42歳のしがない教師が戦隊ものの悪役に転生したら、年下イケメンヒーローのレッドから溺愛されてしまいました。

緋芭(あげは)まりあ

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転生前、教師としての竜崎紫央⑤

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 案の定、姫川の苛立ちが気配から伝わってくる。

 ──紅虎先生ぇ! まったく何も知らずにここへ来たわけじゃないだろうが! 姫川は今、いちばん刺激したらダメなヤツだろう!

 心の中で必死に訴えるが、当然伝わるわけはなく。

「やっぱり肩、痛かったんじゃないんですか?」
 紅虎は撫でる手を止めて、気づかわしげに紫央の肩を抱いた。

 ──はあ!? 

 咄嗟に紫央は紅虎を睨めつけた。
 しかし、瓶底眼鏡越しだったせいで、その視線の意味を誤解されたらしい。
 二人だけしか聴こえないように声を潜めたのはいいが、嬉々として話しかけてくる。

「竜崎先生、そんなに熱く見つめられたら俺、困っちゃいますよ」
 語尾にハートマークでもついてしまいそうなほど、甘美な声で囁かれる。
 背筋にぞくぞくと戦慄が走った。


 ──なんだとぉ!? 少しだけ顔がいいからって、誰もがお前のことを好きだなんて勘違いも甚だしいだろう?


 不機嫌さを隠すことなく、紫央は思い切り眉間に皺を寄せた。
 そして、肩へ回された手を情け容赦なく振り払う。


 ──姫川よ。これで俺たちが無関係だってこと、十分わかったんじゃないか?


 瞬間、目の前の紅虎はひどく悲しそうな顔をしたが、そんなことはどうでもいい。
 それよりも姫川を助けるほうが先決だ。
 妙な達成感を得て、紫央は姫川のほうを振り向く。
 が、そこにあったのは般若の形相をした姫川だった。

「っ!?」
 見なかったふりをして、紫央は紅虎のほうへ向き直る。

「竜崎先生ってやっぱり恥ずかしがり屋なんですね。古き良き、日本男児って感じなんですね」
 うっとりとした紅虎が、「でも俺、そんな先生が好きなんです」なんて抜かしながら、厚かましくも再び紫央の手を握ってきた。
 唖然とした紫央は、傍からみたら完全に二人の世界に浸ったカップルにしか見えないだろう。


 ──な、なんだこの状況は……火に油じゃないか。


 どう転んだとしても、紫央がこの先平穏に職場で働き続けられる道はなさそうだ。
 眩暈がしてくる。

 だいたい紅虎とは、紫央は同じ学年の担任を受け持つ同僚として以外、深い関りはなかったはずだ。
 先ほどから強引に紫央へと押しつけてくる妙な感情は、いったいどこで、どう拗らせてしまった結果なのだろうか。

「……紅虎先生、とりあえず私の話を聞いてもらえませんか?」
 とりあえず姫川の救出が先決だとわかっている。
 しかしそれよりも先に姫川の前で、二人の関係を紅虎の口から否定しておく必要があると感じていた。
 一刻も早く。

「なんですか」
 過剰とも捉えるほど、紅虎は嬉しそうに微笑んだ。
 あからさまな好意に、紫央は本気で眩暈を感じる。
 軽くこめかみに手を当て、周囲に気づかれないよう俯きながらこっそりと嘆息した。

「ご存じかとは思いますが、今、私は姫川の勘違いにより紅虎先生に迫ったことになっているんです」
「……勘違い?」
 紅虎の眉が怪訝そうにぴくりと寄せられる。

「はい」
 躊躇いなく返事した紫央に、どこか紅虎は淋しそうな表情を浮かべた。

 ──いや、普通そこは安堵したような顔をするだろう?

 そう思ったが、姫川の様子が気になるので言葉を続ける。

「すみません。そういうわけで一刻を争う危険な状態なので、とりあえず事実無根ということを、直接紅虎先生から話してもらえないでしょうか?」
 姫川の様子をこまめに横目で観察しながら、紫央は紅虎へ頼みこむ。

「ちょっと言っている意味がわからないんですが、どうして竜崎先生が俺に迫ったことになっていると、問題になるんですか?」
「だって、それは……」
 言いかけたところで紫央は、姫川の想いが本人や大勢の大人たちの前で露呈してしまうことを危惧し、口を噤んでしまう。

「だいたい事実無根、ってなんですか? あ、そっか。俺から迫っているから、たしかに事実とは違いますよね」
 たしかにそうでした、なんて薄ら笑いを浮かべると、紫央を置いて姫川のいる場所へと歩き出す。

「教育者として、姫川には真実を指導しないといけませんね」
 突然振り返るとニヤリとした笑みを口許に浮かべ、聖職者のような至極まっとうな言葉を当たり前に告げた。
 嫌な予感がする。
 小走りで紫央は自分よりも少しだけ逞しいその背中を追いかけ、腕を引いた。

 だが、紅虎の口は間に合わなかったようだ。

「姫川くん。竜崎先生が俺に迫っているって言ったんだって?」
 まるで挑発するような、直接的すぎるもの言いに紫央の全身はたちまち凍りつく。
 フェンス越しに大きく目を見開き、姫川はこの世の終わりのような顔をした。

「それは誰情報? 誰かキミに入れ知恵したのかな? それともどこかでなにかを聞いたのかい?」
 浅慮ない紅虎は言葉のジャブを打つ。
 案の定、フェンスを握る姫川の手が震えている。

 ──紅虎先生! どう考えても、挑発したらダメな場面だろう!


 心の中で紫央は絶叫どころか、激しく怒鳴りつけてやる。
 そして、気づけば紫央自身の身体はフェンスを跨いでいた。





 




 






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