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第12章『課せられた責務と、婚約式』

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セイは、腕の中で微睡むサーヤを抱き寄せた。胸の中に閉じ込めても、未だ不安がある。また、勝手に飛び立ってしまわないかと。大切なものは、いずれ自分のそばから消えてしまうという刷り込みが、深く胸を苛む。母が病により死んだのは、7つの頃だった。救えなかったと父(現国王)は、どんなに嘆いていたか大人になってから、知った。成人の義の折に、父と交わした会話を思い出す。



『王統を継ぐことはお前の義務だが、

腹が据わってからでいい。

そうだな……お前が26になる年まで、待とう。世間も知って分かるようになっているはずだ。玉座にのぼり最愛の人を正妃として、隣に迎えるのだよ 』

『父上は、貴族の姫君と愛し愛され結ばれましたね』

『結果的に、先に逝かせてしまったが……ね』

『姉上も私もあなたに愛されて育ちましたから、寂しくはなかったですよ』

自嘲する父に、セイは本心を告げた。

愛に飢えていたわけではない。



『普段は可愛げがないのに、さらっ、とそんなことを言うのだから……まぁ、いい。話の続きだが、正妃に迎えるのは、

王家に近い血筋の貴族か、母上(セイの祖母)の出身国であるウルメイダの姫がふさわしいが、お前が選んだ女性なら私は何も言わない。

政略結婚するくらいなら、王子の身分を捨てて、逃げるんだろう、お前は』

『……とっくに見透かされてますか』

『ハレムに、女性を迎える気はないのだね? 』

『のちのちの面倒は避けたいので。それに、

私は複数の女性に同時に同じだけの愛情

を注げるほど器用じゃない。毎晩違う女を召すなんて、吐き気がします』



そこまで、放蕩に耽った記憶はない。この先もないだろう。短く関係が終わることはあっても、複数の女と付き合うなどセイには考えられなかった。ハレムは、寵を競う女が溢れ地獄絵図になる。父は正妃である母の他に愛妾を迎えなかったので、噂ですら聞くことはなかったが、過去の歴史から、血なまぐさい事件はいくらも起きているのを学んだ。



『……私もねぇ、正妃か妾を迎えろとどんなに周りから言われたかしれないよ。王女が生まれて12年の後王太子が生まれて、まぁ、そういううるさい柵しがらみからは、逃れられたが、お前の母君がいなくかってからは私が寂しいだろうと、また周りが気をつかってね、逃げるのも一苦労だった』

この時は、父の一途さが、異常なものだと思っていたが、今のセイには分からなくもない。

『私のような王は異端なのだよ。寛大だから、お前にも自由な恋愛結婚を認めているしね』

『感謝しています』

『セイよりも若くて体が丈夫で、美しい姫ならいいねえ。ハレムを空けたままにするなら、跡継ぎはしっかり産んでもらわないと』

『いずれ、たくさんの孫をあなたにお見せしますよ』

『お前はハレムを賑やかにしてもいいんだよ。ただ、正妃には、ハレムを管理してもらわなければならなくなるがね』

『必要ありません。私は正妃との間に、子をもうけますから。王子も王女も溢れんばかりに』



「サーヤ」

「セイ……」

名を呼ぶと、目を開けた。夜明けの光が、瑠璃色の瞳を照らし出す。髪を撫でればくすぐったそうに笑った。

「贅沢がすぎてないかな」

「俺が与えたもの以外、自ら求めたりはしていないだろう。過ぎていたら、さすがに、

俺からも警告するが」

「……う、うん。私のせいであなたの

評判が悪くなるのは、自分が許せない。そんなことになったら死んだ方がマシだわ」



「褥の上で何度でもイかせてやるから、縁起でもないこと言うな。冗談じゃない」

「はい、もう言いません」

サーヤが贅沢三昧をしているわけではなかった。遠慮していたものを受け入れるようになっただけだ。以前はセイが、贈ったものをもったいないからと、櫃ひつにしまったままだった。2週間の不在の期間より、過ごした時間の方が長くなってようやく、彼女はセイに信頼を置くようになった。

首輪をつけたままでいたいとか、おかしな方向にいってしまったが、セイのものであることを自分でも感じていたいのだ。

サーヤは、健気だ。

いたいけで、いじめてしまいたくなる時も多々あるが、それは、彼女に責任がある。気づかないままで、いてくれてかまわないと、セイは腕の中の華奢な身体をかき抱いた。



午後のお茶の時間に、セイが向かいに座っている。サーヤは珍しい光景に、頬を赤らめた。

「セイ、お仕事お疲れさま」

「……サーヤ、お母さんに手紙を書いたか」

「午前中に書いたわ」

サーヤはとことこと、歩いて机の上から手紙をとってきた。



セイに見せると、彼は微笑ましそうに手紙とサーヤを交互に見た。

「セイ、お母さんを呼んでくれてありがとう。喜んでくれたらいいな」

「一人娘の婚約だろう。喜ばぬはずがない」

「……うふふ」

お茶と、焼き菓子が運ばれてくる。甘い香りが、鼻腔をくすぐった。



食べ終わった後、セイは窓辺に向かった。口笛を吹くと、1羽の鳥が現れた。彼は、鳥の脚に、手紙を結びつけると鳥をひと撫でする。

鳥が、宙高く舞い上がる。サーヤは 手元に落ちてきた白い羽を手のひらで包み込んだ。

「そろそろお手紙出したかったから、素敵な報告ができて嬉しい」

「そうか」



「この羽、宝物にするわ。私の手に落ちてきて幸せをくれた気分よ」

「お前は俺と幸せになるんだろうが」

「幸せを積み重ねて小さな幸せが大きくなるの」

いつまでも羽根を見つめていたサーヤは、

急に腕を捕まれ、広い腕の中に包み込まれた。背中に腕を回すと、ますます強く抱きしめられる。

「……っ、セイ? 」



「サーヤ、俺にはお前1人しかいない」

「私もよ」

「たくさん、子を産んでくれ……。

王子も王女も、お前との子なら愛らしい子供が生まれるはずだ。今から楽しみだな」

「気が早いわ」

「結婚式の時には、腹の中にいるのが望ましい」

どくん、心臓が跳ねた。



正妃がサーヤしかいなければ1人で彼の愛を独占することになる。嬉しいけれど、責任もあるのだと、強く感じた。

王の妻に望まれたなら、果たさなければ。

サーヤが後継となる王子を産まなければ、

私だけのセイでいることを望めない。

セイの立場なら、ハレムに妾妃を迎えることを拒みきることはできない。

このままずっと、愛されていたい。

婚約を前に、願い、誓った。サーヤは夢ばかり見ているわけではなかった。



1週間が過ぎ、婚約式の日を迎えた。朝から使用人達は忙しく立ち働いている。サーヤは忙しそうに働く彼らをありがたいと思い、

彼らのためにも今日を良きにしたいと感じていた。豪奢な衣装は、襟元が露出している。

「は、恥ずかしい」

「余計なものは、ありません。大丈夫です」

ぼ、ぼ、ぼっと頬が熱くなる。

口づけの痕のことだ。



「セイは、この一週間、

禁欲期間を過ごしてるの。

同じお部屋で眠ってないの」

シュレイも知っているはずだ。

「……それも、ある意味危険ですが」

「え、どうして? 」

「飢えた獣ケダモノと化したセイ様に骨の髄まで喰らいつくされますよ……明日ご無事だと良いのですが」

「たった1週間、一緒に眠ってないだけなのよ」

「サーヤ様、……いえ、もうよろしいです。

とにかく、今日の婚約式をつつがなく

終えられますことをお祈り申し上げます」

含みのある口調のシュレイに、サーヤは、過去のセイを思い出した。

ぞくり、背筋が震えた。



「あ、ありがとう。がんばるわ」

化粧係の手で瞼を赤く塗り口元に淡く色が落とされる。首筋におしろいをはたいたら、婚約式の化粧は終了だ。セイから、サーヤに贈ってくれた金環は、今朝早く届いたので、足首を飾った。

心がはやる。婚約式は、結婚式(婚姻の儀)の予行演習だ。約束された結婚に踏み出すのだ。



サーヤは、宮殿の外で籠に載せられた。ゆらゆら、と、揺れるが乗り心地は悪くない。

道に並んだ人々から歓声が巻き起こる。

婚約で、この歓声なら、結婚ならもっと賑々しいのだろうか。畏怖にも似た思いを抱く。

今日は王宮から祝いの品が、首都の人々に配られる。王太子の婚約。戴冠式と結婚式の前の盛大な催し(イベント)だ。



丘の上にある王宮までたどり着くと、サーヤ付きの女官であるシュレイに手を引かれ、

籠を降りた。使用人といえど夫になるシーク・セイと会うまで、他の異性と触れ合うことは許されない。籠を運んできてくれた男性の使用人に、握手してお礼を言いたかったサーヤだが、

我慢した。ありがとう、と礼を言うと彼は

頭を下げた。



導かれた王宮内は絢爛豪華だった。そわそわとする。自分の装飾品が、奏でる音さえ耳障りに聞こえた。緊張して胸が張り裂けそうだ。

先を案内してくれる王宮の使用人について歩いたその先に、愛する人……シーク・セイがいた。今日の日に相応しい姿をした美貌の王太子は、サーヤに向けて手を差し伸べた。



竦みかけた足を踏み出して進む。 一段上の場所から、国王が、こちらを見守っていた。

サーヤと、小さく呼ぶ声は、母のものだ。

「サーヤ、麗しい瑠璃色の乙女」

頬も心も熱くなる。セイは、サーヤの瞳を宝石にたとえて、瑠璃色……ラピスラズリの乙女と呼んでくれる。面映ゆくてもったいない形容詞だ。そんな美しい色をしているはずはない。

セイこそ綺麗なのに。琥珀トパーズの彼の瞳は、いつだって、きらめいて映る。あの輝きは、心ごと全部奪う。



「セイ……」

「よくここまで来た」

サーヤにだけ聞こえるようにささやかれた声に、どきり、とする。

「セイに会いたかった」

婚約式を取り仕切るのは、王家の家老。

まずは、指輪が贈られる。

指輪がセイの手に渡り、サーヤはおずおずと手を差し出した。薬指に嵌められていく指輪を見て溜息をもらした。サーヤの瞳と同じ青紫の石だ。



「サーヤ」

「はい? 」

ふいに名を呼ばれる。

セイが、影を重ねてくる。顔が近づいてきて、思わず身を引いたサーヤの細腰をがっちりと

掴んだセイは、にやり、と不敵に笑った。

(……えっ)

一瞬、触れた温もりが、解ける。

「結婚式を楽しみにしておけ」

素早く離れた唇に呆然としていたら、手を繋がれた。歩いていく。

国王陛下と目が合い、頭を下げた。



婚約式のあとは、王宮内で昼食会が催された。緊張感は消えないが、セイがそばにいてくれるから、心強かった。

「サーヤ姫、会いたかったよ」

「国王陛下!? 」

国王陛下直々に挨拶されて、困惑した。サーヤは、深く頭を下げる。

「かしこまらないでいいからね」

国王の柔らかな眼差しに、安堵を覚える。セイは、大臣に会いに行って、席を離れていた。シュレイは、隅に控えている。



少し、恐れていた。もしかしたら、平民の身分でセイに選ばれ、隣にいるサーヤをよく思っていないのではないかとずっとそんなふうに思っていたが、国王の眼差しはあたたかく、

胸のつかえが取れたと感じた。

「……私、姫ではないのです。セイも時々言ってくれますけど」



「セイの正妃になるんだから、姫だよ。

ほんのちょっぴり、君を正妃に迎えることは議論したけど、セイの想いに根負けしたね。

私は最初から、彼の愛する女性なら、

認めていたけれど、今日会ってますます

君を気に入ったよ」

「ありがとうございます、陛下」

「結婚したら、お父様って呼んでね」

「はい! 」

サーヤは、国王がその場を去ると、母の元に向かった。セイがそこにいるのである。



「……今日はお招きいただきありがとうございます」

「あなたは、サーヤの母君だ。俺にとっても、義理の母になるのだから、この場にいなければならなかったんですよ」

サーヤはくすっ、と笑って隣に寄り添う。母は、普段とは違った装いをしていて、

若々しかった。



「恐れ多いですが、この上ない喜びです」

「お母さん、今日は来てくれてありがとう」

「サーヤ、立派になって。とっても綺麗よ」

「あ、ありがとう」

照れ笑いをしてしまう。母に言われると

こそばゆい気がした。

「サーヤを正妃として迎えられることを誇りに思います」



セイが、微かに頭を下げたのに驚く。母に経緯を払ってくれていることに、目元が潤んだ。

「約束を守って下さりありがとうございます」

「結婚式まで日はありますが、

これからも、大事に日々を過ごします。大切なサーヤと共に」

サーヤは照れ臭すぎて悶絶した。

母の元から席に戻る。



王宮執事により、お茶が配られる。

甘くてかぐわしいお茶だ。サーヤはセイと共に

お茶を楽しんだ。

「美味しい」

「茶はいいが、酒は飲まない方がいいな。あまりに可愛らしくて、危険だから」

「一口だけでも? 」

「俺と二人きりの時だけなら、特別に許可してやる」

「……わかったわ」

昼食会を終えて、招かれた招待客も散り散りに帰っていく。セイとサーヤはそれを見送って、国王陛下に挨拶に、向かった。



「……戴冠式と結婚式を楽しみにしているよ。息災で過ごしなさい」

「……ああ」

セイは、サーヤの手を引いて、ずいずいと王宮の外に向かう。サーヤは振り返って頭を下げた。父親に対し、あまりにも無愛想だった。国王に対しての態度としてはありえないどころか、完全に不敬そのもの。

サーヤははらはらとしていたが、セイの白馬に載せられた瞬間、彼の舌打ちを聞いた。



「……何か粗相した? ごめんなさい」

「サーヤ、お前は何も悪くない」

「でも、さっきから、機嫌悪いみたい」

「サーヤ、結婚式をつつがなく終えるまで、

宮殿の者以外の誰にも、気を許してはならない。これは、大切なお前への注意だ」

「……国王陛下は、反対していなかったって」

「……他は分からん。お前の身を守るために俺は全力をつくす。3ヶ月を無事に乗り切らなければ」



夕食の席で、セイは普段通りだった。

サーヤは、彼の言葉がぐるぐると回り、

何度となく、食事の手が止まった。

セイが、無理矢理、サーヤの口元に食べ物を運ぶ。ごくりと飲み込むと、セイが、ほっとしたような表情を見せた。

「……すまない」



「もっと偉そうにしていて。私の王子様」

「……ふむ。わかった」

サーヤは張り詰めていた気が緩まないよう気をつけた。
結婚式の日取りが、決まったからと、浮かれてはならなかった。

「デザートも食べる」

小皿に切り分けられた果物(フルーツ)は、

甘酸っぱかった。



サーヤは、セイが、一緒に湯に浸かりたいと甘えた風情で言うので、胸がきゅんとした。

セイと共にいたら、辛い気持ちも半分になる。

湯殿で、セイが、とろんとした眼差しをサーヤに向ける。



「俺の身体を洗って、香油を塗ってくれ」

「わかったわ」

そんなことしたことなかったが、シュレイがしてくれたのを思い出せばできるだろう。

(疲れているのだから、癒してあげなければ)

力を入れすぎないように気をつけて、ごしごしと背中をこする。サーヤは自らの乳房も押しつけていることを意識せずセイに尽くし続けた。

(布を巻いているので、平気よね)



敷布の上に横たわったセイに、香油を塗りつける。彼の背中には、布越しに豊かな乳房が触れている。

「ありがとう、今度はお前の番だな」

「え、そんな、悪いからいいわ! 自分でする」

「お前がしてくれたから礼をしたいんだよ」



「いやぁ……っ」

「洗ってやってるだけだろうが」

「何でそんな、やらしい手つきなの? 」

「そう思うお前がやらしいんだ」

 サーヤの反応を楽しむみたいに、セイの手は動く。強弱をつけて、乳房に触れては、形を変えた。
 洗い流されて香油を塗られる頃には、息が上がっていた。

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