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夢ならば、どれほどよかっただろうか。
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風に乗り、時折焦げた匂いが鼻腔を掠めていたのは、もしかしてこの建物たちのせいだったのだろうか。
恐怖で紫央は、無意識に後ずさる。
五人の男たちも躊躇うことなく、その分だけ距離をつめてきた。
まるで逃げるものに反応し、追ってくる犬と同じだ。
「え、もしかして俺が狙われてるのか? しかも今、アイドルだのマッドなんとかだの変な言葉が聴こえてきたけれど、正気で言ってるのか?」
たちまち得体の知れない恐怖に足許から襲われ、指先はひんやりと温度を無くし、全身にぞくりと鳥肌が立った。
もしこれが夢だとしたら、五感にわたる感覚がリアル過ぎて不快すぎる。
「いや、鳥肌くらい夢でも立つよな」
乾いた笑みを浮かべながら、万が一の可能性を否定するために無理やり自身へと言い聞かせる。
でないと、高校の屋上にいたはずの紫央がどうしてこんなにも危険な地で、しかも怪しい王子様たちに目をつけられるのかがわからない。
するとすぐ隣で、ぶんと大きく空気の震える音が聴こえた。
「……な、なんだ?」
突然、左隣に黒い人型の残像が現れる。
人知を越えた物体の出現に、紫央の腰が引けた。
同時に、紫央だけをマークしていた五人の男たちもその残像を全身から強く警戒するのがわかる。
「あれぇ、リュウってばまだやってなかったのぉ?」
鼻にかかった甘ったるい男の高い声が、残像から聴こえてきた。
どういうことだ。
わけがわからない。
怪訝そうに、だが紫央は脅えながらその残像を見つめていると、華奢で滑らかな曲線を描き始めたそこから、やがて艶光りしたヒールの高い漆黒のエナメルブーツを履いた右足が、ぬっと出てくるのを目撃する。
信じられない光景に、あ、と紫央は息を呑む。
次いで、毒々しい紫のスカルプネイルを施した白皙の華奢な手もその残像から出てくる。
「あぁ、もう本当にリュウは使えないんだからぁ」
職場でもどこでも、陰で何度も言われたことのあるセリフを見ず知らずの──多分、人間だろう者に言われるのはさすがに初めだった。
たちまち罵倒されたことで、紫央の中に怒りが生まれてきたが、それよりもその残像からすぽんと可愛らしい小さな顔が飛び出してきて目を剥いた。
「人の顔だ……」
明らかにその顔が紫央に向かって頬を膨らませている。
しかも、白皙でわりと中性的な可愛らしい顔だ。
もちろんその顔の下には首と華奢な肩が繋がっていた。
が、体型に自身がないと着ることができないだろう、ボディラインにぴたりと沿った、際どいショートパンツ丈のエナメルボンテージに身を包んでいる。
普通じゃない。
はっきり言っておく。
SMの女王様の店に通う趣味が、紫央にはない。
だからこんな知り合いはいないはずだ。
絶対に。
恐怖で紫央は、無意識に後ずさる。
五人の男たちも躊躇うことなく、その分だけ距離をつめてきた。
まるで逃げるものに反応し、追ってくる犬と同じだ。
「え、もしかして俺が狙われてるのか? しかも今、アイドルだのマッドなんとかだの変な言葉が聴こえてきたけれど、正気で言ってるのか?」
たちまち得体の知れない恐怖に足許から襲われ、指先はひんやりと温度を無くし、全身にぞくりと鳥肌が立った。
もしこれが夢だとしたら、五感にわたる感覚がリアル過ぎて不快すぎる。
「いや、鳥肌くらい夢でも立つよな」
乾いた笑みを浮かべながら、万が一の可能性を否定するために無理やり自身へと言い聞かせる。
でないと、高校の屋上にいたはずの紫央がどうしてこんなにも危険な地で、しかも怪しい王子様たちに目をつけられるのかがわからない。
するとすぐ隣で、ぶんと大きく空気の震える音が聴こえた。
「……な、なんだ?」
突然、左隣に黒い人型の残像が現れる。
人知を越えた物体の出現に、紫央の腰が引けた。
同時に、紫央だけをマークしていた五人の男たちもその残像を全身から強く警戒するのがわかる。
「あれぇ、リュウってばまだやってなかったのぉ?」
鼻にかかった甘ったるい男の高い声が、残像から聴こえてきた。
どういうことだ。
わけがわからない。
怪訝そうに、だが紫央は脅えながらその残像を見つめていると、華奢で滑らかな曲線を描き始めたそこから、やがて艶光りしたヒールの高い漆黒のエナメルブーツを履いた右足が、ぬっと出てくるのを目撃する。
信じられない光景に、あ、と紫央は息を呑む。
次いで、毒々しい紫のスカルプネイルを施した白皙の華奢な手もその残像から出てくる。
「あぁ、もう本当にリュウは使えないんだからぁ」
職場でもどこでも、陰で何度も言われたことのあるセリフを見ず知らずの──多分、人間だろう者に言われるのはさすがに初めだった。
たちまち罵倒されたことで、紫央の中に怒りが生まれてきたが、それよりもその残像からすぽんと可愛らしい小さな顔が飛び出してきて目を剥いた。
「人の顔だ……」
明らかにその顔が紫央に向かって頬を膨らませている。
しかも、白皙でわりと中性的な可愛らしい顔だ。
もちろんその顔の下には首と華奢な肩が繋がっていた。
が、体型に自身がないと着ることができないだろう、ボディラインにぴたりと沿った、際どいショートパンツ丈のエナメルボンテージに身を包んでいる。
普通じゃない。
はっきり言っておく。
SMの女王様の店に通う趣味が、紫央にはない。
だからこんな知り合いはいないはずだ。
絶対に。
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