42歳のしがない教師が戦隊ものの悪役に転生したら、年下イケメンヒーローのレッドから溺愛されてしまいました。

緋芭(あげは)まりあ

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転生前、教師としての竜崎紫央①

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 下校の時刻を告げるチャイムが聴こえ、ふと紫央は顔を上げた。

 いつの間にか化学準備室のある四階西校舎の窓際には、濃いオレンジ色の翳りができている。

「もうそろそろ、俺も職員室へ戻るか」
 眩しそうに目を細めながら室内の壁時計を確認した紫央は、採点し終えた中間テストの束をとんとんとデスクで揃え、この部屋に持ち込んだときと同様の茶封筒へしまった。
 職員室のある中央校舎からほど遠いこの準備室は、同じ科目を教える教師たちから敬遠されるほどの距離にある。
そのため、必要以上に人と関わりたくない紫央は、授業が終わると退勤までの時間をよくこの準備室でひとり過ごしている。

「そういえばたくさんモバイルフォンが震えてたな。めずらしいこともあるもんだ」
 呑気に白衣のポケットにしまっていたモバイルフォンを取り出すと、紫央はそのメッセージの多さに目を剥く。
 なにか緊急事態でも発生したのだろうか。

「は? 全部姉さんからのメッセージかよ?」
 同居する出戻りの姉からこの一時間、分刻みで大量のメッセージが送られてきている。
 尋常な数に圧倒され、思わず紫央は喉奥から変な声が出てしまう。

「な、なんなんだあ?」
 唖然としつつも、紫央は一つずつ上から画面をスクロールし、そのすべてに目を通していった。

「帰りにファイブスターが表紙の雑誌を三冊買ってきてください? ファイブスターってなんだ? 保存用、観賞用、布教用って、三冊同じ雑誌を買って来いってことか?」
 最新のメッセージまで一言一句口に出して読んでいた紫央は、総じてその内容すべてがアイドルグループの「ファイブスター」だと気づく。

「……家にいるんだから自分で買いに行くっていう選択肢はないのか」
 口にはしたが、女王様気質の姉の性格を考えると素直に従うしかない。
 指定された雑誌を帰りに買い忘れないようにと、何度も脳内で繰り返しながら、紫央は封筒片手に準備室の戸締りをした。
 そうしてひと気のない長い廊下を、スポーツサンダルで歩く。
 廊下には、紫央の足音だけがぺたぺたと響いていた。

 ふと、ぼんやりと窓の向こうへ拡がる夕焼けを眺める。
 本当にこの校舎は静かで、人との付き合いをあまり好まない紫央にとっては、めったなことでもない限り誰にも邪魔されない、とても居心地のよい空間だった。

 けれど今日も平穏に終わるはずの日常は、残念ながら階下から迫り来る轟音により、あっさりと覆されてしまった。


「なんだ?」
 騒々しさとは無縁の放課後の西校舎に、突如、複数人の足音と叫び声が聴こえてきた。
 階段までやって来た紫央は、思わずその場へ止まり、警戒するようにその端へ避ける。
 間もなく、紫央の脇を体育教師が先頭に、学年主任、その他たくさんの教師たちがダダダと通り抜け、屋上へ繋がる階段を上っていった。
 何事かと紫央は目を丸くする。
 それから次々と階段を駆け上っていく教師たちの後ろ姿を、呆然と見送った。

「なにか起きたのか?」
 ただならぬ気配に目を眇めた紫央の腕が、不意に強い力で掴まれる。
 はっと息を呑むと、そこには年配の男性教務主任が足を止めていた。

「竜崎先生、ここにいたんですか!」
 いつもはどんと構えたえびす顔の教務主任がひどく焦っていた。
 ひと目で、尋常じゃない出来事が起きているのだと察する。

「なにかあったんですか?」
 紫央の問いかけに、定年間近の教務主任は、ぜえぜえと肩で大きく息をしながら喋り出す。
「先生のっ、クラスのっ、生徒がぁ、」
「え? 私のクラスの生徒がなにか問題でも起こしたんですか?」
 今年度、紫央は昨年からの持ち上がりで三年生のクラス担任を引き受けていた。
 受験の年ということもあり、とくに問題行動を引き起こすような生徒はおらず、教師生活十八年の中でも比較的落ち着いた生徒ばかりだという印象を持って十二月までやって来た。はずなのだが……。

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