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第一章「sinful relations」
番外編「Fall in blue」(2)
しおりを挟む藤城総合病院は、小学校の帰りに寄りやすい場所にあった。
たまに遊びに行くとみんなが優しくしてくれて、楽しかったし、
1人でいなくて済むから、よく顔を覗かせていた。
内科、外科など、あらゆる科が、設置されている病院だったから、
死というものに寄り添わなければならないこともある。
お父さまは、責任の重いお仕事をしている。
病院の院長だから、重責だ。
裏口から入ると、院長室の扉をたたいた。
「おや、赤ちゃんを見に来たのかな」
「うん」
生に触れ合うのは、とても新鮮で驚きがある。
「急いで、玄関に行ってごらん。
可愛い女の子が、退院したよ。お母さんもお父さんも素敵な人達だ」
「行ってみる!」
駆け出すと、病院の外で、3人の家族に出くわした。
女の人は、とても綺麗で、優しそうだった。
どこか懐かしい気もする。
ゆっくり歩いていく横顔に見とれていると、
声をかけられた。
「藤城青さまですか?」
「さまなんて、年上の女性が子供に言わないで。
名前は合ってるけど」
「だって、あなたは、ここの病院の院長のご子息でしょう」
「親の肩書きのおかげで敬称つきで、呼ばれてもしょうがないでしょ」
「大人びているのね」
女性は、ふわりと笑った。
彼女が抱える赤子は、とても愛らしかった。
ひどく、印象的に感じたのが何故かは分からない。
「赤ちゃん、天使みたいに可愛いね。お姉さんとお兄さんによく似てる」
大きな瞳は、ガラス玉のようで、まだ光を映してはいないのだろうが、とても綺麗だった。
透明というのがふさわしい。
若い両親二人ともに似ている。将来有望な子供だ。
「手を握ってみる?」
「いいの? ほっぺも触りたいなあ」
彼女の旦那さんが、背をかがめて赤ちゃんに、触れさせてくれた。
「本当に可愛い! こんな子、なかなかいないよね」
手を握ったあと頬に触れた。
ふっくらとした滑らかな肌だ。
「赤ちゃんはみんな可愛いわよ」
「うん!お父さまが赤ちゃんは、天からの授かりものなんだって言ってた」
「あら。藤城先生らしい」
「この子の名前は決まったんですか?」
「まだよ。定期的に病院には通うから、
もしまた会ったら教えてあげるわね」
「楽しみにしてます」
「じゃあね」
それきり、彼女には、会えなかった。
小学校に入ってから習い事も増えていたし
病院に遊びに行く時間もなくなったのもあったけれど、ほんの少し心残りだった。
それから、6年後。
小学校卒業をした日の夜、父に思いきって告げた。
「目の色を隠してほしいんだ。
眼科の先生にお願いしてくれるかな」
父には、これだけで通じると思った。
「……それは、何故? 私は青の目が好きなんだけどなあ」
「……だよね。お父様が、お母様の面影を
僕の目に感じてるのは分かってた。
僕もお母様と同じ目の色は、誇りだったけど。
名前が目の色に由来してるのも知ってたけど」
「何かあったのかい?」
物珍しそうな視線が、時折、突き刺さって、嫌な気分になることもあったのは確かだった。
境を隔てられた気がした。
お前は、普通と違うと言われてるようで。
(綺麗って何だよ……やめてくれ……)
「お母さまは、4分の1、異国の血が入ってたんだっけ」
「正確には違う。青のお祖母様が、半分
外国の血が入っていたけど、色んな種族の血が混ざってたからね」
「お母さまが、日本の血が薄いのは理解したけど……僕の目の色が青いのは、変だよ。普通に過ごしたいんだ!」
「了解した。眼科の先生に頼んでみよう。
春休み中には、青も私や翠と同じ瞳の色になるよ」
「……ありがとう。わがまま言ってごめんね。お父さま」
「青はもっとたくさん、わがままを言っていいんだよ」
父が、そんなことを言うものだから、正直に口にした。
「もう頭を撫でないでね」
「中学を卒業するまでは、撫でさせてくれよ」
「……子離れしてよ」
「一生、無理かもしれない」
父が、嫌なことを言うので話を変えてみた。
「……ファーストキスは、6つの頃だった」
「……青、そんなに私を泣かせたいの。
もう、お菓子を買ってあげないよ」
「お菓子なんてねだったことないだろ。
子供扱いすんなよ」
「子供らしくしてほしい」
父の言葉に、苦々しいものがこみ上げる。
普通の子供でいられれば、どんなにかよかっただろう。
瞳の色を青色から、茶色に変えた。
これで、周りと馴染めそうだと安堵したのは事実。
色が変わったところで何も変わらないのを知ったのは
すぐだった。
王子様……ってなんだそりゃ。
ないだろ。
そんな夢物語は、寝てからの夢だけにしてほしいと思ったから、現実を見せてやるしかなかった。
性別、老若男女問わず寄ってきたが、どうでもよかった。適当に愛想笑いをしておけば、
満足するだろうと笑っていた。心を殺しながら。
中学を卒業する頃から、少し男っぽくなったと
周りから言われ出した。
女に間違われることはなくなった気がする。
男からも好かれるのには、驚いたが、
そういう世界もあるのだと知っていたので
否定する気にはならなかった。
高二になって、アメリカに留学したいと、
父に言ったら、あっさり許してくれて、
そこでも色んなことを学んだ。
日本でいた時より英語も上手くなった。
一年間ののち、帰国した時、また盛大な迎えが空港に来た。
見送ってくれた時も思ったが、大げさにしすぎだ。
父親、姉夫妻、小二の甥、三つ下で中三の従姉妹は、それぞれの言葉で俺におかえりと告げてきた。
受験に向けてあと一年高校生活を過ごさなければと頭がいっぱいだった。
余計なものは不要だと思い、勉強以外をシャットアウトした。
煙草を教えてくれた友人とは、高校では、親しく喋った。
友情のみで十分だった。
T大学医学部医学科で6年間、医学を学び、
医師免許を取ったあとは、短い期間だが、
ヨーロッパ旅行をした。
言語を覚えられても、やはり日本が一番好きだなと実感し帰国の途についた。
帰国後は、T大学付属病院に病理医として勤務することになった。
臨床医ではなく、病理医を希望したのは、病気の研究をしたかったからだ。
いずれは、藤城総合病院で、臨床医として勤務することに
なるのだから、自分の好きに生きたいとも思ったのもある。
発見が遅れれば、完治が難しくなる大きな病も、早く治療を始めれば、助かる可能性が、
極めて高くなる。本当なら病気自体なくなればいいのにと思う。
母のように若くして亡くなることが、さだめられた運命だなんて、
悲しくなる。だからこそ、病気の研究をしていきたかった。
大学院に行くことも勧められていたが、医師として生きていくのを選んだ。
敷かれたレールを歩くのではなく自分の意思で道を選び掴んで生きていきたかった。
医師になって三年目の春のある日のこと。
「藤城せーんせ!」
「ふざけた呼び方するな」
「冗談通じないの?」
「あいにく、通じない。何か用があるなら手っ取り早く言ってくれないかな?」
「今日は、早く帰れる日よね。うん、デートしよう……デート」
「寝ぼけたことを言わないでくれ。するかよ」
「……じゃあまたクリスマス頃にでも
誘ってみる。寂しい頃でしょうから」
同僚の医師に、苦笑する。
「用は本当にそれだけか……」
「……私と一緒に、明日、会社の健康診断に行ってくれないかな。そこは、うちの病院が
診ることになってるのよ」
「……は?」
「私は女性社員を診るから、男性社員を診てほしいの」
「……普通、前もって伝えておくべき
ことだろう、それは」
「行く予定だった先生が、体調壊したの。
明日は休ませてくれって」
「舐めてんのか。健康管理くらいちゃんとしろ」
「だから、藤城くん、一緒に行きましょう。
車に乗せてとか言わないから」
「当たり前だ。死んでもお断りだ」
「うっわ、ひどー」
無視して、置かれた紙を見つめた。
「会社の三時の休憩が、終わった後に健康診断だな。わかった」
「お礼に、ランチでもおごるわ」
「……昼は、一人で食べるから結構だ」
あしらうと、同僚は、ひらひらと手を振って去っていった。
どうせ悪ノリの冗談なのは分かっていたが、
珍しくやたら絡んできたのは、失恋でもしたのだろうか。同業者は、やめておけと
アドバイスしてやったのに、聞かなかった
同僚の女性医師。
俺自身、同業者などは、勘弁だった。
後腐れなく、離れられるのが一番だ。
遊んでいるわけではないが、ひと時の温もりを
分け合いたい時もある。
「……それで、かまわない」
どうせ、愛しいものは、俺のそばから、
いなくなる。幼き日から、学習していることだ。
翌日、企業での健康診断を終えた後は直帰していいと
いう話だったので、しばらく会社に
留まることにした。休憩したいと言ったら社員食堂に案内されたので、コーヒーを頼み時間を潰す。
たまには、病院以外の空気を味わうのもいいものだと思った。
白衣は畳んで鞄(かばん)にしまっているので、スーツ姿だ。
「ごちそうさまでした。コーヒー、とても美味しかったです」
「ありがとうございます、先生。
もう、毎年いらしてくださいよー」
「今日は、来られなかった医師の代わりに、
伺っただけですので、もう来ないと思います」
「残念だわ。稀に見るイケメンに、せっかく
会えたのに」
「あなたこそ、素敵ですよ」
親子くらい年の違いそうな調理員の女性に、そう言うとからからと笑った。
「藤城総合病院、私もかかりつけなんです。
あそこの産婦人科は、通いやすくて」
「ありがとうございます。父も喜びますよ」
軽い会話を交わし、社員食堂を出る。
1階まで、エレベーターで降りた瞬間、どくっと、心臓が波打った。
「……藤城くん、私は運動のために階段で降りたのよ。
あなたもその無駄に長い足なら、
さっと駆け下りれたでしょうに」
同僚医師もまだ残っていたらしい。
どこで暇を潰していたのやら。
エレベーターから、降りてきた俺を見つけて
歩いてきた。
(白衣のまんまかよ……目立つだろ)
「階段?」
「ほら、あそこ……って、あの子、危なっかしいわ!
さっき、診た時、目を引く子だったから、覚えてたのよ。確か名前は……」
「疲れてるみたいだな……」
階段の方を見るとふらふらとした足取りで
降りようとしている女性がいた。
残念ながら、顔まではよくわからない。
激しい胸騒ぎを覚えた。
「気をつけて帰れよ。じゃあまた月曜日にな」
「じゃあね」
同僚に挨拶をし、階段の方に向かった。
見上げる。どこかで会ったことのあるような……不思議な錯覚。
そして、運命の瞬間が訪れる。
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