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外伝「記憶の揺りかご」2
しおりを挟む相手は、言葉など通じない。本当の獣(ケダモノ)だ。
一歩一歩近づいてくる。縄を解かれたと思ったら、ガクが体重をかけてのしかかってくる。
「やぁっ!」
サーヤは喚き散らす。懐をまさぐり、小刀を取り出した。
「そんなもの持ってちゃいけないよ……美しいお嬢さん」
取り上げられた小刀が、遠くに放り投げられる。
「見ててやるから、さっさとやってよ」
キョウが、言葉を投げてくる。
「ん……っ」
唇を割られ舌が潜りこんでくる。引っ込めようとしたが、絡め取られ貪られた。
潤んだ眼差しで睨みつける。
「お嬢さんは、気が強いね。サーヤだったかな?」
「そんな顔もそそるんだよ。あんたは怒った顔も、めっぽう美しいんだから。汚したくなる」
「……さ、触らないで!」
花嫁衣裳が、無残に切り裂かれる。素肌がさらけ出されてしまった。
掴まれた乳房が痛い。
舌で吸われた乳首は硬く張りつめていた。
サーヤが渾身の力で、ガクを蹴り上げると、彼は横に倒れた。
呻いた彼は憤怒の形相で向かってくる。這いつくばって、移動する。
(あそこに、小刀が)
あと一歩で、掴めるという所で、小刀が、奪われた。キョウだ。
「セイに、操を立てるつもりだね……健気だね」
「ガク、お前さ、もういいから消えろよ。この姫には何者も触れられないんだよ。残念ながら」
キョウは、小刀を手にするとサーヤに向かってくる。
ガクは、舌打ちしている。
すごまれると、逆らえないと思ったのか、立ち去った。怒声を撒き散らしながら。
キョウは、横目でそれを見やり、サーヤに、小刀を突き返した。
「……さぁ、どうぞ」
サーヤはキョウから手渡された小刀を見つめた。
握りしめて、腹部を突いた。
(セイ、ごめんなさい。ごめんなさい。あなたを守るために、私は……。
傷を与えて苦しめる私を許してください。あなたを置いていったりしないから)
セイは、サーヤが死んだら後を追うと言っていた。
そんなことはさせてはならない。
だから、死ぬことはできない。
サーヤは、腹部に刺した小刀が、引き抜かれるのを見た。
血が、とくとくと流れている。
「君と死ねるのなら本望だよ」
キョウが目の前で、心臓を突いたのを見て、ついに意識を手放した。
セイは、眠り続けるサーヤを見つめていた。傷は塞がって治りつつあるが、
目を開けない。恋焦がれた瑠璃色(ラピスラズリ)の瞳が、まだ開かれない。
「本当に何ともないんだろうな。このまま目を覚まさなかったら、お前を殺すぞ」
物騒なことを口にしても宮廷医は、平然としている。
「王太子……いえ陛下でしたね。サーヤ様は、目を覚まされます。
おびただしい血の海に倒れられていましたが、あれは絶命した男のものです」
「……あの男は、サーヤの小刀で自分を刺したんだよな。その前にサーヤを刺したんだろうか?」
「恐らく、サーヤ様はご自分で腹部に刃を突き立てられたのかと……」
「……あの男が刺していたら助かっていなかったということだな」
「その場を切り抜けるために、決死の覚悟で刃をご自身に向けられたのでしょう。
あなたとの愛の証明のため……」
「死ぬつもりが、なかったとしてもここまでのことができるとは……」
セイは、寝台の上のサーヤを見つめた。
「王太子殿下が、危惧しておられることですが、サーヤ様は、辱められてはいませんよ。
花嫁衣裳が切り裂かれていたので、肌には触れられたのかもしれませんが……、
お身体には男の形跡は残っていませんでした」
「そうか……サーヤは本当に俺への愛を証明したんだな」
「サーヤ様は、どんな方でしたか?」
「繊細で、傷つきやすい面もあるが、心の芯の部分はとても強いと思う。俺よりよほど肝が座っている」
「気丈なお方ですね。あなたが選ばれた方は奇跡のようなお人だ。正妃にふさわしい」
「そんな器じゃなくたってよかったさ。俺が守ってやりたかった」
「……守ることはできたのですよ」
「サーヤは、悲しい選択肢を選ばざるを得なかっただろう」
「あなたを残して逝けないと思われて、控えめに刺されたのでしょう。
一度度引き抜かれて傷は、余計についてしまいましたが」
「……っ」
「お子は助かりませんでしたが、彼女は身ごもれなくなったわけではありません。
お元気になればまた授かれるでしょう」
心に嵐が吹き荒れているセイに対して宮廷医は、冷静だった。
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