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第二十九話:火の市の幕開け
しおりを挟む街の外れの坂道を登りきったとき、まず最初に感じたのは、鼻の奥を突くような熱気だった。
煤と鉄の匂い、そして焦げた油の残り香。それが、風に乗って押し寄せてくる。
眼下に広がっていたのは、まさに“火の街”だった。
《鉄環大市》。
年に一度、各地から腕利きの鍛冶師たちが集い、その技と誇りをぶつけ合う巨大な市。
建物は古びた石造りと仮設の木組みが入り混じり、通りには鍛冶炉がずらりと並んで煙を上げていた。
炎の音と鉄の打撃音、怒鳴り声と笑い声が混ざり合い、まるで街そのものが一つの巨大な工房のようだった。
リノは背筋を少し伸ばし、目を細めながら前を見据えていた。
「……相変わらずだな、ここの空気は」
「来たことあるのか?」
「一度だけ。でも、その時は見学だけ。参加者として来たのは初めてだよ。
……けど、なんかちょっと、火が入るね」
リノの横顔に宿る微かな興奮に、思わず笑みがこぼれる。
珍しく、彼のほうが前のめりだ。
人混みを抜け、俺たちは市の中心部へ向かった。
《武具試し》──それが、この市最大の目玉。
優勝者には莫大な賞金と、名声、そして──今回は“ある遺物の地図”が贈られるという。
俺にはまだ、それがどれほど大きな意味を持つか、分かっていなかった。
ただ、リノが“そこに賭けている”ことだけは、背中越しに伝わってきた。
受付の建物は、円形広場の一角に作られた石の仮設棟だった。
入り口にはすでに多くの参加者たちが並んでいて、その顔ぶれは驚くほど険しい。
鍛冶師たちは皆、年季の入った工具袋を腰に下げ、腕には火傷跡や古い傷。
どこか殺気すら帯びた空気に、周囲の温度が一段下がったような錯覚すら覚えた。
列に並ぶと、リノがふっと笑った。
「こういう空気、苦手?」
「……正直、あんまり好きじゃない」
「俺も。でも、君はここでちゃんと目立つよ。間違いなく」
「期待されすぎてないか?」
「いや、普通にしてれば、それだけで“浮く”から」
それって褒めてんのか──と返しかけたが、リノの横顔が真剣だったので、やめておいた。
受付では、二人一組の登録が求められる。
鍛冶師として、“ユルク=カナデ”
使用者として、“リノ”
記名の瞬間、リノがすこし胸を張るような仕草を見せたのが、妙に印象に残った。
登録を終えると、今度は運命の“工房抽選”へ。
主催者側が用意した十数の工房の中から、くじ引きで使用する場所が決まる。
工房によって設備の差があるため、鍛冶師たちは一喜一憂していた。
俺が引き当てたのは──第九工房。
案内されたのは、やや古びた石造りの建物だった。
炉は小さめだが、構造が素直で、空気の流れも悪くない。
壁の煤は厚く、金槌の音がまだ残響しているような、静かな熱があった。
俺は炉の縁に手を当てた。
ひんやりとしていたが、どこか奥底に、火の名残が眠っているようだった。
「……悪くない」
「当たりってこと?」
「ああ。必要なものは揃ってる」
その夜、簡素な宿舎を避け、工房の脇で焚き火を囲むことにした。
まだ周囲は静かで、遠くの鍛冶炉から時折金属音が響いてくる。
「なあ、リノ」
「ん?」
「弓以外って、どれくらい使えるんだ?」
リノは薪を崩しながら、少しだけ考えるように笑った。
「弓が一番長く使ってきたけどね。他のも、触ってはきてるよ。剣も、槍も、小刀も。
でも、極めたって言えるのは……弓だけかな。
近接戦は、いつも流されるままって感じだったし」
「でも、戦えないわけじゃないんだな」
「まあね。君がくれる武器なら、どんな形でも、戦い方に合わせて使うよ。
だから──君が作りたいと思った形で、やってくれたらいい」
それを聞いて、ふと浮かんだ武器の姿があった。
細く、鋭く、しなやかで、斬り込むたびに風を裂くような刃。
「……じゃあ、“刀”をベースにしてみようか」
「……刀?」
リノが首を傾げる。聞きなれない響きに、眉を上げた。
「初めて聞いたな、それ。どんな武器?」
「細身で斬撃に特化した形だ。刃渡りは長いけど、厚みは薄い。
片手でも使えるように工夫して、斬る瞬間に“前へ出る意志”が宿るような……」
「へぇ……なんか、その説明だけで、ちょっと好きかも」
「実は、昔自分のために試作したことがあってな。
でも今回は、それよりもっと“人のため”に作ってみたいと思ってる」
リノは静かにうなずいた。
「そっか……なら、その“想い”も、ちゃんと刃に込めて。
俺、ちゃんと受け取るから」
火がぱち、と小さく弾けた。
その音が、まるで“契約の合図”のように感じた。
──翌朝。
工房に、素材が運ばれてきた。
鋼材、木材、革、布、そして、複数の魔石。
どれも主催者が用意したもので、持ち込みは禁止。
この限られた素材の中で、最良の武器を作ることが求められていた。
俺は魔石の入った木箱の前に立ち、ひとつひとつ手に取る。
冷たく、静かな石たち。
けれど──まだ、どれも“何も語ってこない”。
“思い”が眠っている。
それが目を覚ますには、何かが必要だ。
それが何なのか、まだわからない。
でも──必ず、この中のどこかに“声”がある。
「よし、始めよう」
俺はそう呟いて、炉に火を入れた。
静かに、確かに。
工房の奥に眠っていた熱が、ゆっくりと目を覚ましていく。
こうして、《鉄環大市》──
俺たち二人の、試練の三日間が始まった。
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