! 完璧主義である僕は、魔術の腕も超一流。ということでそれなりに平穏だったはずが、王道勇者が召喚されたことで、大変な事態に……というファンタジーで、宰相総受け方向です。

王道学園の冷徹生徒会長、裏の顔がバレて総受けルート突入しちゃいました!え?逃げ場無しですか?
名無しのナナ氏
BL
王道学園に入学して1ヶ月でトップに君臨した冷徹生徒会長、有栖川 誠(ありすがわ まこと)。常に冷静で無表情、そして無言の誠を生徒達からは尊敬の眼差しで見られていた。
そんな彼のもう1つの姿は… どの企業にも属さないにも関わらず、VTuber界で人気を博した個人VTuber〈〈 アイリス 〉〉!? 本性は寂しがり屋の泣き虫。色々あって周りから誤解されまくってしまった結果アイリスとして素を出していた。そんなある日、生徒会の仕事を1人で黙々とやっている内に疲れてしまい__________
※
・非王道気味
・固定カプ予定は無い
・悲しい過去🐜のたまにシリアス
・話の流れが遅い
男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。
カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。
今年のメインイベントは受験、
あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。
だがそんな彼は飛行機が苦手だった。
電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?!
あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな?
急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。
さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?!
変なレアスキルや神具、
八百万(やおよろず)の神の加護。
レアチート盛りだくさん?!
半ばあたりシリアス
後半ざまぁ。
訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前
お腹がすいた時に食べたい食べ物など
思いついた名前とかをもじり、
なんとか、名前決めてます。
***
お名前使用してもいいよ💕っていう
心優しい方、教えて下さい🥺
悪役には使わないようにします、たぶん。
ちょっとオネェだったり、
アレ…だったりする程度です😁
すでに、使用オッケーしてくださった心優しい
皆様ありがとうございます😘
読んでくださる方や応援してくださる全てに
めっちゃ感謝を込めて💕
ありがとうございます💞
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる