瑠璃色(ラピスラズリ)の乙女は愛執の檻に囚われるー暴君シークの甘い罠ー

雛瀬智美

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外伝「記憶の揺りかご」3

「俺がもっと早く駆けつけていれば」
唸るようにセイは言った。
その時、人形のように動かなかったサーヤの瞼が、ぴくりと動いた。
「……サーヤ!」
ゆっくりと瞼が押し開かれていく。大きな瑠璃色の瞳が、セイの瞳に映る。
「あなたは……確か」
サーヤの様子がおかしいことに気づいた。きょろきょろと部屋を見回して、またセイに視線を戻す。
「自分の名前は分かるか?」
得体の知れない違和感を覚えて、思わずたずねた。
「サーヤ・アプフェルブルムです。シーク・セイ王太子殿下」
自分のことは分かっているし、セイを知っている。認識している。
「……!」
セイは混乱した。顔には出ていなかったが。
(サーヤなら、セイと呼んでくれるはずだ。それに王位を継いだのを知らないのか? )
「どうして、私の目の前に、高貴なお方がいらっしゃるの……ここはどこなの?」
心に見えない刃が突き立てられた。セイは、心の中で呻く。
彼女を1人にした己に課せられた罰なのだろうか。
セイは、仮面をかぶることにした。
(俺が知るサーヤではないのだから)
「怪我をして入院しているんだ。ここは病院だ。俺が、君を助けてここに運んだ。
ついでに言っとくが、王位を継いだから王太子ではない」
「この方があなたを救って下さったのですよ。
それから、治療を受けられているのです。ずっと眠っておられましたが、目を覚まされてほっとしました」
サーヤは、セイに視線を向けた。
「助けていただいてありがとうございます……国王陛下」
にこにこと微笑みかけてくる。彼女は愛おしいサーヤだ。
「……いや」
セイは、小さく息を漏らすと宮廷医と共にサーヤの私室を出た。
ここは王宮内で以前セイが使っていた部屋だった。
 
セイは廊下に出ると宮廷医に話しかける。苦しみを吐き出すかのように。
「これは、どういうことだ……記憶が完全にないわけではないようだが」
サーヤは、セイと過ごした数カ月……を忘れているようだった。
つまりは、想い出が、失われている。セイは心に痛みを覚えた。
彼女が悲しい出来事を忘れられたらとは思ったが、自分のことを忘れられてしまった。
(耐え難い苦痛だ)
 
「そうですねぇ。あなたとのことを忘れられているなんて……」
「忘れたかったのか、俺のことを。辛い記憶もたくさんあるから」
苦しめた頃もあったが、楽しかった日々もあったはずだ。
「あの日のことだけ忘れられていたらよかったんですけどね」
セイは、額に手を押し当てた。
「記憶を手放すことで、あなたを苦しみから救いたかったのかもしれませんよ」
「……そうだとしたら、サーヤは残酷な女だ」
「自我がお強くていらっしゃいますからね。もっと神経のか細い方なら……」
「……記憶はいつかは戻る。俺はそう信じる。
出逢ったのがなかったことになっているなら出逢いから、やり直してもう一度惚れ直させてやる」
「心と身体に刻まれた記憶まで、消えることはありません。忘れていても覚えておられるはず。
セイ様が側にいらっしゃったら、きっと」
セイは、宮廷医の言葉に首肯した。
サーヤの部屋の扉を叩く。
痛みが、胸を襲うけれど気づかない振りをした。
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