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第15章『命懸けで愛を貫く覚悟』※※※
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挑発してやると、サーヤはうっとりと頷いた。
目元が隠れていても、口元が笑みを形作っているのはわかる。
「ん……っ」
上唇を甘噛みし、乳首をひねった。胎内(ナカ)に、強めの力で突き立てた中指を折り曲げる。
耳朶に歯を立てたら、甘ったるい吐息が漏れた。
普段よりきつめな愛撫に悶えているようだ。
目元を覆っていた布を外すと、サーヤの淫らで美しい表情が、セイの瞳に映る。
「ああ……」
奥を昂りで強く擦ってやれば、サーヤはくぐもった声をあげた。
口元から、だらだらと零れだした唾液が、肩口まで流れ落ちる。あられもない痴態だ。
「痛いことなんてできるはずもない」
「気持ちよかった」
「……っ、その顔と声やめろ」
「はぁん……っ」
突き上げると、絡みつく胎内(ナカ)。
どく、どくと吐精する。
吸いついて離さまいとするそこから、抜け出て息をつく。
意識を手放したサーヤは、微笑んでいた。
括りつけた紐を外し、頬と額に口づける。
「どれだけ俺を奪うんだ、サーヤ」
眠りに落ちた彼女は目を覚まさない。手首は、
傷をつけないよう細心の注意を払い縛った。
少し赤くなってしまった場所は手当をして手巾を巻いてやろう。
縛りつけて行為に及んだことは、これまでの人生で1度もない。
サーヤを激しく責め苛んだ時も拘束まではしていない。セイはうなだれた。
髪をかきあげて、 顔を覆う。
何故、彼女はここまで神経を揺さぶって、気持ちを操るのだろう。
もう、取り返しがつかないくらい溺れてしまった。
「追い払えない俺が悪いのに、お前が罰を受ける必要はなかったんだよ」
壊して。滅茶苦茶にしてと叫んだ彼女の激情は、セイを狂わせた。
一途さが、すさまじい破壊力で、飲み込んだ。
「……追い出す理由ができれば、楽なんだが」
ウルメイダとの外交に支障が生じ、
戦乱の火種まで呼び込みかねないのなら、
こちら側が、不利益を被らないようにするしかない。
今日は王宮で国王や元老院の者達と会議もある。夜に帰ってこよう。
セイは覚悟を決めた。
「……っ、セイ、どこ!」
目を覚ますと、温もりが消えていた。
手首が、赤く腫れているが、食い込むほどの傷はなかった。
ゆるやかに、加減して拘束した。
裁きを下す振りをして、セイは、十分優しかったのだ。手首には手巾が巻かれていた。
「ここにいる」
窓辺から歩いてきたセイに、抱きつく。
背中を抱いて髪を撫でてくれた。紫煙をくゆらせていたのだろう。
ほろ苦い香りがする。
セイは、夜着ではなく白い長衣だ。フードのみ身につけていない。
サーヤの身体も清められている。
「痛みはないか? 」
「平気よ」
腰に腕を回してしがみつく。
こんなに穏やかな温もりをくれるんだ。
「……セイ」
見上げれば傷ついた風情をしている。
「怖くなかったし痛くもなかった。
あなた、優しかったじゃない」
「……それならいいが、お前も不用意に壊してなどと言うものではないぞ」
「……本気だったのにな」
「壊れたら、誰が俺の子を産んでくれるんだ。別の誰かを抱いてもいいのか。想像するだけで虫唾が走る」
「私も嫌……っ」
「なら、言動は慎め。お前が言ったように、俺は危険な男だよ」
「私の前でだけ危険な男ならいいの」
「歯止めが効かなくてもか」
「愛してるって伝わってくるからいいの」
サーヤが見つめるとセイが苦笑いをした。
「……セイ、どうしたの? 」
「どうもしていない」
「もしかして、また留守にするの? 」
セイは無言になった。
しばらく間を置いて、言葉を発した。
「王宮で会議があって呼ばれている。夕食も
向こうですませてくる。少し遅くなるかもしれない」
「わかった。ちゃんと夜には帰ってきて」
1人にしないで。
サーヤは、心の声を出さずに、もう一度抱きついた。
「ああ」
何故、今日に限って外国語の授業が最後なのだろう。
午前中の音楽の授業はとても楽しかった。
サーヤの自室ではなく別室で行われる授業。
今日ようやく、サーヤの嗜む楽器が決まった。
何種類か試した結果、1番相性がよく、上達できそうだと先生もサーヤも感じたのが、竪琴だった。
手のひらサイズなので、部屋でも練習できる。
音楽の時間は、衣装も別のものに着替えて行う。
胸元まで襟ぐりが開いた薄手の衣装に身を包んだサーヤは、こんな姿をセイに見せられないと思っていた。
頭の中で回想している瞬間にも足音が近づいてくる。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう……先生」
昨日のことなんてなかったかのように、
うっすらと笑みを浮かべている。空々しい気分になった。
この人の授業なんて受けたくもなかった。
サーヤが心配なシュレイは廊下で見守ってくれているらしい。
「……姫」
「はい」
「今日はどうしたんですか、上うわの空ですよ」
じとっと、睨んでも素知らぬ顔で、このページを私の後に続いて読んでくださいなどと言ってくる。
むかむかとしたが、こらえて、サーヤは教師に従った。
(……無理してこんな授業受けなくてもいいんだけど、教え方も上手いし、
授業を受け始めてから、前より話すのも上手くなったし、
筆記も上手になった……。癪だけど、キョウのおかげだ)
サーヤは脳内では、既に呼び捨てにしていた。
敬意は、僅かにも残っていない。
表面上、いい子を演じる。そう、将来の自分のために。
音楽の授業以外は、婚約期間中で終わる。長い期間ではない。
「ありがとうございました」
授業の終わりに頭を下げる。手が触れかけた気がしたが、引っこめられた。
(……胃のあたりがむかむかする)
何事もなく、教師と生徒の距離感だったが、
気持ち悪くて仕方がなかった。
代わりに入ってきたシュレイは、お茶を入れた盆を抱えていた。
「サーヤ様、お疲れ様です」
「ありがとう……」
飲み干したお茶のほろ苦さが、不快になった気分をなだめてくれた。
夕食の席にセイがいないとぽっかりと空白ができたみたいだと、サーヤはうつむく。
給仕をしてくれる女官が、話し相手になってくれ、慰めてくれた。
いつの間にか、サーヤの中でセイと過ごす時間が当たり前になっていた。
入浴も終わり自室にこもったサーヤは鍵をかけないで、セイの訪(おとな)いを待っていた。
「……何かあったのかしら? 」
彼が宮殿内にいないと、とても静かに感じた。二人きりの時以外は、決して口数も多くなく、
にぎやかではない。セイは、存在感があるのだ。
神秘的な雰囲気(オーラ)というのだろうか。
猫のようにうずくまり、抱き枕を抱える。
その時、こんこんと扉を叩く音がした。
サーヤは寝台ベッドから起き上がる。
愛する男がやってきたのだと信じ、
その扉を開けてしまった。
「セイ……! 」
薄暗い明かりに照らされた顔をはっきりとらえられない。
「ん……っ」
口元が、湿った手巾で覆われた。ふわふわとした心地の中、誰かの腕の中にいるのを知る。
どさり、乱暴に投げられた。
(セイじゃない!)
衣擦れの音が響く。
覆いかぶさった男の胸を叩く。足もじたばたと動かして暴れた。
叫ぼうとした口元は、再び手巾で覆われる。
今度は猿轡を噛まされ、完全に声を奪われた。
両手首をまとめて、紐でぎゅうぎゅうと結びつけられた。
セイと違い、手加減はなかった。
「……っ……」
もがいても、声を発せられない。涙が、ぽろぽろとこぼれ落ち、頬を濡らした。
(泣くわけにはいかない……この男の前でなんて)
サーヤの上に、覆いかぶさり、彼は
夢心地でささやいた。
「どんな手段を使ってもあなたが、欲しかった。
私もシーク・セイのように、瑠璃色の乙女に囚われたのかもしれない」
「んん……っ」
夜着の留め具が、緩慢な動作で外されていく。
あっけなく、素肌を晒したサーヤは胸元に顔を埋めた男を見た。
(やめて……! )
「シークは、あなたの身体にのめりこんでいるのでしょうね……」
ぴちゃ、と音を立てて胸の谷間を舌がなぞった。ふくらみにあてがわれた手が、軽く動く。
「すっかり、慣らされているようで?
一体何度抱かれたんですか」
指先が、胸の先端に触れると、背がはねた。
こんな男に感じさせられている自分は淫乱なのだろうか。
いつか、セイがサーヤに言ったが今となっては、ただの言葉遊びだったと思える。
猿轡が、外される。
唇をこじ開けられ舌が、ねっとりと絡みついてくる。
自分の舌をすくめて抗ったが、あっけなく絡め取られてしまう。
乱暴で、一方的なキス。
吐息が漏れる。
唾液が混ざり合う。
くちゅくちゅと音を立てて、サーヤの口内を
荒らし続ける。足を動かして、蹴飛ばそうとするが、大きな男の身体に押さえつけられてしまった。
両脚を腰に絡められ、自然と触れたのは、男の欲望だった。怖気おぞけが走る。
(やだ……助けて! )
唇を奪った男は、肌をまさぐった。
乳房が、やわやわと揉みしだかれる。
覆いかぶさった男の身体は、重苦しく熱い。
ちゅ、と吸われる。わざとらしく立てられた音。
キョウは、指と唇で乳房を愛で続ける。
硬くなった先端に歯を立てられた。
震えながら、サーヤは自分の愚かしさを悔いた。
このまま、この男に好きなようにされるなら、死んでやる。
(寝台の脇には、小刀がある。
これは、もしもの時に使うようにとシュレイに渡されていたもの)
悲壮な決意を秘めて、サーヤはキョウを睨んだ。
「そんな顔をされても男を煽るだけだよ。麗しの瑠璃色(ラピスラズリ)のサーヤ」
口調を変えた男を更に強く睨んだ。
(そんなふうに呼んでいいのは、セイだけよ! )
なぶられる乳房は、唾液まみれだ。
「本当にいい反応をする。俺が嫌いなはずなのにな? 」
また口調を変えた。これが、キョウの本性だろう。
「こんなに、熱く溶け出している」
触られたくない。
キョウの指が、サーヤの下肢を押し広げ、
蜜を指で確かめる。
ちゅくちゅく、と指がいやらしく動く。
それは、胎内(ナカ)へと向かっていた。
「こんな姿を見せられたら、さっさと突き立ててしまいたくなる」
頭(かぶり)を振った。
(いや……! )
サーヤの視界に、上着と下衣を脱ぎ捨てるキョウの姿が映し出される。
瞼を閉じた。もう、終わりだ。
賑やかな物音が響く。
開け放たれた扉から、どたばたと数人の男達が、なだれ込んでくる。宮殿の者達ではない。
王宮を警護する者達だ。
待っていた人の声も、聞こえる。
「……あっさり罠にかかったな。クソ野郎が! 」
どかっ、と蹴り倒す音がした。
サーヤの上にのしかかっていた重みが消える。猿轡も手首の紐も解かれた。
抱きしめられた腕の温もりは、求めていたもの。
着せかけられた夜着の留め具を嵌めていく。
「セイ……怖かった 」
「すまなかったな。遅くなった」
耳元でささやくのは優しいセイの声。
彼は、サーヤを胸に抱きしめながら、足で
悪者に裁きを与えていた。
股間が、蹴りあげられている。
「ぐっ……」
「使い物にならなくしてやろうか」
くっくっ、と笑うセイの声は本気だ。
「……シーク・セイ」
屈辱に顔を歪めるキョウを憐れむことはできない。絶妙のタイミングで窮地を救ったセイは、
本当に王子様だった。
「一時いっときでもサーヤを教えられてよかったな。
キョウ? 」
「ぐ……っ」
ひしゃげた声が漏れる。興ざめしたのか、セイは、男の体を蹴り飛ばした。
「俺のサーヤは、愛らしかっただろう? 」
静かな口調が、逆に怖かった。
「……慈悲として国外追放で許してやる。
有力貴族だかなんだか知らないが、
ウルメイダの王家がお前を守ってくれるなんて、もはや思ってはいまいな? 」
「……」
「国王陛下にも既にこの件は通達済みだ。 王太子の花嫁に懸想した輩が、問題を起こしたら
もしもの際はお力添えくださいと」
セイは、そこまで手回ししたのか。
不在にしていた理由は、悪者を追い払うための策を講じていたからだった。
縄で縛られた男が部屋から連れ出されていく。
振り返ったキョウの顔は、悔しさとも、
憎しみとも取れる表情をしていた。
「……私は淫乱なの」
「あれは、本気で言ったのではない」
「ううん、自覚したの。セイ以外の人に触れられて感じたのよ」
「それは、女の本能だ。自分の体を守るために潤滑液が」
サーヤはうつむいた。
至極まっとうな正論は、心に染み渡っていくが、余計に辛くなった。
「うう……ごめんなさい……」
うつむいていた顔が、無理やり上向かせられる。癒すかのような淡いキスに、涙が出た。
「お前は何一つ悪くないだろうが。謝るなよ」
「……私をまた抱いてくれる? 」
「おねだりか?」
セイが、くすっと笑い、サーヤの涙を
持っていた手巾で拭った。
「こんな穢れた私を許してくれるなら」
髪をかき混ぜる指は、手荒かったが、
セイだと、サーヤに知覚させてくれた。
「許すも何もない。馬鹿娘が! 」
「……っん」
舌が、口内を暴れる。サーヤは自ら舌を絡めてセイに応じた。吐息混じりの声が耳元でささやく。
「サーヤ、俺の方こそ悪かった」
「……助けに来てくれたじゃない」
苦しそうなセイに、まだ何か知らされていないことがあるのだろうかと思う。
(今はあなたを感じていたい)
「俺の部屋に行こう」
珍しく、サーヤに言葉で伝えてくれた。何も言わずに抱き上げて連れていく彼が。
抱えられて、肩にしがみつく。
横抱きにされて廊下を進む。
見つめたセイの瞳は、
サーヤより泣いているように見えた。
涙なんて流れていなくても。
「こんなに痛めつけられたのか」
セイは、赤くなって腫れ上がった手首に口づけた。煎じた薬草を塗り手巾を巻いた。
「心の傷トラウマになるようなことは、
二度としない」
「あなたになら傷つけられてもいいのよ」
縛られたって、目元を隠されたって嫌じゃない。同意の上での行いだからだ。
「そういうことを言うもんじゃない」
「嫌いな人なら、絶対嫌! 」
サーヤの激情に、セイが気圧けおされている。
「もしもの時は死ぬつもりだった……。穢れた私はあなたのそばで生きられないもの」
「俺より先に死ぬなど許すものか」
セイは、サーヤが命を絶っても、死を選べないだろう。
重くのしかかる責せきを
放り投げてしまえる人ではない。
王太子として、近い将来戴冠する身として、
彼は、心と体で理解している。
(国を背負って、立つ人だもの。帝王学をその身に叩き込まれている人だもの)
「帝王学を少し学んだわ。王があるから、民がいるのではない。民がいるから王であれるのだ。
決して民を踏みにじってはならない」
「……帝王学なんて知ったことか。
そんなものに、俺を当てはめるな」
「でも、あなたは自分の背負う物を
放り投げて逃げる人じゃないでしょう?」
「買い被(かぶ)ってくれてありがとう」
セイは、優雅に微笑んだ。
「買いかぶり?」
「まだ分からないのか。サーヤ……
お前がいなくなったら、生きてられないんだよ。もし、正妃として娶るのが
許されなかったら、ファシャールなんて
国捨てて逃げてやるつもりだったんだから」
「ええっ! 」
「そんな事にならないよう手筈てはずは整えたんだがな」
骨まで軋むくらい抱きしめられた。
「お前が死んだら、あいつを殺して
後を追う覚悟だった。信じたか? 」
「信じた……」
呆然とつぶやいた。
「俺はお前にイカれ狂ってるんだよ。
国王になる身としては、失格だな」
自嘲するセイに、サーヤはふふ、と笑った。
視界が暗転する。
彼の手が、留め具を外していく。
胸の鼓動が鳴り止まない。
(こんなにも、どきどき胸が疼くのは、
彼しかいない。私の愛したシーク・セイだけ)
夜闇の中、衣擦れの音が響く。
素肌同士が触れて、心臓の音が重なり合った。
目元が隠れていても、口元が笑みを形作っているのはわかる。
「ん……っ」
上唇を甘噛みし、乳首をひねった。胎内(ナカ)に、強めの力で突き立てた中指を折り曲げる。
耳朶に歯を立てたら、甘ったるい吐息が漏れた。
普段よりきつめな愛撫に悶えているようだ。
目元を覆っていた布を外すと、サーヤの淫らで美しい表情が、セイの瞳に映る。
「ああ……」
奥を昂りで強く擦ってやれば、サーヤはくぐもった声をあげた。
口元から、だらだらと零れだした唾液が、肩口まで流れ落ちる。あられもない痴態だ。
「痛いことなんてできるはずもない」
「気持ちよかった」
「……っ、その顔と声やめろ」
「はぁん……っ」
突き上げると、絡みつく胎内(ナカ)。
どく、どくと吐精する。
吸いついて離さまいとするそこから、抜け出て息をつく。
意識を手放したサーヤは、微笑んでいた。
括りつけた紐を外し、頬と額に口づける。
「どれだけ俺を奪うんだ、サーヤ」
眠りに落ちた彼女は目を覚まさない。手首は、
傷をつけないよう細心の注意を払い縛った。
少し赤くなってしまった場所は手当をして手巾を巻いてやろう。
縛りつけて行為に及んだことは、これまでの人生で1度もない。
サーヤを激しく責め苛んだ時も拘束まではしていない。セイはうなだれた。
髪をかきあげて、 顔を覆う。
何故、彼女はここまで神経を揺さぶって、気持ちを操るのだろう。
もう、取り返しがつかないくらい溺れてしまった。
「追い払えない俺が悪いのに、お前が罰を受ける必要はなかったんだよ」
壊して。滅茶苦茶にしてと叫んだ彼女の激情は、セイを狂わせた。
一途さが、すさまじい破壊力で、飲み込んだ。
「……追い出す理由ができれば、楽なんだが」
ウルメイダとの外交に支障が生じ、
戦乱の火種まで呼び込みかねないのなら、
こちら側が、不利益を被らないようにするしかない。
今日は王宮で国王や元老院の者達と会議もある。夜に帰ってこよう。
セイは覚悟を決めた。
「……っ、セイ、どこ!」
目を覚ますと、温もりが消えていた。
手首が、赤く腫れているが、食い込むほどの傷はなかった。
ゆるやかに、加減して拘束した。
裁きを下す振りをして、セイは、十分優しかったのだ。手首には手巾が巻かれていた。
「ここにいる」
窓辺から歩いてきたセイに、抱きつく。
背中を抱いて髪を撫でてくれた。紫煙をくゆらせていたのだろう。
ほろ苦い香りがする。
セイは、夜着ではなく白い長衣だ。フードのみ身につけていない。
サーヤの身体も清められている。
「痛みはないか? 」
「平気よ」
腰に腕を回してしがみつく。
こんなに穏やかな温もりをくれるんだ。
「……セイ」
見上げれば傷ついた風情をしている。
「怖くなかったし痛くもなかった。
あなた、優しかったじゃない」
「……それならいいが、お前も不用意に壊してなどと言うものではないぞ」
「……本気だったのにな」
「壊れたら、誰が俺の子を産んでくれるんだ。別の誰かを抱いてもいいのか。想像するだけで虫唾が走る」
「私も嫌……っ」
「なら、言動は慎め。お前が言ったように、俺は危険な男だよ」
「私の前でだけ危険な男ならいいの」
「歯止めが効かなくてもか」
「愛してるって伝わってくるからいいの」
サーヤが見つめるとセイが苦笑いをした。
「……セイ、どうしたの? 」
「どうもしていない」
「もしかして、また留守にするの? 」
セイは無言になった。
しばらく間を置いて、言葉を発した。
「王宮で会議があって呼ばれている。夕食も
向こうですませてくる。少し遅くなるかもしれない」
「わかった。ちゃんと夜には帰ってきて」
1人にしないで。
サーヤは、心の声を出さずに、もう一度抱きついた。
「ああ」
何故、今日に限って外国語の授業が最後なのだろう。
午前中の音楽の授業はとても楽しかった。
サーヤの自室ではなく別室で行われる授業。
今日ようやく、サーヤの嗜む楽器が決まった。
何種類か試した結果、1番相性がよく、上達できそうだと先生もサーヤも感じたのが、竪琴だった。
手のひらサイズなので、部屋でも練習できる。
音楽の時間は、衣装も別のものに着替えて行う。
胸元まで襟ぐりが開いた薄手の衣装に身を包んだサーヤは、こんな姿をセイに見せられないと思っていた。
頭の中で回想している瞬間にも足音が近づいてくる。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう……先生」
昨日のことなんてなかったかのように、
うっすらと笑みを浮かべている。空々しい気分になった。
この人の授業なんて受けたくもなかった。
サーヤが心配なシュレイは廊下で見守ってくれているらしい。
「……姫」
「はい」
「今日はどうしたんですか、上うわの空ですよ」
じとっと、睨んでも素知らぬ顔で、このページを私の後に続いて読んでくださいなどと言ってくる。
むかむかとしたが、こらえて、サーヤは教師に従った。
(……無理してこんな授業受けなくてもいいんだけど、教え方も上手いし、
授業を受け始めてから、前より話すのも上手くなったし、
筆記も上手になった……。癪だけど、キョウのおかげだ)
サーヤは脳内では、既に呼び捨てにしていた。
敬意は、僅かにも残っていない。
表面上、いい子を演じる。そう、将来の自分のために。
音楽の授業以外は、婚約期間中で終わる。長い期間ではない。
「ありがとうございました」
授業の終わりに頭を下げる。手が触れかけた気がしたが、引っこめられた。
(……胃のあたりがむかむかする)
何事もなく、教師と生徒の距離感だったが、
気持ち悪くて仕方がなかった。
代わりに入ってきたシュレイは、お茶を入れた盆を抱えていた。
「サーヤ様、お疲れ様です」
「ありがとう……」
飲み干したお茶のほろ苦さが、不快になった気分をなだめてくれた。
夕食の席にセイがいないとぽっかりと空白ができたみたいだと、サーヤはうつむく。
給仕をしてくれる女官が、話し相手になってくれ、慰めてくれた。
いつの間にか、サーヤの中でセイと過ごす時間が当たり前になっていた。
入浴も終わり自室にこもったサーヤは鍵をかけないで、セイの訪(おとな)いを待っていた。
「……何かあったのかしら? 」
彼が宮殿内にいないと、とても静かに感じた。二人きりの時以外は、決して口数も多くなく、
にぎやかではない。セイは、存在感があるのだ。
神秘的な雰囲気(オーラ)というのだろうか。
猫のようにうずくまり、抱き枕を抱える。
その時、こんこんと扉を叩く音がした。
サーヤは寝台ベッドから起き上がる。
愛する男がやってきたのだと信じ、
その扉を開けてしまった。
「セイ……! 」
薄暗い明かりに照らされた顔をはっきりとらえられない。
「ん……っ」
口元が、湿った手巾で覆われた。ふわふわとした心地の中、誰かの腕の中にいるのを知る。
どさり、乱暴に投げられた。
(セイじゃない!)
衣擦れの音が響く。
覆いかぶさった男の胸を叩く。足もじたばたと動かして暴れた。
叫ぼうとした口元は、再び手巾で覆われる。
今度は猿轡を噛まされ、完全に声を奪われた。
両手首をまとめて、紐でぎゅうぎゅうと結びつけられた。
セイと違い、手加減はなかった。
「……っ……」
もがいても、声を発せられない。涙が、ぽろぽろとこぼれ落ち、頬を濡らした。
(泣くわけにはいかない……この男の前でなんて)
サーヤの上に、覆いかぶさり、彼は
夢心地でささやいた。
「どんな手段を使ってもあなたが、欲しかった。
私もシーク・セイのように、瑠璃色の乙女に囚われたのかもしれない」
「んん……っ」
夜着の留め具が、緩慢な動作で外されていく。
あっけなく、素肌を晒したサーヤは胸元に顔を埋めた男を見た。
(やめて……! )
「シークは、あなたの身体にのめりこんでいるのでしょうね……」
ぴちゃ、と音を立てて胸の谷間を舌がなぞった。ふくらみにあてがわれた手が、軽く動く。
「すっかり、慣らされているようで?
一体何度抱かれたんですか」
指先が、胸の先端に触れると、背がはねた。
こんな男に感じさせられている自分は淫乱なのだろうか。
いつか、セイがサーヤに言ったが今となっては、ただの言葉遊びだったと思える。
猿轡が、外される。
唇をこじ開けられ舌が、ねっとりと絡みついてくる。
自分の舌をすくめて抗ったが、あっけなく絡め取られてしまう。
乱暴で、一方的なキス。
吐息が漏れる。
唾液が混ざり合う。
くちゅくちゅと音を立てて、サーヤの口内を
荒らし続ける。足を動かして、蹴飛ばそうとするが、大きな男の身体に押さえつけられてしまった。
両脚を腰に絡められ、自然と触れたのは、男の欲望だった。怖気おぞけが走る。
(やだ……助けて! )
唇を奪った男は、肌をまさぐった。
乳房が、やわやわと揉みしだかれる。
覆いかぶさった男の身体は、重苦しく熱い。
ちゅ、と吸われる。わざとらしく立てられた音。
キョウは、指と唇で乳房を愛で続ける。
硬くなった先端に歯を立てられた。
震えながら、サーヤは自分の愚かしさを悔いた。
このまま、この男に好きなようにされるなら、死んでやる。
(寝台の脇には、小刀がある。
これは、もしもの時に使うようにとシュレイに渡されていたもの)
悲壮な決意を秘めて、サーヤはキョウを睨んだ。
「そんな顔をされても男を煽るだけだよ。麗しの瑠璃色(ラピスラズリ)のサーヤ」
口調を変えた男を更に強く睨んだ。
(そんなふうに呼んでいいのは、セイだけよ! )
なぶられる乳房は、唾液まみれだ。
「本当にいい反応をする。俺が嫌いなはずなのにな? 」
また口調を変えた。これが、キョウの本性だろう。
「こんなに、熱く溶け出している」
触られたくない。
キョウの指が、サーヤの下肢を押し広げ、
蜜を指で確かめる。
ちゅくちゅく、と指がいやらしく動く。
それは、胎内(ナカ)へと向かっていた。
「こんな姿を見せられたら、さっさと突き立ててしまいたくなる」
頭(かぶり)を振った。
(いや……! )
サーヤの視界に、上着と下衣を脱ぎ捨てるキョウの姿が映し出される。
瞼を閉じた。もう、終わりだ。
賑やかな物音が響く。
開け放たれた扉から、どたばたと数人の男達が、なだれ込んでくる。宮殿の者達ではない。
王宮を警護する者達だ。
待っていた人の声も、聞こえる。
「……あっさり罠にかかったな。クソ野郎が! 」
どかっ、と蹴り倒す音がした。
サーヤの上にのしかかっていた重みが消える。猿轡も手首の紐も解かれた。
抱きしめられた腕の温もりは、求めていたもの。
着せかけられた夜着の留め具を嵌めていく。
「セイ……怖かった 」
「すまなかったな。遅くなった」
耳元でささやくのは優しいセイの声。
彼は、サーヤを胸に抱きしめながら、足で
悪者に裁きを与えていた。
股間が、蹴りあげられている。
「ぐっ……」
「使い物にならなくしてやろうか」
くっくっ、と笑うセイの声は本気だ。
「……シーク・セイ」
屈辱に顔を歪めるキョウを憐れむことはできない。絶妙のタイミングで窮地を救ったセイは、
本当に王子様だった。
「一時いっときでもサーヤを教えられてよかったな。
キョウ? 」
「ぐ……っ」
ひしゃげた声が漏れる。興ざめしたのか、セイは、男の体を蹴り飛ばした。
「俺のサーヤは、愛らしかっただろう? 」
静かな口調が、逆に怖かった。
「……慈悲として国外追放で許してやる。
有力貴族だかなんだか知らないが、
ウルメイダの王家がお前を守ってくれるなんて、もはや思ってはいまいな? 」
「……」
「国王陛下にも既にこの件は通達済みだ。 王太子の花嫁に懸想した輩が、問題を起こしたら
もしもの際はお力添えくださいと」
セイは、そこまで手回ししたのか。
不在にしていた理由は、悪者を追い払うための策を講じていたからだった。
縄で縛られた男が部屋から連れ出されていく。
振り返ったキョウの顔は、悔しさとも、
憎しみとも取れる表情をしていた。
「……私は淫乱なの」
「あれは、本気で言ったのではない」
「ううん、自覚したの。セイ以外の人に触れられて感じたのよ」
「それは、女の本能だ。自分の体を守るために潤滑液が」
サーヤはうつむいた。
至極まっとうな正論は、心に染み渡っていくが、余計に辛くなった。
「うう……ごめんなさい……」
うつむいていた顔が、無理やり上向かせられる。癒すかのような淡いキスに、涙が出た。
「お前は何一つ悪くないだろうが。謝るなよ」
「……私をまた抱いてくれる? 」
「おねだりか?」
セイが、くすっと笑い、サーヤの涙を
持っていた手巾で拭った。
「こんな穢れた私を許してくれるなら」
髪をかき混ぜる指は、手荒かったが、
セイだと、サーヤに知覚させてくれた。
「許すも何もない。馬鹿娘が! 」
「……っん」
舌が、口内を暴れる。サーヤは自ら舌を絡めてセイに応じた。吐息混じりの声が耳元でささやく。
「サーヤ、俺の方こそ悪かった」
「……助けに来てくれたじゃない」
苦しそうなセイに、まだ何か知らされていないことがあるのだろうかと思う。
(今はあなたを感じていたい)
「俺の部屋に行こう」
珍しく、サーヤに言葉で伝えてくれた。何も言わずに抱き上げて連れていく彼が。
抱えられて、肩にしがみつく。
横抱きにされて廊下を進む。
見つめたセイの瞳は、
サーヤより泣いているように見えた。
涙なんて流れていなくても。
「こんなに痛めつけられたのか」
セイは、赤くなって腫れ上がった手首に口づけた。煎じた薬草を塗り手巾を巻いた。
「心の傷トラウマになるようなことは、
二度としない」
「あなたになら傷つけられてもいいのよ」
縛られたって、目元を隠されたって嫌じゃない。同意の上での行いだからだ。
「そういうことを言うもんじゃない」
「嫌いな人なら、絶対嫌! 」
サーヤの激情に、セイが気圧けおされている。
「もしもの時は死ぬつもりだった……。穢れた私はあなたのそばで生きられないもの」
「俺より先に死ぬなど許すものか」
セイは、サーヤが命を絶っても、死を選べないだろう。
重くのしかかる責せきを
放り投げてしまえる人ではない。
王太子として、近い将来戴冠する身として、
彼は、心と体で理解している。
(国を背負って、立つ人だもの。帝王学をその身に叩き込まれている人だもの)
「帝王学を少し学んだわ。王があるから、民がいるのではない。民がいるから王であれるのだ。
決して民を踏みにじってはならない」
「……帝王学なんて知ったことか。
そんなものに、俺を当てはめるな」
「でも、あなたは自分の背負う物を
放り投げて逃げる人じゃないでしょう?」
「買い被(かぶ)ってくれてありがとう」
セイは、優雅に微笑んだ。
「買いかぶり?」
「まだ分からないのか。サーヤ……
お前がいなくなったら、生きてられないんだよ。もし、正妃として娶るのが
許されなかったら、ファシャールなんて
国捨てて逃げてやるつもりだったんだから」
「ええっ! 」
「そんな事にならないよう手筈てはずは整えたんだがな」
骨まで軋むくらい抱きしめられた。
「お前が死んだら、あいつを殺して
後を追う覚悟だった。信じたか? 」
「信じた……」
呆然とつぶやいた。
「俺はお前にイカれ狂ってるんだよ。
国王になる身としては、失格だな」
自嘲するセイに、サーヤはふふ、と笑った。
視界が暗転する。
彼の手が、留め具を外していく。
胸の鼓動が鳴り止まない。
(こんなにも、どきどき胸が疼くのは、
彼しかいない。私の愛したシーク・セイだけ)
夜闇の中、衣擦れの音が響く。
素肌同士が触れて、心臓の音が重なり合った。
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