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転生前、教師としての竜崎紫央⑥
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「竜崎先生っ!」
遠巻きに様子を窺っていた教師らが声を上げる。
フェンスを跨ぎながらこれは夢だと思った。
しかし、ところどころ悲鳴を上げる四十過ぎの身体が、これは現実なのだと紫央へ伝えてくる。
なるべく下を見ないように紫央はフェンス側に向き合う形で、恐々姫川の右隣へと降り立つ。
思った以上に足場は狭く、心許ない。
すこしでも強風が吹けば、姫川などたちまち落下しそうだ。
眼下では、まだレスキュー隊などが到着した気配はない。
もし足が滑ったら……と、想像するだけで紫央の心臓は縮み上がってしまう。
同時に、もうずっとこの不安定な足場に立っている姫川が、どれほど本気で紅虎を想っているのかもわかってしまった。
酔狂じゃこんなところは立てない。
本気なんだ。
思春期のこのくらいの年頃は、なにに対しても熱しやすく全力投球になる傾向がある。
姫川もそうなのかもしれないが、隣に立ち、その気迫が冗談ではないことを身を持って知ってしまった。
だから尚のこと、これ以上姫川が変な気を起こす前に、フェンスの向こう側へ無事戻すのが最善だと判断する。
「竜崎先生、何しに来たんですか? 同情しにでも来たんですか?」
敵意剥き出しの姫川は詰るように紫央へ喰ってかかる。
同情なんかで来るわけないだろ、と内心で返す。
しかしそれは口にも顔にも絶対に出せない本音だ。
もう一つ言うと、まったく関係ない紫央を巻き込まないでほしい、という最低な本音も。
同時に、四十肩を忘れてしまうほど姫川が心配になったのも、正真正銘の本音だった。
「姫川が心配だから来たんだ」
「なんで? 先生、違うよね……?」
絶望的な顔をしながらも、姫川は、はっと鼻で笑った。
「違うとはどういうことだ? 心配だからという理由で、このフェンスを越えて姫川の隣に立った私の気持ちはどこが違うのか?」
努めて冷静に伝えるつもりだったが、ついムキになって反論してしまった。
言ったあとで後悔する。
「じゃあ、やっぱり同情でしょ? 僕のような子どもが、紅虎先生に釣り合うと思ってないって。本当は心の中でそう嘲笑ってバカにしてるんでしょう?」
慟哭のような声で紫央に責め苦を与えようとする。
当然の反応だ。
だから人づきあいがいつまで経っても上手くならないのだと、今さら後悔してももう遅い。
「同情もバカにもしてない。ただ、どうして私を引きあいに出したのかがわからない」
すると紫央の話に耳を傾けていた姫川が、突然拳でフェンスを殴りつける。
がしゃん、と金属同士の揺れる音がして、紫央は動揺した。
フェンスの向こう側にいる教師たちも姫川の威嚇とも捉えられるパフォーマンスに、息を呑む。
「ここへ来てまだ、しらを切るんですか」
「……だからそれは誤解だ」
せっかくここまで来たのに、紫央の発言ひとつでより窮地に立たせてしまっている不甲斐なさに歯がゆさを覚える。
逆にどうして紫央が、紅虎先生に迫ったことになったのか聞きたいくらいだ。
人づきあいが苦手で、四十二年間誰とも恋情関係など結ばずに、とうとう今日まで来てしまった冴えない童貞だというのに。
と、今すぐ言えたら楽なのだが、これもまた言えるわけがないし、言ったところで信じてもらえないだろう。
いや、紫央のこの告白を聞かされる同僚たちの反応を考えると、死んでも口にはできない。
「じゃあ、僕が男の人を好きだってことを知って、面白がって紅虎先生に迫ったんですか!」
姫川の言葉に紫央は絶句した。
恋は盲目というが、姫川の場合はとんでもなく盲目だ。
恋愛の嗜好に偏見はないが、姫川のこの強い思い込みを解くのは至難の業となるだろう。
無意識に視線を彷徨わせると、フェンス越しに立つ紅虎と合致した。
途端、軽々とした身のこなしで紅虎は目の前の障害物を越えて、紫央の右隣へやってくる。
「……え?」
驚愕した紫央をよそに、紅虎はにこやかな表情で微笑み返した。
遠巻きに様子を窺っていた教師らが声を上げる。
フェンスを跨ぎながらこれは夢だと思った。
しかし、ところどころ悲鳴を上げる四十過ぎの身体が、これは現実なのだと紫央へ伝えてくる。
なるべく下を見ないように紫央はフェンス側に向き合う形で、恐々姫川の右隣へと降り立つ。
思った以上に足場は狭く、心許ない。
すこしでも強風が吹けば、姫川などたちまち落下しそうだ。
眼下では、まだレスキュー隊などが到着した気配はない。
もし足が滑ったら……と、想像するだけで紫央の心臓は縮み上がってしまう。
同時に、もうずっとこの不安定な足場に立っている姫川が、どれほど本気で紅虎を想っているのかもわかってしまった。
酔狂じゃこんなところは立てない。
本気なんだ。
思春期のこのくらいの年頃は、なにに対しても熱しやすく全力投球になる傾向がある。
姫川もそうなのかもしれないが、隣に立ち、その気迫が冗談ではないことを身を持って知ってしまった。
だから尚のこと、これ以上姫川が変な気を起こす前に、フェンスの向こう側へ無事戻すのが最善だと判断する。
「竜崎先生、何しに来たんですか? 同情しにでも来たんですか?」
敵意剥き出しの姫川は詰るように紫央へ喰ってかかる。
同情なんかで来るわけないだろ、と内心で返す。
しかしそれは口にも顔にも絶対に出せない本音だ。
もう一つ言うと、まったく関係ない紫央を巻き込まないでほしい、という最低な本音も。
同時に、四十肩を忘れてしまうほど姫川が心配になったのも、正真正銘の本音だった。
「姫川が心配だから来たんだ」
「なんで? 先生、違うよね……?」
絶望的な顔をしながらも、姫川は、はっと鼻で笑った。
「違うとはどういうことだ? 心配だからという理由で、このフェンスを越えて姫川の隣に立った私の気持ちはどこが違うのか?」
努めて冷静に伝えるつもりだったが、ついムキになって反論してしまった。
言ったあとで後悔する。
「じゃあ、やっぱり同情でしょ? 僕のような子どもが、紅虎先生に釣り合うと思ってないって。本当は心の中でそう嘲笑ってバカにしてるんでしょう?」
慟哭のような声で紫央に責め苦を与えようとする。
当然の反応だ。
だから人づきあいがいつまで経っても上手くならないのだと、今さら後悔してももう遅い。
「同情もバカにもしてない。ただ、どうして私を引きあいに出したのかがわからない」
すると紫央の話に耳を傾けていた姫川が、突然拳でフェンスを殴りつける。
がしゃん、と金属同士の揺れる音がして、紫央は動揺した。
フェンスの向こう側にいる教師たちも姫川の威嚇とも捉えられるパフォーマンスに、息を呑む。
「ここへ来てまだ、しらを切るんですか」
「……だからそれは誤解だ」
せっかくここまで来たのに、紫央の発言ひとつでより窮地に立たせてしまっている不甲斐なさに歯がゆさを覚える。
逆にどうして紫央が、紅虎先生に迫ったことになったのか聞きたいくらいだ。
人づきあいが苦手で、四十二年間誰とも恋情関係など結ばずに、とうとう今日まで来てしまった冴えない童貞だというのに。
と、今すぐ言えたら楽なのだが、これもまた言えるわけがないし、言ったところで信じてもらえないだろう。
いや、紫央のこの告白を聞かされる同僚たちの反応を考えると、死んでも口にはできない。
「じゃあ、僕が男の人を好きだってことを知って、面白がって紅虎先生に迫ったんですか!」
姫川の言葉に紫央は絶句した。
恋は盲目というが、姫川の場合はとんでもなく盲目だ。
恋愛の嗜好に偏見はないが、姫川のこの強い思い込みを解くのは至難の業となるだろう。
無意識に視線を彷徨わせると、フェンス越しに立つ紅虎と合致した。
途端、軽々とした身のこなしで紅虎は目の前の障害物を越えて、紫央の右隣へやってくる。
「……え?」
驚愕した紫央をよそに、紅虎はにこやかな表情で微笑み返した。
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