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第二章

21、命の花(2)

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 「まさか、とんぼ帰りじゃないですよね」

 「そうだな……」

  クライヴは顎をしゃくる。思案しているようだ。

 『命の花が、咲いているかもしれんな』

  ケルベロスは、ぽつりと漏らす。

  ルシアは当然ながら聞き逃さず、興味津々に耳を傾けている。

 「お前もたまには良い情報をくれるな」

 『貴様が喜ぶネタをくれてやるのは面白くないが、ルシアが喜ぶのなら我も嬉しい』

 「ケルベロスさん、クライヴとも仲良くしなきゃ駄目ですよ。クライヴも!」

 『くく。ルシアといると退屈しないな』

  内容自体は聞き流されていることにルシアは気づかぬまま微笑む。

  想像するだけで気味が悪いと、ケルベロスもそしてクライヴも感じていた。

 「まあ、行ってみるまで咲いているかは分からないが、行くだけの価値はあるだろう。

  ルシア、行くか」

  ぶんぶんとルシアは縦に首を振る。

 『場所は分かるのか……迷ったら困ることになるぞ。

  貴様のその便利な瞬間転移は一度行った場所しか使えないだろう』

 クライヴは、どこか苦々しい表情をしていた。

  その様子に、ケルベロスは頷く。

 『ふむ。なら何も言う事はないか」

  ルシアは、一人蚊帳の外にいる気分になったが、ケルベロスが首を横に振り

 『気にしない方がいい』

  と宥めてくれたのでほっと表情を和らげた。

 「行くぞ」

  ルシアは、自らクライヴに身を寄せた。

  腰を抱かれる引力に体を預けて、瞳を閉じる。

  一瞬の景色の移り変わりの後、緑色に輝く湖に到着した。

  湖畔には花々が咲き乱れている。

  行くだけの価値はあると言ったクライヴの言葉を理解したルシアである。 

 「綺麗」

 「命の花を探そうか」

 「どれも同じ色で違いがないんですけど」

 「いや、よく探せば一つだけ色の濃い花が咲いているはずだ」

 「一つだけ?」

 「一輪だけだ。残念だが見つけても取るなよ」

 「分かりました」

  こうして命の花探しが始まった。

  一面が花畑なので踏み荒らしてしまうのは否めない。

  咲いている花は取ってもまたすぐに咲くという事なので

  取って確かめることにした。

 「持って帰っていいですよね?」

 「好きにしろ」

  折角取るのだからと思ったらしいルシアにクライヴは興味なさ気に応じた。

  クライヴにとって目的の物以外はどうでもよかった。

  クライヴが投げ捨てる花をルシアが拾って胸に抱える。

 「さすがに全部は持って帰れませんね。籠でも持ってくればよかったわ」

 既に花束状態で抱えきれなくなっていた。

  仕方なく、抜いた花を元に戻す。

  面倒な作業も苦にならないのだろうルシアにクライヴはほとほと感心した。

  やはり幻の花というだけあって、命の花は中々見つからない。

  咲いていないのかもしれない。

  機会を見てもう一度来ようと思い始めていたクライヴの瞳に

  一際目立つ黄色い花が目に止まった。

  同じ色彩の花が並ぶ中、その花は色が濃く鮮やかで

  自己を主張しているように見えた。

 「ルシア!」

  後ろを振り返ったクライヴに突然、名を叫ばれ、ルシアはびくんと身を振るわせた。

 「命の花が見つかったぞ」

 「え、本当ですか」

  ルシアがクライヴの後ろから覗きこむ。

 「花びらの中央から、雫が落ちてますね」

  他の花は濡れていないのに、一輪だけ雫をこぼしている。

  まるで泣いているかのよう。

 「涙の雫みたい」

  きらりと落ちてくる雫をクライヴが手の平に掬って口に含んだ。

  雫がなくなってしまい、ルシアは、ずるいと叫ぼうとした。

 「んんっ」

  唇がふさがれ何かが流し込まれる。

  熱くて眩暈がするのは、何故だろう。

  舌を絡められ、自然と反応を返す。

 「ぷはあ」

  執拗に蹂躙する唇を離そうとルシアは少し強くクライヴの体を押し返す。

 「苦しいじゃないですか」

  聞き流してクライヴは、命の花を見つめた。

 「あっけないものだな」

  雫を失った花は、色も薄れ他の花とまったく見分けがつかなくなっていた。

 「い、いいんですか。怒られるんじゃありません?」

  深くは考えてないのだろう。

 「誰にも何も言われないさ。これは俺たちの為に咲いた花なんだから」

  意味深な言葉と深い笑みにルシアは魅了された。

  さらりと髪を梳かれてうっとりと陶酔する。

 「命の花の雫を飲んだ二人は、新たな絆の証を授かる」

 「新たな絆の証」

 ルシアは、反芻する。

  言葉を確かめるように。

  気がつけば頭には花が一輪飾られていた。

  金髪に映える白い花だ。

  ルシアは顔を上げると、眩しさに瞳が焼かれる気がした。

  今の気持ちと、この景色とクライヴといる時間が優しくて。

  それとない言葉はこの間から聞いているけれど、今回は特別な感じを覚えた。

  抱き寄せられた体が温かい。

  クライヴとルシアの温もりが合わさって一つになる。

  肩を押さえられ、重なる唇。

  彩る景色がとても美しかった。



  二ヶ月が過ぎた。

  思えば二人が出会ってから八ヶ月が過ぎている。

  色々なことがあった。

  ルシアはクライヴの隣で色々なものを見て感じて少しずつ大人になった。

  見つめ合って、確かめ合った日々。

  時を越えて出逢った二人は軌跡を重ねた。 

  そうして二人はまた夜を迎えていた。

  飽くことなく繰り返されるキスの嵐。

  吐息が零れるたびに、唇に触れて。

  窓を叩く雨音さえ二人を邪魔できやしない。

 「ん……ふっ」

  急に離された唇。

  これから、甘く熱い夜がいつもなら始まるのに

  クライヴはすんなりと止めてしまった。

  ルシアの唇は開いたまま、キスを強請る。

  クライヴは、宥めるように唇を指先で押さえる。

 「これで我慢しろ」

  指を滑り込ませた。 

  ルシアは夢中でクライヴの指に口づける。

  歯を立てて噛むと彼が眉を顰める。

  酷く官能的な呻きを漏らすクライヴにルシアはぞくぞくとした。

  とても男性的で、妖艶な表情だ。

  ルシアが指先に噛み付いた途端、おとがいを反らせた。 

  クライヴはふっと笑う。

  ルシアを感じさせる為の演技だった。

  否、感じているのは確かだけれどこれくらいで達することはない。

  思惑通りルシアは、蕩けた表情になった。 

  クライヴ以外見えないと瞳が言っている。

 「クライヴ……っ」

  クライヴは、物欲しげに見つめるルシアをそっと身の内に抱え込む。

  潤んだ眼差しのルシアの額に口づけを落とす。

 「最近、体の具合がおかしいことはないか」

  クライヴが、柔らかく問いかける。  
 ルシアは、内心びくっとした。

  いつも美味しいと感じていた物が、美味しく感じられなくなくなっていたが、

  些細なことだと、言っていなかった。

  時折、食後に感じる吐き気も食べ物が合わなくなっているからだと誤魔化していた。

  ニヤリと意味深に笑うクライヴにルシアは頬を染めた。

 (鋭いクライヴには隠し事なんてできないのね)

それ以上何も言わずルシアを促す。

  あくまでルシアに言わせたい。言葉で聞きたいとクライヴは感じていた。

  内には奇妙な照れくささもあったのではあろうが。

  雨が激しさを増す。

  暗闇の中で銀髪と藍が、鮮やかに映し出されている。

 「食べ物が美味しくないんです。それに時々吐き気も。

  実際には何も吐かないんですけどね」

  あははと空笑いする。

 「すぐに医者に診てもらわなければな」

  やけに淡々と響いた言葉はそれでもいたわりに満ちていた。

 「はい」

  ルシアは、クライヴの手の平に自分の手の平を重ねた。

  その手の平を自分の頬に寄せて、クライヴは微笑んだ。





  街の診療所でルシアの表情は固かった。

  まるで彼女ではない錯覚を覚えるほどに緊張した様子だ。

  名を呼ばれてぎこちなく返事をしたルシアの肩をクライヴがぽんぽんと叩いて診察室へ送り出す。

  振り向いた瞬間の笑顔はようやく彼女らしさを取り戻したものだった。

 「ご懐妊でしょう」

  医師は、ルシアの体調などを詳しく聞いた後で確信した表情で言った。

 「え、ほ、本当ですか」

 「ええ」

  実はクライヴにも恥ずかしくて言ってなかったことがあった

  診察する上で医師には伝えなければいけない事柄だったのだが、

  それが、確信を持たせることとなった。

 「ありがとうございました」

  嬉しいような気もするが実感が沸かない。

  戸惑いが強いのだ。

 (いつかはと思っていたけれど、まさかこんなに早く……)

  外に出て来たルシアは、

 「赤ちゃんが、できたみたい」

  抑揚のない調子で口を開いた。

 「どうした。嬉しくないのか」

 「ううん。まだ実感が沸かなくて嬉しいのかよくわからないんです」

  意外な答えだった。

 「少しずつ実感が沸いてくるさ」

 「うん。クライヴは嬉しい?」

  逆に聞き返されてクライヴは面食らう。

  胸に溢れた熱い気持ちをどう表現すればいいのだろうか。

 「嬉しくないはずがない。お前と俺の子供ができたんだから」

  はっきりと聞こえた言葉にルシアが目を瞠る。

  手をさりげなく繋いでくれたクライヴに泣きそうになった。

 「……クライヴ」

  じんわりと瞳を覆う滴。

 (クライヴに言われたらまっすぐに喜べた。

  子供っぽく戸惑っていただけなのに彼が、腕を広げてくれて安心できたの)

 「よかった」

  乱暴に掻き混ぜられた髪。

  くしゃくしゃになった笑顔。

  二人は手を取り合い城へと帰還した。

  何ヵ月後かには、二人に新しい家族ができる。

  クライヴは部屋で、ルシアの腹部を撫でながら口元を緩ませた。

  

  

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