42歳のしがない教師が戦隊ものの悪役に転生したら、年下イケメンヒーローのレッドから溺愛されてしまいました。

緋芭(あげは)まりあ

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転生前、教師としての竜崎紫央②

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 きゃあああああああ!

 耳をつんざくような甲高い女性の悲鳴がする。

 ──屋上か?

 咄嗟に顔を上げた紫央は、皆が消えていった階段の上方を条件反射のように見つめた。

 なにやら男性の叫声までもが耳に届く。
 無意識の内に唾がごくりと紫央の喉元を過ぎ、ど、ど、ど、と嫌なふうに鼓動が脈打つのを感じた。

「竜崎、せんせ、ぇ、は、早く行ってやって、ください……」
 まだ息が整わぬ教務主任が、深刻な面持ちで階段の上を差す。
「先生を、呼んでこい、って、姫川がぁ」
 そこまで言うと教務主任は激しく咳き込んでしまう。
 しばらくは喋るのが難しそうだ。
 けれど、おかげで生徒の名前が明るみになる。

 瓶底の眼鏡の下にある紫央の目が、大きく見開いた。


「──姫川、だって?」
 信じられなかった。
 姫川といえば、紫央のクラスでも成績優秀な男子生徒だ。
 しかも男性でありながら「佳人」という言葉がぴったりの、美貌の容姿に恵まれ、その苗字から同級生たちに「姫」と呼ばれ取り巻きも多く、人気の生徒だったはずである。
 すでに進学先の大学は推薦で決まっており、順風満帆を絵に描いたそんな人生を若い内から送っている、そんな生徒だと思っていたのだが。

 ──姫川になにが……。

 呆然としながら紫央は屋上まで辿り着く。
 到着するや否や、教師たちはみな一斉に縋りつくような視線を向けてきた。

   いつもは開放的な屋上が混沌としている。
 フェンス沿いに教師たちの人だかりができていて、「わ!」「待て!」など、緊張感を持った説得の言葉が耳に届く。

 ──姫川は、なにをしたんだ?

 屋上、フェンス、説得。
 そして瞬時に最悪の展開が紫央の脳裏を過った。
 途端、紫央の足は極度の緊張からその場へ縛りつけられたように動けなくなってしまう。
 四十二歳にもなって、情けない。
   けれど、それが紫央だ。


「竜崎先生!」
 傍にいた年配の女性教師が見兼ねたように声を掛けてくる。

 けれど、紫央はただ戸惑うだけで何も言葉を発することはできなかった。

 年配の女性教師の顔が怪訝そうに曇る。


 お前、こんな時くらいちゃんと対処しろよ。
 向けられた視線が紫央を咎めているような気がした。


  ──だけど、俺が出ていったところで、それはどうにかなるものなのか……。


 無意識にぎゅっと唇を噛みしめると、年配女性教師から視線を逸らすように俯いた。
 すると唐突に女性教師が、紫央の腕をわしっと掴む。

「……え」
 咄嗟に紫央は顔を上げた。
 そしてあろうことか、女性教師はそのまま市中引き回しの刑のように、騒がしい人だかりの近くまで紫央を強引に連れ出した。
 
 「竜崎先生が到着しました」
 無情にもその女性教師は交渉材料の到着を叫ぶと、人だかりに突っ込むように紫央の背を強く押した。

「えっ……」
 戸惑う紫央をよそに、その立っている場所からフェンスまで、まるでモーセの海割のようにあっという間に道が拓けていった。
 次いで、期待や好奇、同情など教師たちの様々な視線が全身に鋭く突き刺さる。


 ──勘弁してくれよ。いつも俺がどんな仕事をするのか、ここにいる貴方たちは知ってるはずだろう? 俺じゃ、どうにもできないことくらいわかっているはずなのに、どうして……。


 ぎりっと唇を噛む紫央をよそに、紫央よりも少し年上の、四十半ほどの体育教師が拡声器を手に大声を張りだす。
 その瞬間、引き返せないなにかがはじまったような予感がした。


 ──数十分前の……幸せな放課後に、戻りたい。


 心の中でつい弱音を吐露する。
 

「要望通り、竜崎先生を連れてきたのでフェンスの内側に戻りなさい!」
 交渉役としては、うってつけの大きな通る声が注意した。
 そうして体育教師の言葉につられ、紫央は渋々錆びついた背の高いフェンスへ焦点を絞った。

「え……正気か?」
 モーセの海割りの先に見えた光景に思わず息を呑む。

   なんと、二メートル以上はあるだろうフェンスの向こう側に、姫川がひとり、フェンスに掴まりながらこちらを向きながら立っていたからだ。
   もちろん、フェンスの向こう側の足場は心許なく、少しでも足を滑らせようものなら奈落しかない。

 レスキューに連絡を、と咄嗟に思いつく。
 と、同時に繊細な弦でも弾いたような頼りなさげな姫川の声が聴こえてきた。


「──本当に、竜崎先生が来たんですか?」
 フェンスの向こう側に立つ姫川の表情は、逆光だったが今にも泣きそうな形相をしているように見えた。

 体育教師が力強いアイコンタクトを紫央にする。
 しかしそれを受けるまでもなく、紫央はその拓かれた道を恐る恐るフェンスまで歩いていく。



 
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