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第18章『未来(あした)に繋がる日』
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サーヤはセイと共に跪き、頭(こうべ)を垂れた。
ファシャールの最高権力者であるその人に。
(……えっ)
衣擦れの音がして、目線をあげれば、
国王が、玉座から立ち上がり、手を差し出していた。
セイではなく、サーヤに視線が向いている。
緊張で胸の鼓動が高鳴った。
掴まれた手はあたたかい。
サーヤの方を見ていた国王が、セイに目線を送る。
「セイ、水臭いな。親子じゃないか」
「それでも、あなたは父である前に国王だ」
国王の軽口に、セイは、生真面目に答える。
一線を引いているように思えた。
「セイは、礼儀正しいねぇ」
息をついたセイが、頭をあげた。サーヤは、まだ国王と手を取り合ったままだ。
「父上、その手をお離し下さい」
サーヤは、おろおろと二人を見比べてしまった。
セイは、不敵に笑っていた。
国王は、サーヤから手を離すと
椅子に座るよう勧めた。
椅子に座った途端、セイが強く手を握りしめてきた。
「サーヤちゃん、最近どう? 」
ちゃんづけで呼ばれたことより、最近どうかと訊ねられたことに動揺した。
「王太子殿下含め離宮の人達皆さんが気遣ってくれるおかけで、つつがなく過ごしています」
「それならよかった。こちらが、無茶な要求をしたせいで君には、大変な思いをさせたね」
「いえ……私は王太子殿下をお慕い申しあげていますから、大変なことは何もありません」
本心を思いのままに、伝えた。
「まさか、本当に懐妊を成し遂げるとは思わなくて驚いたんだよ。
セイが約束を違(たが)えない男なのは承知していたけれど、まったく」
セイが、息を呑んだ。
彼はやはり父親にはかなわないのだ。
「君が本当はおもちゃにされたのではないかとずっと心配だった」
「おもちゃになんてされてません。私は王太子殿下を心から愛してるんです。彼の愛は
激しすぎる時もあるんですがご愛嬌です!」
「サーヤ、ありがとう。とてもとても嬉しいよ」
セイは、国王陛下の手を私の手からさりげなく剥がしながら言った。
「……セイ、何をしているの」
「手が勝手に動いただけだ」
ひそひそ声で会話する。
国王に、笑われているのもかまわずに。
「サーヤちゃん、愚息の子を授かってくれてありがとう。二人ともおめでとう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人で一礼する。国王は、慕わしげに微笑んでいた。
「離宮で任せている仕事が、あらかた終わったら、セイは王宮に来ることになってるんだよ。
今彼がやってるのは政務を任せるまでの勉強も兼ねているね。
留守の時は不安かもしれないけど、もう少ししたら、王宮で一緒に過ごせるようになるからね」
セイは、離宮でやってるお仕事(執務)は、
補佐に過ぎないから、1日くらい休んでも平気だと言っていた。サーヤには、そう告げたけど
とてもプレッシャーがかかる大変なお仕事なんだろう。
サーヤは、国王に向けて、こくりと頷いた。
「王太子について、よからぬ噂が市井(しせい)には、流れていたようだが、元々仕事をさぼる男ではなくて、
やるべきことはしていたんだよ。
ここ数ヶ月でとても変わってくれた気がするが、
それは全部君のおかげだね」
サーヤは目線で頷いた。
(セイは、そういう人だって知ってた。
下世話だけど精力に満ちた殿方は、仕事もできるんだって聞いたことあるし)
年上の男性らしい大人びた雰囲気だが、決して老けてはおらず年齢を感じさせない美貌。
初めて会った時、琥珀の眼差しに抱かれて、
狼狽え、足を滑らせたサーヤを
呆れを含んだ風情で、助けてくれた。
俺の女になれやら、お前は生娘か?と、口にされた時は、
唖然として、反応に困ったけれど。
強引さを持った人に、出逢いたかったのかもしれない。
セイとの出会いは、サーヤの退屈な日常を塗り替えた。
「サーヤ、惚(ほうけ)てどうした? 」
顔を覗きこまれて我に返った。
(間近で見ると心臓に悪いわ。よく私、今まで無事でいられたものね)
セイの人を釘づけにし、捕らえて離さない
カリスマ性は、国王から受け継いだものだ。王になるために、生まれてきた男(ひと)。
「ごめんなさい、うっかり考え事をしていて」
「俺の事考えてたんだろ?」
「えっと……はい」
頬を染めた。
セイが、あまりに自信満々に言い切るので、返す言葉もない。
「とっても仲良しで微笑ましい限りだね。
婚約式から絆が深まったんじゃないかい?
だから、サーヤちゃんも身ごもったのかもしれないよ」
国王は、まるで全部悟っているかのようだ。
セイと二人、顔を見合わせる。
「父上には、かなわない」
セイが、とても穏やかな表情をしていたので、驚いた。
(やだ……また好きになっちゃった)
どくん、胸が小さく鳴る。この人を絶対に失えない。誰にも渡せない。
「身体、大事にするんだよ。仕事があるからセイを貸してもらうけど、セイの私室でゆっくりしていなさい」
国王のあたたかい眼差しに、涙が出そうになった。立ち上がって裾をつまみ、一礼する。
「……何か暑いな、この部屋。むせ返りそうだ」
王の間を立ち去り際、国王の独り言が後ろから聞こえてきた。
「年寄りには、応えたかもしれないな。くっ」
「年寄りって、そんなお年でもないんでしょう。初めてお目にかかった婚約式の時も驚いたんだけど」
「父上は御年60だ。見えなくても」
「……あ、そっか。お姉様がいらっしゃるんだものね」
それでも、あの若さはありえない。
40歳代前半でも通るではないか。
セイもそんな歳の重ね方をするのかと思うと、サーヤは末恐ろしくなった。
「婚約式は、姉上夫妻とは慌ただしくて、顔を合わせる時間もあまりなかったが、無理に今会う必要もないだろう」
「ミギリさんが、いらっしゃったし、王宮内に住まわれているのでしょう? 」
「ああ。お前が疲れるとよくないから、遭遇しない限り会わなくてもいい」
「疲れないけど」
「俺の肉親どもを舐めたら駄目だ」
「……そうよね」
スイ王女殿下も、ヨウ殿下もすさまじく若々しかった。
外見で歳が計れない一族だ。
ヨウ殿下は、ファシャール王家の血を引いてはいないが。
(皆さん、エネルギッシュなのよね)
「じゃあ、またな。部屋の中でゆっくりくつろげ」
「お仕事頑張ってね」
セイの私室まで連れて行ってもらったサーヤは、仕事に向かう彼を見送った。
(広い……離宮のセイのお部屋と私のお部屋を足したくらいは、広さがあるわ)
小さな天窓からは、明るい日差しが差し込んでいた。
夜には星がまたたくのを見て眠りにつけるのだろう。様々な楽器も置かれていた。
テーブルも、机デスクも大理石で設えられている。寝台(ベッド)の天蓋は、
月と星の模様だった。
(ロマンティック……むしろ乙女チック? )
「王位を継いだらこの部屋はどうするのかしら? 」
ふと疑問が湧いた。ティーテーブルの椅子に座っていると、コンコンとノックの音がした。
「は、はい」
小さく返事をして扉の前に行く。
薄く開くと、侍女がいた。トレイに茶器と磁器を載せている。
「サーヤ様、お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
ティーテーブルに戻ると、侍女がお茶を入れてくれた。甘い香りがする。
「婚約式からまたお綺麗になられて、
本当に愛されておいでですね」
「……先程、ミギリ王子もそう言ってくれましたが」
今度は、愛されてと言われてびくっとした。
確かにそうなのだろう。
寝台(ベッド)の上で抱き合う時以外でも、彼は優しかった。
懐妊が判明してから、めっぽう甘くなった。
「ご成婚の儀が、待ち遠しいですわ。
セイ様と引っ越してこられて、お世話ができるようになりますもの」
瞳を輝かせて言われて照れた。
綺麗と言ってくれた侍女も美しかった。
王宮は、美で溢れている。
王宮だけではない。
このファシャール王国も平和だった。
貴族と平民という階級差により生活の違いは、
あるけれど、貧困で喘いでいる者はいない。
他国との戦などもない。
現国王の三代前の治世から、続く奇跡だった。
サーヤは、この国の王妃として、セイの治世を支えていかねばならない。
まず、せねばならないのは、ファシャールの血統を継ぐ子供が、これから
無事に生まれるまで、守り抜くことだ。
サーヤは侍女に微笑んだ。
「はい! 私も、結婚式が楽しみです」
「お身体を大事に過ごされてくださいね。
当日は、出来うる限りのサポートを致します」
侍女が一礼して、部屋を辞した。
お茶と干した果物は、とても美味だった。
ぼんやりしていると、眠気が襲ってくる。
「……ふわぁ」
サーヤは、ティーテーブルに突っ伏して、
眠ってしまった。
「……ヤ」
「……むにゃむにゃ」
「サーヤ、起きろ」
「ふぁい! 」
サーヤは、がばっと身を起こした。
至近距離から、ほろ苦い香り。
煙たくはないが、ガラの悪い王太子殿下は
一服してきたようだ。
「久々に吸っちゃったのね。この匂い、好きよう……ふわぁ」
うとうと、まだ眠い。
礼儀作法でも教わっていたし、
人前で欠伸をするなど無作法ではしたなかったが、我慢できずあくびをしてしまった。
「ほお、まだ寝ぼけているようだ。
刺激を与えてやろうか」
サーヤを誘惑するのは魅惑的な美貌の悪魔だ。
「……やっ」
耳朶に吹きつけられた息。ぞくっと身震いがして思わずしがみついた。
大好きな人の長衣を指先で掴む。
「感じやすいのも、性質たちが悪い」
そう嘯(うそぶ)いた彼は、ねっとりと舌を耳の後ろに這わせる。
「……っあ」
「サーヤ、夕食の時間だ。
明日の昼は、国王陛下と昼食会があるが、今日は二人きりの席を整えてもらった。
俺も腹が減っている。間違えてお前を食べない内に起きろ」
粘着質の甘い声が、身体に染み込んでくる。
「……起きてるから!」
セイが、刺激をもたらしてくるので、
寝られるはずもなかった。最初の挑発の時から完全に起きていた。
「……チッ。寝てたら襲ってやろうと思ったのに」
本気に聞こえびくびくっとした。
「……こちらに夕食は用意されている」
セイが腕を引っ張る。
広いテーブルに、並べられた品揃え豊富な料理。
漂ってくる匂いにごくりと唾つばを飲む。
またやってしまった!
恐る恐るテーブルの向かいに腰掛けたセイを見たら、何も気にしてない様子だったので、ほっ、と胸をなで下ろす。
(怒ってない……)
サーヤは笑ってごまかした。
「そんなことくらい、気にもしてねぇよ」
「ほっ」
「何かやらかすとしても、俺の前だけにしろよ」
「わかりました」
「素直でよろしい。さぁ、夕食を食べようか。
離宮と同じく、人払いしてあるよ」
落ち着ける空間にしてくれている。
「急に悪かったな」
「ここに連れて来てもらえて嬉しかったわよ」
「……だが、疲れただろう」
「セイこそ煙管(キセル)を口にしたくなるくらい、
精神的にやられたんでしょ」
「……もう、やめる。すまない」
「決して私のそばでは吸わないじゃない。いいのよ」
「優しいな……」
「好きな人にしか優しくしないわ」
「奇遇だ。俺もだ」
料理は妊娠しているサーヤのために栄養価の高い精のつくものばかりが用意されていた。
事前に、伝えていたのもあってサーヤの好物ばかりだ。
(……美味しい)
サーヤは、向かいに座るセイに凝視されながら、食事を終えた。
夕食後、しばらくした後、入浴することになった。
「……1人で入れます」
セイの私室には、湯殿が設えてあった。
離宮のセイの私室にも湯殿はあるが、実は使ったことがなかった。
「遠慮するな。侍女の代わりに手伝ってやるから」
慣れていない王宮の侍女に、
入浴を手伝ってもらうのは、緊張するだろうと断ってくれたらしい。
セイは、引き下がらなそうだ。
サーヤは、むうっと考える。
「……お願いするけど、悪いことは、だめっ」
「何だ、その無駄な可愛さは。虐めたくなるから、やめろ」
「……もういいからお風呂入ろ」
セイが、腕を引っ張る前に、彼の長衣の裾をつまむ。たまには、こんな風に甘えてもいいだろう。
湯殿の扉を開ける前に、サーヤは、衣装を剥ぎ取られた。
脱ぐのが遅いので見ていられなかったようだ。
身体を布で隠して、セイの手を取る。
一応、彼も腰元を隠してくれている。
「よかった」
「はぁ?」
「な、何でもないの」
「まぁ、いい。うっかり足を滑らせて転けると承知しないぞ」
「セイが、じっと見てたら転けるかも」
「サーヤが、愛しいから見ているのに」
「見すぎなの! かっこよすぎなんだからやめて」
「褒めてくれてどうも」
こんなじゃれ合いは、くすぐったい。
身体を洗い終わると待ちかねたかのように、湯に浸かっていたセイが手を差し伸べる。
素肌をさらしていたが、サーヤは気にせず
彼と混浴することを選んだ。
膝の上に乗せられ、背中から抱きしめられた。お腹に回った腕の拘束はゆるやかだ。
「王位を継いだら、今使ってるお部屋からお引越し? 」
「俺の部屋をお前の部屋にしてもいいな」
「……豪華すぎるわ」
「1人でのんびりする時間も必要だから、気にするな。むしろ、ありがたく思え」
「うん、ありがとう」
後ろから伸びてきた手が、お腹に触れる。
「まだ動いたりしないのか」
「気が早いわ……ってどこ触ってんの、変態」
「大げさに言うなよ。もっとすごいことしてるだろ」
「……のぼせちゃうわ」
湯に長く浸からなくても聞いてるだけでのぼせそうだった。
「サーヤ、お前はそのままでいろよ」
「うん……セイも傲慢な俺様でいてね! ドSで変態でも、好きでいる自信あるから」
「お前、随分生意気な口を聞くようになったじゃないか」
言葉とは裏腹に口調はやわらかかった。
「素直な方がいいんでしょう? 」
「まぁな」
(セイ、私の手を離しちゃ嫌よ。意地悪してもいいから、そばにいて)
この幸せが怖かった。
幸せすぎると怖いものなんだと初めて知ったのは最近のことだ。
入浴を終えると、抱きしめられて眠った。
翌日は昼食会の後、国王を含めた王宮の人達に
見送られて離宮へと戻った。
瞬くうちに、時は流れていく。
結婚式を翌日に控えたある日、サーヤは
浮かれすぎていた自分に気づき、我に返った。
気を引き締めなければならない。
うっかりしたら、谷底へ転げ落ちてしまう。
結婚式の衣装を眺めていると心が浮き足立つのは仕方ないのだとしても。
明日は戴冠式を終えた後、結婚式の流れだ。
国王の唯一の王妃である正妃として、隣に立つ。
運命の日を控えた夜のこと。
「俺がいるから、大丈夫だ」
セイが、照れながら伝えてくれた。
その顔を見て泣きそうになったサーヤは、
彼の胸に頬を埋うずめた。
婚約者として過ごす最後の夜は、普段と変わらないようで特別だった。
結婚式当日、セイとサーヤはそれぞれ別々に王宮に向かった。
サーヤのお願いを彼は聞いてくれた。
夢を見るように、彼の花嫁にしてくれるだろう。
王宮にたどり着くと、控え室で持ってきた結婚衣装に着替えた。
裾と襟を金糸と銀糸に彩られた純白の花嫁衣裳を身に纏う。
ティアラには、サーヤの誕生石である柘榴石(ガーネット)が、飾られていた。
代々の王妃が受け継ぐものではなく、
サーヤのために用意されたもの。
今日の日のための化粧も施ほどこされ鏡に映った自分をぼんやりと見つめた。
(念願だったセイの花嫁になる……)
3ヶ月間、入浴の時以外は肌身離さずつけていた瑠璃色(ラピスラズリ)
を指から外したサーヤは、鏡の中の自分に微笑みかけた。
お腹に手をあてる。
光り輝く未来を思い描いた。
ファシャールの最高権力者であるその人に。
(……えっ)
衣擦れの音がして、目線をあげれば、
国王が、玉座から立ち上がり、手を差し出していた。
セイではなく、サーヤに視線が向いている。
緊張で胸の鼓動が高鳴った。
掴まれた手はあたたかい。
サーヤの方を見ていた国王が、セイに目線を送る。
「セイ、水臭いな。親子じゃないか」
「それでも、あなたは父である前に国王だ」
国王の軽口に、セイは、生真面目に答える。
一線を引いているように思えた。
「セイは、礼儀正しいねぇ」
息をついたセイが、頭をあげた。サーヤは、まだ国王と手を取り合ったままだ。
「父上、その手をお離し下さい」
サーヤは、おろおろと二人を見比べてしまった。
セイは、不敵に笑っていた。
国王は、サーヤから手を離すと
椅子に座るよう勧めた。
椅子に座った途端、セイが強く手を握りしめてきた。
「サーヤちゃん、最近どう? 」
ちゃんづけで呼ばれたことより、最近どうかと訊ねられたことに動揺した。
「王太子殿下含め離宮の人達皆さんが気遣ってくれるおかけで、つつがなく過ごしています」
「それならよかった。こちらが、無茶な要求をしたせいで君には、大変な思いをさせたね」
「いえ……私は王太子殿下をお慕い申しあげていますから、大変なことは何もありません」
本心を思いのままに、伝えた。
「まさか、本当に懐妊を成し遂げるとは思わなくて驚いたんだよ。
セイが約束を違(たが)えない男なのは承知していたけれど、まったく」
セイが、息を呑んだ。
彼はやはり父親にはかなわないのだ。
「君が本当はおもちゃにされたのではないかとずっと心配だった」
「おもちゃになんてされてません。私は王太子殿下を心から愛してるんです。彼の愛は
激しすぎる時もあるんですがご愛嬌です!」
「サーヤ、ありがとう。とてもとても嬉しいよ」
セイは、国王陛下の手を私の手からさりげなく剥がしながら言った。
「……セイ、何をしているの」
「手が勝手に動いただけだ」
ひそひそ声で会話する。
国王に、笑われているのもかまわずに。
「サーヤちゃん、愚息の子を授かってくれてありがとう。二人ともおめでとう」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
二人で一礼する。国王は、慕わしげに微笑んでいた。
「離宮で任せている仕事が、あらかた終わったら、セイは王宮に来ることになってるんだよ。
今彼がやってるのは政務を任せるまでの勉強も兼ねているね。
留守の時は不安かもしれないけど、もう少ししたら、王宮で一緒に過ごせるようになるからね」
セイは、離宮でやってるお仕事(執務)は、
補佐に過ぎないから、1日くらい休んでも平気だと言っていた。サーヤには、そう告げたけど
とてもプレッシャーがかかる大変なお仕事なんだろう。
サーヤは、国王に向けて、こくりと頷いた。
「王太子について、よからぬ噂が市井(しせい)には、流れていたようだが、元々仕事をさぼる男ではなくて、
やるべきことはしていたんだよ。
ここ数ヶ月でとても変わってくれた気がするが、
それは全部君のおかげだね」
サーヤは目線で頷いた。
(セイは、そういう人だって知ってた。
下世話だけど精力に満ちた殿方は、仕事もできるんだって聞いたことあるし)
年上の男性らしい大人びた雰囲気だが、決して老けてはおらず年齢を感じさせない美貌。
初めて会った時、琥珀の眼差しに抱かれて、
狼狽え、足を滑らせたサーヤを
呆れを含んだ風情で、助けてくれた。
俺の女になれやら、お前は生娘か?と、口にされた時は、
唖然として、反応に困ったけれど。
強引さを持った人に、出逢いたかったのかもしれない。
セイとの出会いは、サーヤの退屈な日常を塗り替えた。
「サーヤ、惚(ほうけ)てどうした? 」
顔を覗きこまれて我に返った。
(間近で見ると心臓に悪いわ。よく私、今まで無事でいられたものね)
セイの人を釘づけにし、捕らえて離さない
カリスマ性は、国王から受け継いだものだ。王になるために、生まれてきた男(ひと)。
「ごめんなさい、うっかり考え事をしていて」
「俺の事考えてたんだろ?」
「えっと……はい」
頬を染めた。
セイが、あまりに自信満々に言い切るので、返す言葉もない。
「とっても仲良しで微笑ましい限りだね。
婚約式から絆が深まったんじゃないかい?
だから、サーヤちゃんも身ごもったのかもしれないよ」
国王は、まるで全部悟っているかのようだ。
セイと二人、顔を見合わせる。
「父上には、かなわない」
セイが、とても穏やかな表情をしていたので、驚いた。
(やだ……また好きになっちゃった)
どくん、胸が小さく鳴る。この人を絶対に失えない。誰にも渡せない。
「身体、大事にするんだよ。仕事があるからセイを貸してもらうけど、セイの私室でゆっくりしていなさい」
国王のあたたかい眼差しに、涙が出そうになった。立ち上がって裾をつまみ、一礼する。
「……何か暑いな、この部屋。むせ返りそうだ」
王の間を立ち去り際、国王の独り言が後ろから聞こえてきた。
「年寄りには、応えたかもしれないな。くっ」
「年寄りって、そんなお年でもないんでしょう。初めてお目にかかった婚約式の時も驚いたんだけど」
「父上は御年60だ。見えなくても」
「……あ、そっか。お姉様がいらっしゃるんだものね」
それでも、あの若さはありえない。
40歳代前半でも通るではないか。
セイもそんな歳の重ね方をするのかと思うと、サーヤは末恐ろしくなった。
「婚約式は、姉上夫妻とは慌ただしくて、顔を合わせる時間もあまりなかったが、無理に今会う必要もないだろう」
「ミギリさんが、いらっしゃったし、王宮内に住まわれているのでしょう? 」
「ああ。お前が疲れるとよくないから、遭遇しない限り会わなくてもいい」
「疲れないけど」
「俺の肉親どもを舐めたら駄目だ」
「……そうよね」
スイ王女殿下も、ヨウ殿下もすさまじく若々しかった。
外見で歳が計れない一族だ。
ヨウ殿下は、ファシャール王家の血を引いてはいないが。
(皆さん、エネルギッシュなのよね)
「じゃあ、またな。部屋の中でゆっくりくつろげ」
「お仕事頑張ってね」
セイの私室まで連れて行ってもらったサーヤは、仕事に向かう彼を見送った。
(広い……離宮のセイのお部屋と私のお部屋を足したくらいは、広さがあるわ)
小さな天窓からは、明るい日差しが差し込んでいた。
夜には星がまたたくのを見て眠りにつけるのだろう。様々な楽器も置かれていた。
テーブルも、机デスクも大理石で設えられている。寝台(ベッド)の天蓋は、
月と星の模様だった。
(ロマンティック……むしろ乙女チック? )
「王位を継いだらこの部屋はどうするのかしら? 」
ふと疑問が湧いた。ティーテーブルの椅子に座っていると、コンコンとノックの音がした。
「は、はい」
小さく返事をして扉の前に行く。
薄く開くと、侍女がいた。トレイに茶器と磁器を載せている。
「サーヤ様、お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」
ティーテーブルに戻ると、侍女がお茶を入れてくれた。甘い香りがする。
「婚約式からまたお綺麗になられて、
本当に愛されておいでですね」
「……先程、ミギリ王子もそう言ってくれましたが」
今度は、愛されてと言われてびくっとした。
確かにそうなのだろう。
寝台(ベッド)の上で抱き合う時以外でも、彼は優しかった。
懐妊が判明してから、めっぽう甘くなった。
「ご成婚の儀が、待ち遠しいですわ。
セイ様と引っ越してこられて、お世話ができるようになりますもの」
瞳を輝かせて言われて照れた。
綺麗と言ってくれた侍女も美しかった。
王宮は、美で溢れている。
王宮だけではない。
このファシャール王国も平和だった。
貴族と平民という階級差により生活の違いは、
あるけれど、貧困で喘いでいる者はいない。
他国との戦などもない。
現国王の三代前の治世から、続く奇跡だった。
サーヤは、この国の王妃として、セイの治世を支えていかねばならない。
まず、せねばならないのは、ファシャールの血統を継ぐ子供が、これから
無事に生まれるまで、守り抜くことだ。
サーヤは侍女に微笑んだ。
「はい! 私も、結婚式が楽しみです」
「お身体を大事に過ごされてくださいね。
当日は、出来うる限りのサポートを致します」
侍女が一礼して、部屋を辞した。
お茶と干した果物は、とても美味だった。
ぼんやりしていると、眠気が襲ってくる。
「……ふわぁ」
サーヤは、ティーテーブルに突っ伏して、
眠ってしまった。
「……ヤ」
「……むにゃむにゃ」
「サーヤ、起きろ」
「ふぁい! 」
サーヤは、がばっと身を起こした。
至近距離から、ほろ苦い香り。
煙たくはないが、ガラの悪い王太子殿下は
一服してきたようだ。
「久々に吸っちゃったのね。この匂い、好きよう……ふわぁ」
うとうと、まだ眠い。
礼儀作法でも教わっていたし、
人前で欠伸をするなど無作法ではしたなかったが、我慢できずあくびをしてしまった。
「ほお、まだ寝ぼけているようだ。
刺激を与えてやろうか」
サーヤを誘惑するのは魅惑的な美貌の悪魔だ。
「……やっ」
耳朶に吹きつけられた息。ぞくっと身震いがして思わずしがみついた。
大好きな人の長衣を指先で掴む。
「感じやすいのも、性質たちが悪い」
そう嘯(うそぶ)いた彼は、ねっとりと舌を耳の後ろに這わせる。
「……っあ」
「サーヤ、夕食の時間だ。
明日の昼は、国王陛下と昼食会があるが、今日は二人きりの席を整えてもらった。
俺も腹が減っている。間違えてお前を食べない内に起きろ」
粘着質の甘い声が、身体に染み込んでくる。
「……起きてるから!」
セイが、刺激をもたらしてくるので、
寝られるはずもなかった。最初の挑発の時から完全に起きていた。
「……チッ。寝てたら襲ってやろうと思ったのに」
本気に聞こえびくびくっとした。
「……こちらに夕食は用意されている」
セイが腕を引っ張る。
広いテーブルに、並べられた品揃え豊富な料理。
漂ってくる匂いにごくりと唾つばを飲む。
またやってしまった!
恐る恐るテーブルの向かいに腰掛けたセイを見たら、何も気にしてない様子だったので、ほっ、と胸をなで下ろす。
(怒ってない……)
サーヤは笑ってごまかした。
「そんなことくらい、気にもしてねぇよ」
「ほっ」
「何かやらかすとしても、俺の前だけにしろよ」
「わかりました」
「素直でよろしい。さぁ、夕食を食べようか。
離宮と同じく、人払いしてあるよ」
落ち着ける空間にしてくれている。
「急に悪かったな」
「ここに連れて来てもらえて嬉しかったわよ」
「……だが、疲れただろう」
「セイこそ煙管(キセル)を口にしたくなるくらい、
精神的にやられたんでしょ」
「……もう、やめる。すまない」
「決して私のそばでは吸わないじゃない。いいのよ」
「優しいな……」
「好きな人にしか優しくしないわ」
「奇遇だ。俺もだ」
料理は妊娠しているサーヤのために栄養価の高い精のつくものばかりが用意されていた。
事前に、伝えていたのもあってサーヤの好物ばかりだ。
(……美味しい)
サーヤは、向かいに座るセイに凝視されながら、食事を終えた。
夕食後、しばらくした後、入浴することになった。
「……1人で入れます」
セイの私室には、湯殿が設えてあった。
離宮のセイの私室にも湯殿はあるが、実は使ったことがなかった。
「遠慮するな。侍女の代わりに手伝ってやるから」
慣れていない王宮の侍女に、
入浴を手伝ってもらうのは、緊張するだろうと断ってくれたらしい。
セイは、引き下がらなそうだ。
サーヤは、むうっと考える。
「……お願いするけど、悪いことは、だめっ」
「何だ、その無駄な可愛さは。虐めたくなるから、やめろ」
「……もういいからお風呂入ろ」
セイが、腕を引っ張る前に、彼の長衣の裾をつまむ。たまには、こんな風に甘えてもいいだろう。
湯殿の扉を開ける前に、サーヤは、衣装を剥ぎ取られた。
脱ぐのが遅いので見ていられなかったようだ。
身体を布で隠して、セイの手を取る。
一応、彼も腰元を隠してくれている。
「よかった」
「はぁ?」
「な、何でもないの」
「まぁ、いい。うっかり足を滑らせて転けると承知しないぞ」
「セイが、じっと見てたら転けるかも」
「サーヤが、愛しいから見ているのに」
「見すぎなの! かっこよすぎなんだからやめて」
「褒めてくれてどうも」
こんなじゃれ合いは、くすぐったい。
身体を洗い終わると待ちかねたかのように、湯に浸かっていたセイが手を差し伸べる。
素肌をさらしていたが、サーヤは気にせず
彼と混浴することを選んだ。
膝の上に乗せられ、背中から抱きしめられた。お腹に回った腕の拘束はゆるやかだ。
「王位を継いだら、今使ってるお部屋からお引越し? 」
「俺の部屋をお前の部屋にしてもいいな」
「……豪華すぎるわ」
「1人でのんびりする時間も必要だから、気にするな。むしろ、ありがたく思え」
「うん、ありがとう」
後ろから伸びてきた手が、お腹に触れる。
「まだ動いたりしないのか」
「気が早いわ……ってどこ触ってんの、変態」
「大げさに言うなよ。もっとすごいことしてるだろ」
「……のぼせちゃうわ」
湯に長く浸からなくても聞いてるだけでのぼせそうだった。
「サーヤ、お前はそのままでいろよ」
「うん……セイも傲慢な俺様でいてね! ドSで変態でも、好きでいる自信あるから」
「お前、随分生意気な口を聞くようになったじゃないか」
言葉とは裏腹に口調はやわらかかった。
「素直な方がいいんでしょう? 」
「まぁな」
(セイ、私の手を離しちゃ嫌よ。意地悪してもいいから、そばにいて)
この幸せが怖かった。
幸せすぎると怖いものなんだと初めて知ったのは最近のことだ。
入浴を終えると、抱きしめられて眠った。
翌日は昼食会の後、国王を含めた王宮の人達に
見送られて離宮へと戻った。
瞬くうちに、時は流れていく。
結婚式を翌日に控えたある日、サーヤは
浮かれすぎていた自分に気づき、我に返った。
気を引き締めなければならない。
うっかりしたら、谷底へ転げ落ちてしまう。
結婚式の衣装を眺めていると心が浮き足立つのは仕方ないのだとしても。
明日は戴冠式を終えた後、結婚式の流れだ。
国王の唯一の王妃である正妃として、隣に立つ。
運命の日を控えた夜のこと。
「俺がいるから、大丈夫だ」
セイが、照れながら伝えてくれた。
その顔を見て泣きそうになったサーヤは、
彼の胸に頬を埋うずめた。
婚約者として過ごす最後の夜は、普段と変わらないようで特別だった。
結婚式当日、セイとサーヤはそれぞれ別々に王宮に向かった。
サーヤのお願いを彼は聞いてくれた。
夢を見るように、彼の花嫁にしてくれるだろう。
王宮にたどり着くと、控え室で持ってきた結婚衣装に着替えた。
裾と襟を金糸と銀糸に彩られた純白の花嫁衣裳を身に纏う。
ティアラには、サーヤの誕生石である柘榴石(ガーネット)が、飾られていた。
代々の王妃が受け継ぐものではなく、
サーヤのために用意されたもの。
今日の日のための化粧も施ほどこされ鏡に映った自分をぼんやりと見つめた。
(念願だったセイの花嫁になる……)
3ヶ月間、入浴の時以外は肌身離さずつけていた瑠璃色(ラピスラズリ)
を指から外したサーヤは、鏡の中の自分に微笑みかけた。
お腹に手をあてる。
光り輝く未来を思い描いた。
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