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第三十二話:継炎の太刀と、背に宿る火
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刀が完成したのは、夜明けの少し前だった。
工房の中は熱を吸い込んで、息をするのも少し重たい。
炉の火はもう静まりかけていたが、それでもどこか、まだ名残を惜しむように赤く光を落としていた。
静かだった。
打ち終えたばかりの刃が、金床の上で横たわっている。
漆黒の地に、深緑の繊細な光がうっすらと宿っていた。
炎の奥で震え、魔石に宿った思いが、鋼の芯に滲み込んでいった。
まるで誰かが、刃の奥でそっと呼吸しているかのようだった。
長すぎない刀身。重すぎず、軽すぎず。
実用性を優先した設計──だが、それだけでは説明できない“温度”があった。
ただの武器ではない。
誰かの祈りが形になった、“願いの刃”。
リノが工房に入ってきたのは、その直後だった。
火の匂いがまだ残る空気の中、彼は言葉もなく、その刀に視線を落とした。
やがて、そっと近づいて、鞘ごと手に取り、両の手でゆっくりと構える。
「……すごく、静かだな」
それは、褒め言葉だった。
ただ無骨に重みを主張する武器とは違う。
その刃は、誰かに何かを押しつけようとせず、
ただ黙って、背中を預けるような気配を放っていた。
リノは、ゆっくりと鞘を引いた。
シュッ、と小さな風音。
淡く光る刃が空気に触れ、わずかに震えた。
その瞬間、彼の手がぴたりと止まった。
「……あったかい」
手触りではない。鉄の温度でもない。
刃の奥から伝わってきた、“心の熱”だった。
リノの目が、ゆっくりと俺を見た。
「……これ、君が……」
「ああ」
「どこまで知って、どこまで、入れたの?」
「全部、は分からない。でも……“命を託そうとした気持ち”は、確かにあった。
それを、落としたくなかった」
リノは刀を一度鞘に戻し、
再び、静かに背中に納めた。
まるで、何かの儀式のようだった。
「君の武器って、時々、“言葉じゃない何か”を投げてくるよね」
「……そうか?」
「うん。これは、特にそうだ。
振るう前からわかる。“斬るための刃”だけど、どこか……背中を押してくれる感じがする。
攻めろ、じゃなくて──“守り抜け”って言われてるみたいだ」
朝日が、工房の隙間から差し込んできた。
窓のない壁の間に、小さな光が滲んで、炉の煤を柔らかく照らした。
「……名前、あるの?」
リノがぽつりと尋ねる。
俺はうなずき、短く答えた。
「“継炎の太刀”──けいえん、って読む」
リノはその音を繰り返すように、口の中で転がした。
「けいえん……継ぐ、炎の……太刀」
その響きが、言葉以上の何かを背負っていることを、彼は感じ取っていた。
「消えた火を、また誰かが継いでいく。
それが祈りだったなら、刃になっても、誰かを守る力になると思った」
「……継炎の太刀。……いい名前だ」
リノの声には、少しだけ震えがあった。
感情ではなく、重さを受け取った証のような。
「これ、ちゃんと返すよ。
“ただの武器”としてじゃなくて、
君が込めた願いを、使い手として返せるように」
「……ああ。頼む」
外では、鐘の音が鳴っていた。
いよいよ、《武具試し》本戦の開幕を告げる合図。
騒がしさが、街の中心へと集まりつつある。
だが、ここだけは、まだ火が消えていなかった。
主人公と使い手、二人だけの、小さな“火継ぎ”の場所だった。
リノが出口の方へ歩きかけたとき、ふと立ち止まり、振り返る。
「……この刀に、命を借りるよ。
でも、返すときは──“もう一人分”継いで返す」
「……それで、いい」
言葉はそれだけだった。
だが、その背中には、
“見送られた火”が、確かに宿っていた。
工房の中は熱を吸い込んで、息をするのも少し重たい。
炉の火はもう静まりかけていたが、それでもどこか、まだ名残を惜しむように赤く光を落としていた。
静かだった。
打ち終えたばかりの刃が、金床の上で横たわっている。
漆黒の地に、深緑の繊細な光がうっすらと宿っていた。
炎の奥で震え、魔石に宿った思いが、鋼の芯に滲み込んでいった。
まるで誰かが、刃の奥でそっと呼吸しているかのようだった。
長すぎない刀身。重すぎず、軽すぎず。
実用性を優先した設計──だが、それだけでは説明できない“温度”があった。
ただの武器ではない。
誰かの祈りが形になった、“願いの刃”。
リノが工房に入ってきたのは、その直後だった。
火の匂いがまだ残る空気の中、彼は言葉もなく、その刀に視線を落とした。
やがて、そっと近づいて、鞘ごと手に取り、両の手でゆっくりと構える。
「……すごく、静かだな」
それは、褒め言葉だった。
ただ無骨に重みを主張する武器とは違う。
その刃は、誰かに何かを押しつけようとせず、
ただ黙って、背中を預けるような気配を放っていた。
リノは、ゆっくりと鞘を引いた。
シュッ、と小さな風音。
淡く光る刃が空気に触れ、わずかに震えた。
その瞬間、彼の手がぴたりと止まった。
「……あったかい」
手触りではない。鉄の温度でもない。
刃の奥から伝わってきた、“心の熱”だった。
リノの目が、ゆっくりと俺を見た。
「……これ、君が……」
「ああ」
「どこまで知って、どこまで、入れたの?」
「全部、は分からない。でも……“命を託そうとした気持ち”は、確かにあった。
それを、落としたくなかった」
リノは刀を一度鞘に戻し、
再び、静かに背中に納めた。
まるで、何かの儀式のようだった。
「君の武器って、時々、“言葉じゃない何か”を投げてくるよね」
「……そうか?」
「うん。これは、特にそうだ。
振るう前からわかる。“斬るための刃”だけど、どこか……背中を押してくれる感じがする。
攻めろ、じゃなくて──“守り抜け”って言われてるみたいだ」
朝日が、工房の隙間から差し込んできた。
窓のない壁の間に、小さな光が滲んで、炉の煤を柔らかく照らした。
「……名前、あるの?」
リノがぽつりと尋ねる。
俺はうなずき、短く答えた。
「“継炎の太刀”──けいえん、って読む」
リノはその音を繰り返すように、口の中で転がした。
「けいえん……継ぐ、炎の……太刀」
その響きが、言葉以上の何かを背負っていることを、彼は感じ取っていた。
「消えた火を、また誰かが継いでいく。
それが祈りだったなら、刃になっても、誰かを守る力になると思った」
「……継炎の太刀。……いい名前だ」
リノの声には、少しだけ震えがあった。
感情ではなく、重さを受け取った証のような。
「これ、ちゃんと返すよ。
“ただの武器”としてじゃなくて、
君が込めた願いを、使い手として返せるように」
「……ああ。頼む」
外では、鐘の音が鳴っていた。
いよいよ、《武具試し》本戦の開幕を告げる合図。
騒がしさが、街の中心へと集まりつつある。
だが、ここだけは、まだ火が消えていなかった。
主人公と使い手、二人だけの、小さな“火継ぎ”の場所だった。
リノが出口の方へ歩きかけたとき、ふと立ち止まり、振り返る。
「……この刀に、命を借りるよ。
でも、返すときは──“もう一人分”継いで返す」
「……それで、いい」
言葉はそれだけだった。
だが、その背中には、
“見送られた火”が、確かに宿っていた。
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