42歳のしがない教師が戦隊ものの悪役に転生したら、年下イケメンヒーローのレッドから溺愛されてしまいました。

緋芭(あげは)まりあ

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転生前、教師としての竜崎紫央④

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 ──なんでタイミングよく紅虎アイツはいないんだよ。

 遠巻きに紫央と姫川を取り囲んでいた教師たちは、完全に困惑した空気を醸し出している。


 ──俺だって困惑してるさ。完全なる冤罪だが、立場が悪いのはいつだって教師だ。こんなこと、生徒の保護者たちに知られたら、一体どう弁明するんだよ……というか、俺の教師人生、詰んだ?

 たちまち紫央の目の前が絶望で真っ暗になる。

 ──ありえない、ありえない、ありえない。

 咄嗟に、ひとり息子の不祥事(冤罪)を世間に向けて謝罪する、年老いた紫央の母の姿が思い浮かぶ。

 ──いや、いや、いや。ありえない、ありえない。

 それから同居するシングルマザーの姉と高校生の甥っ子の顔が思い浮ぶ。

 ──あー……、でもあの二人は謝罪するどころか、かえって自業自得だと笑い飛ばしそうだな。

 胸糞悪い想いに、途端紫央は少しだけ眉を寄せる。


 ──とにかくまず、俺は紅虎との身の潔白を証明しないとだ。でも、どうやって……?


 フェンス越しにじっと紫央を見据える姫川に気圧されて、なにひとつ良案が思いつかない。
 こうなったらシンプルに、事実無根だと伝えるのがまずは先決ではないか。
 そう判断した紫央は、ダメ元と分かりつつも口を開いた。


「……姫川、先生の話をとりあえず聴いてほしい」
 緊張で紫央の声が少し裏返る。
 けれど、こんなことをいちいち気にしている場合じゃなかった。

「は、なに? 言い訳するの?」
 鼻で笑った後、姫川は酷薄そうな表情を目に携え、紫央を見つめた。

「……言い訳じゃない。事実を伝えておこうと思って」
「事実?」
 思い切り怪訝そうな瞳で姫川が威嚇してくる。
 無理もないが、紫央だって冤罪なのでそこははっきりしておきたい。
「ああ。紅虎先生と私のことだが、」
 そう紫央が言いかけたときのことだった。

 ばん、と後方の屋上ドアが豪快な音を立て、紫央が現れたときのような、いやそれ以上のざわめきが耳に届く。

 それから、他の教師とは一線を画す洗練された空気が、紫央に迫ってくるのを背後で察した。

「……紅虎先生ぇ」
 まるで助けを求めるように姫川は、小鹿のような大きな瞳を潤ませながら、縋りつくようにフェンス越しに顔を密着させた。

「遅くなってすみませんでした」
 張りつめたこの場に似つかわしくない、物腰柔らかな低い美声が、その到着を悪びれもなく告げた。

 事前に何がここで起きているか、聴いてこなかったわけではないだろう。
 だというのに、一切の緊張感が紅虎にはなかった。

 ──なんだ、コレ!? お前こそ当事者だろ、紅虎! だというのに、その飄々とした顔はなんだ! イケメン陽キャは、色恋沙汰の場数踏んでるから、どんな場面でも大丈夫だって、か?

 思わず憤怒の顔で紅虎を振り返った。
 と、予想外にもすぐ背後まで来ており、上質そうなスーツの肩と紫央のくたびれたセーターがぶつかってしまう。

「痛ぇ」
 条件反射で声がでしまったのと同時に、紫央は肩のあたりも擦るように撫でた。
 言うほど実際は痛みもないし、肩のあたりを撫でたのも、紫央の毛玉だらけのセーターが接触してしまった故で。申し訳なさから撫でただけだ。

 すると紅虎は肩を撫でていた紫央の手を恭しく掴み、麗しい王子様フェイスを近づけてきた。

「竜崎先生、ぶつかってしまって申し訳ございません。痛かったですよね?」
 背景効果に星や薔薇が飛んでそうな男は、教師よりも職業王子やホストと名乗ったほうがしっくりくる。
 華やかなその男に両手を掴まれ、アラフォーのおっさんである紫央は気後れして、一歩後ずさりした。
   周囲が二人の絡みに、過剰に反応するのが分かる。

「い、いや……痛くない、けど」
「そんなことないですよね? だって肩も擦ってましたし」
 紅虎の大きくて男性的な手が、すっと紫央の肩へ伸ばされたと思うと、そのまま小さい子でもあやすように何度も撫でられた。

 ──いまのは、なんだ……!?

「……っ、んんん!?」 
 紫央は羞恥した。
 そして、あまり自分と体格が変わらない紅虎の顔を一瞥した。
 それからゆっくり、紫央の肩を撫でる大きなその手をありえない生命体でも見つけてしまったかのような目つきで辿っていった。


 ──ちょっと待て……。いま、俺の身になに……が、起きている?

 目を白黒させながら紫央は今、目の前で起きている現象について安易に名前をつけようとしていた。
 けれど四十過ぎてまで、同性に、しかも羨望を集めるようなキラキラした男に肩を撫でられたことのない紫央には、残念ながらひとつも思いつかない。
 併せて、紫央に向けて突き刺さる、全方位からの鋭い視線に居たたまれなくなる。

 人付き合いが苦手な紫央は、途端キャパオーバーに陥ってしまう。
 そうして何の装備もなく、南極にでも連れて来られたかのように、その場で瞬時に凍りついていた。


「あれ、竜崎先生どうしたんですか?」
 しれっと訊ねる紅虎は、心臓に毛でも生えているのだろう。
 まったく動じないどころか、いつもの気の利く仕事ぶりとはまるで違うふてぶてしい様子に、紫央は卒倒しそうだった。

 




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