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第7章『暴君シークの甘い罠』

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セイは、腕の中に温もりがないことに気づいて飛び起きた。先程まで抱いていた柔肌が、ない。窓が開けっ放しになっており、夜風が吹きつけていた。

(やられた……あの女! )

セイは、置き去りにするのは慣れていたが、自分が取り残されるのは初めてで、にわかに怒りがこみ上げていた。そして、己の所業に、恐れ怯え、鳥籠の鳥が、逃げた事実に呆然とする。

2週間の別離は心も体も乾ききっていたのだ。出迎えに現れたサーヤの着飾った姿に、理性が

吹き飛んで、つい、夢中で抱き殺した。甘く抱いてやるつもりが、気の強い眼差しを向けて、逆らう生意気さに、嗜虐心が煽られ犯し尽くしたといっても過言ではない。



あそこまで、虐げるつもりはなかった。無垢で無邪気で、強気な女を泣かせるのは、

存外好みらしいと気づかせてくれたのは、サーヤなのだが。

(俺を駆り立てたのは、お前だろうが)

心の中で罵りつつ、朝が来るまで眠りに身を任せた。朝食を食べ終えたあと、女官に命じた。

「シュレイを呼べ」

「かしこまりました」

数分も経たずに現れたシュレイは、セイの激昂した姿に、驚愕した様子だった。

「……無粋なことを聞かなくても分かっているな? 」

「はい」

「サーヤは、この窓から逃げた。さながら、小鳥が飛び立つように、鮮やかに俺の檻の中から」

「……セイ様、サーヤ様に無体をしいたのではありませんか」



気心が知れた生意気な女官は、不躾に聞いてくる。彼女の目線は、明らかに主たるセイを責めていた。

「妻にしようとしている女だ。何をしようとかまわないだろうが」

「……お考えを改められた方がいいのかもしれませんよ」

セイは、テーブルを拳で叩いた。

「ご忠告痛み入るよ、シュレイ。忠実な女官。子供の頃から俺に仕え、母のように、姉のように、そばにいた。だから、俺のことはよく

分かっているだろう? 」



「よく存じ上げていますよ。ええ……王太子殿下」

「この宮殿の警備はそんなに手薄だったのか」

「……夜は警備の者も休んでおりますし、

それに警備というのは、不届きな輩が宮殿内に侵入するのを防ぐためにいるのであり……」

「お前の言うことは分かっている!

サーヤづきのお前が、何故気づかなかったと言っている。部屋から門までは距離があるはずだが」

「……サーヤ様は、夜はしっかり休むよう言ってくださいましたし、私の仕事は朝から、

夜の入浴のお手伝いまでです」



悪びれないシュレイに、苦々しい思いになるセイだったが、自分の失態が招いたことの八つ当たりをしているだけに過ぎない。そう、外側からも鍵がかかれば、よかった。

「シュレイ、俺が女に本気になどなったことがないのは知っているな」

「堂々と仰られるのはさすがですね」

「一目で、俺を虜にして屈服させたんだよ。先に罠にはめたのはあいつだ」

「……だから逆に屈服させてやろうと思われたわけですね」

セイは、窓辺に立ち、煙管キセルをくわえた。紫煙を吐き出しながら、ぼやく。

「胸くそ悪い」



「セイ様、サーヤ様は、あなたがお優しい姿を見せられている時は、本当に嬉しそうでしたよ。愛されていると、感じられたんでしょう」

「……あ、ああ」

シュレイの言葉にうわの空のセイは、過去を思い浮かべる。それは、2週間前のことだ。サーヤを独りにし宮殿を空ける直前。

「セイ様は、王宮であの方をご正妃にするために、並々ならぬ努力をされておられた。

でも、無理して王宮に留まらずとも、

夜には帰ってきてあの方を愛でることもできたはず」



シュレイの言葉は、胸の中に風穴を開けた。

「2週間も離れられたのが、よくなかったでしょうね。セイ様は暴虐の限りを尽くされ、

サーヤ様は、傷ついた。欲がたまるとこれだからいけないわ」

「貴様……、言葉が過ぎるぞ」

「着飾られたサーヤ様の艶やかさに、抑えられなかったのも分かります。でも、2週間もいなかったから、欲求不満になったのでしょう。 ひとつのことに夢中になると周りが見えなくなるのは、為政者になる者として問題かと」

「……シュレイ、今回のことは俺に非があるのだろう。だが、性分はなかなか変えられそうもない」



「……でしょうね。ちゃんと謝ってお優しく愛を伝えられたら、サーヤ様もお許しになりますよ」

何故、この俺が許しを請わねばならない。

極度に高い矜恃は、セイが、王族として生まれ、傅かしずかれることを当たり前として、

育ち、生きてきたから培われたものだが、

彼のマイナスな部分でもあった。

「……欲求不満だけではなく、精神的負荷もあったんでしょうね。王宮は窮屈でしたでしょう? 離宮で悠々自適にお暮らしだったセイ様だからこそ堪えたはず」

「……あ、あ」



「素直におなりになって、早く連れ戻されることですね。サーヤ様はきっと、あなたをお待ちですよ」

「逃げたくせにか」

「連れ戻してくれるほど、強く想われていたら、どんなにか幸せだろうかと、彼女は考えているはずです」

セイは、呻いた。サーヤはセイのいない間に

ずいぶんと、シュレイと親しくなり、心を許していたようだ。そこまで気持ちを慮れるとは

、できた女官だ。



「あの方は、18歳ですよ。結婚ができる年齢だとしても、繊細で多感な少女なのです。

大人のあなたが、弄んで、苦しめてどうするんですか」

「……シュレイには感謝しなければならないな。色々愚かな俺に気づかせてくれたから」

セイは、シュレイを睥睨した。紫煙を窓の外に逃がし、もう一度彼女を見やる。

「……湯殿で、あの方が出されている声は、

愛されているとは思えないものでしたよ……

セイ様には違いが分かるのではないですか」

「張りついていやがったのか」

「サーヤ様づきの女官としての責任です」



セイは、色々感じるものがあったが、逃がした自分が許せなかったし、逃げたサーヤにも、

屈辱を味わされた。これは、許し難いことだ。

主に、堂々と意見できる女官は、貴重で他にいないだろう。だが、ここまで言われなくても、

すべて、理解していたのだ。癪に触ったセイは、シュレイに言い放った。

「お前はサーヤの女官である前に、俺に仕える忠実な下僕しもべだったな? 」

「もちろんです」

「では、聞かせてほしい。サーヤが逃げたことに対して。手間をかけさせるとは思わなかったか? 」



「……それは、ええ、もう果てしなく。

せっかくお世話させて頂いていたのに、

急にお姿を消されて、私の心も傷つきました」

セイは、ふっ、と微笑んだ。

「俺に堂々と口が聞ける程のお前だ。

あいつが、帰って来たら、存分に世話をしてやるんだぞ。今度こそ愚かなふるまいが、できないよう、しつけろ。その意味が、分からないシュレイではないだろう? 」

セイは、うっすらと微笑んだシュレイを見て、

彼女が、命めいを違たがいなく、受け止めたのを知った。



帰り着いた小鳥をどう可愛がろうか、

思案にくれた。追っ手をかけてでも取り戻さねばならないが、それをしたらまた同じことを繰り返すだろう、あの生意気なサーヤは。

セイは、頃合いを測っていた。

もう二度と、この腕から飛び立つことは、許さない。誠意というものを示し、心ごと取り戻さねばならない。

見つけた瞬間に、本能が疼いて、触れてしまうのは、避けられないだろう。煙管キセルの火を消した。消せない劣情を植えつけた女をこの腕に、もう一度……。

セイは、溜まった欲を自らの手で散らした。





サーヤは、湯殿で世話をされたあと部屋までシュレイに送られた。話を聞かせてほしいと、

懇願したら、うっすらと微笑んで教えてくれた真実。 湯殿で、主であるセイを説教したと聞いて、詳しく知りたくなったのだ。

サーヤも、彼女を怒らせていたようだが。

(セイより恐ろしいのはこの人だ)

「シュレイ、もう1度言うわ。ごめんなさい」

「サーヤ様は、お素直ですよね。どっかの誰かさんは、面倒くさい人ですが」



「で、でも、私のせいでセイに、罰を受けたとかそういうのはなくてよかった」

サーヤは、にこっと微笑んだが、シュレイは、口元にほのかな微笑をたたえるのみ。

「……ねえ、サーヤ様、決して二度とここから、いなくなったりなさいませんように。

セイ様だけではなく、私や他の使用人達も、

そう思っているのですからね」



「は……はい」

「度を過ぎて、いじめられない限り、

あなたは、あの方に逆らってはいけません」

サーヤには、その度が、どのくらいか分からなかった。こく、こくと頷く。

「君主になるべくしてお生まれになった

あの方に選ばれた幸運を噛みしめなさい。

国王の正妃に望まれたのですよ」

シュレイは、サーヤの耳元で言い聞かせるように告げて部屋を去った。



寝台ベッドに横たわっていると、キィ、と扉が開く音がした。ぎくりと身体が強ばる。夜に部屋を訪れる存在など一人しかいない。サーヤは、シーツの横に突かれた腕に、びくっとした。なんて、素早い行動なのだろうか。気配もなく近づくなんて。

夜闇の中、何も見えない。寝台に、重みがかかったのを感じ、その時が訪れたのを知る。



「……セイ……っ」

覆いかぶさる影。合わせられた唇からは、くちゅ、くちゅと音がした。

「お前からも、絡めろよ」

「……んっ」

おずおずと、差し出した舌にセイの舌がもつれて絡まる。じゅ、と吸われた口蓋。首筋を滴る唾液。キスの合間にこぼれる吐息。

「お前が味わった2週間も、苦痛だったろうが、俺もたった2日会えないだけでおかしくなりそうだった」



「……セイ」

「お互い離れるとろくなことにならないな」

「寂しかった? 」

「というより、腹が立ったかな」

緩慢な動作で、夜着のボタンが外されていく。

夜闇の中、肌を直接見られないことに、安堵を覚える。セイは、夜目が効くのか、

見えなくても感覚でわかるようだ。

サーヤの身体をすべて知り尽くしていると、言われているようで、憎らしい。

「お前、俺を睨んでいるだろう? 」

「……見えないでしょ」

「ここ、目尻がつり上がっている」



長い指が目元に触れる。なんでそこまで分かるのか。王族は魔物なのだろうか。

瞼にキスを落とされて、胸が弾む音を聞いた。

「ふうん、なるほどね」

「からかったの? 」

「どんな反応をするだろうと確かめただけだ」

「……っあ、や、いきなりやめ……」

ふくらみの先を指の腹が擦る。骨ばった指の感触が伝わってきて背筋を震わせた。

転がされたかと思えば、強弱をつけてこねられる。もどかしい疼きが、奥底に溜まっていく。

「……どうしてほしい?」

「あっ……っ」



固くなったそこに触れていた指が離れる。奇妙な間が訪れる。セイが、言葉でいたぶる。

きっと、楽しんでいるのだと感じる。

「集中しろよ 」

相変わらず傲慢な口調のセイに、サーヤは諦念を覚えかけていた。

「……言えば、楽になれるぞ」

頂きに息を吹きかけられた。甘いささやきが、身体に響く。サーヤは唇をわななかせた。

「強情だな」

羽が触れるような仕草でふくらみを撫でられて、もどかしくなる。妙な声も出ていたかもしれない。



「身体は疼いてたまらないだろう? 」

凶暴な熱が、腹部にあたっている。サーヤは首を横に振った。涙が頬を伝う。

「……私の乳房を吸ってください、唇に含んで可愛がってください……だろ? 」

長い指が、胸の谷間を行き交う。刺激を欲して焦れる。言いたくない。

「……っ」

「俺はお前を責め苛んだりしない。可愛がってやりたくて仕方がないんだよ」

セイの声は、欲情に濡れていた。

サーヤは、口を開いた。

「私の乳房を吸って、唇で可愛がってください」

望みを言わないとこの先を与えてもらえないと思ったら、口に出ていた。見えていなくても、セイが口角をゆるく吊り上げたのがわかる。

「はっ……っん……ふぁっ」



左のふくらみは、彼の手のひらで形を変え、右のふくらみは、唇に含まれた。ちゅ、と、いう音の後、激しく頂きを吸われる。口内に含まれ、舌先でつつかれると、きゅん、と胎内ナカが、疼いて、収縮した。大きな手が、秘部に伸び、確かめて、くっ、と邪よこしまに笑った。今度は声に出してはっきりと。



「お前、イくの早すぎ……こんなに濡れて俺を誘って」

つ、と人差し指がそこを撫でる。

「や、違う」

「そうか、今すぐ俺を咥え込みたくて、

口を開いてるぞ、ここは」

舌が、敏感な蕾に触れ、濡れた場所を舐める。執拗に蜜を啜られてサーヤは落ちた。

頤おとがいを反らして、爪先を丸めた。身体は弛緩しても、意識は、飛ばなかった。セイの熱い声と指、唇は、サーヤを変えるようだった。



「はぁ……」

肩で息を整える。ぎしり、と寝台が鳴った。

覆いかぶさる体躯は、とても熱かった。

「2日前の仕切り直しのつもりだったが、

俺も呆気なく持っていかれそうだ」

ず、と身を沈めてきたセイに、サーヤの全身が震えた。甘く高い声が漏れる。

拒めない。細胞が、求めている。

度が過ぎて、いじめられない限り、逆らってはいけない。言い聞かせられた言葉が、脳裏にこびりついて、ぐるぐると回る。



無理矢理ではない。逆らえないながら、サーヤは自分の意思で、セイに抱かれている。

最奥まで届いた楔から、震えが伝わる。

「……一晩中、掻き回して、吐き出して、

俺のものだと、身体に教えこんでやる」

「んん……う」

ぎゅ、っと頂きを指と指の間に挟まれ、ひねられる。舌でしゃぶられたら、声が我慢できなくなって、淫らに乱れるしかない。

「……セイのありったけの想いがほしい」

「どこで、そんなおねだり覚えてきた? 」

「ん……っあ……」



先端でつつかれた奥が鳴いた。セイの剛直を締め上げては、絡め取ろうとする。

それをかわすように、何度も先で突つつくのを繰り返された。濃厚なキスで、声を塞がれても、

合間合間にこぼれる吐息は、隠せなかった。セイから、聞こえる荒い息と唸り声を聞くだけで、サーヤは、気をやりそうになる。

「惚れられたら、終わりって本気で言ったの? 」

「あの言葉は、撤回する気はない。行為はともかくな」



サーヤと2日ぶりに会った時セイは反省と後悔していると、言った。その言葉を信じてみる気持ちになったのは、彼が必死の形相をしていたからだ。決して失えないものを取り戻したいという、強い想いにゆり動かされたといってもいい。

「ん……」

吐息が、答えになればいい。

「もっと、淫らな声と言葉をきかせろよ……」

「……奥まで、ほしい」

「従順な姿も、いい」



セイは、難なくサーヤの膝を抱えて、ぐ、と腰を押し込んだ。甲高い声が、迸る。

シーツを掴む。意識が霞む。

浅い場所を突かれると蕾に先端が触れて、

びくん、と背中が跳ねた。揺れるふくらみが、

セイの掌中に収められる。丸くこねられた。

首筋から、鎖骨へと唇が落ちる。舌を這わせ、

きつく吸い上げた。

その艶かしい音は、所有の印を刻んだのだ。

「くれてやるよ、欲しいんだろ」

吐息で掠れた声の甘さ。こくこく、と頷いた。

胎内ナカに打ちつけられる。肌がぶつかって、どくどく、と注がれる熱の証。

「っ、やぁっ」

セイが、達する姿も見ないまま、意識が飛んだ。ぬるり、と出ていく感触はなかったけれど。



「少しは休ませてやるか」

セイの不穏な独り言は、眠りに落ちたサーヤには届かない。



この夜はまだ始まったばかり。
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