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第1章

第6話 大年会

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 庭の隅まで行くと、白い鷹が止まる木があった。木の下には、二人の若い騎士と侍女が数名立っていた。

「ウェールス!あの二人はまだ子どもではないか」

「落ち着いて。十六と二十で、成人しています。あなたが訓練したのでしょう。それに周りの壁にも蜘蛛みたいに騎士がくっついているでしょう」

「そうだったか」

 プロクスが進むと、騎士と侍女は下がった。ルーナの木の下に、背中をこちらに向けた黒髪の子どもが座っていた。膝の上に本を置いているが、果たして読んでいるのかどうか。

「ライラ様」

 黒髪の子どもが、顔を上げる。その右目の瞳は、【夜】を顕わにしていた。その中にプロクスは映らず、茶色の左目に姿を映す。
 王と王妃には似てもにつかぬ容姿。その眼差しだけが力強い。
 十三歳の少女だが、髪を耳の下で切りそろえ、まるで男の子のようであった。服装もドレスではなく、動きやすく飾りのない服装を身につけている。

「よく戻った、プロクス」

 ライラは微笑んだ。その笑みに誘われるように、プロクスは彼女の横に座る。

「今は何の本を?」
「父上がくださった『妖精物語』を」
「それは良い。古代ルルフ語でお読みに?さすが私の生徒だ」
「でも、時々翻訳が難しいところがある」
「見てみましょうか」

 二人の和やかなやりとりを、騎士たちは微笑みながら見守る。この二人の授業は、大体が心地よい外で行なわれる。
 ウェールスは、楽しそうなライラの様子を見ながら、胸を痛める。王妃とライラ王女もこのような関係であったら、と。

「そうだ、ライラ。贈り物があります」
「なんだ?」

 熱心に文字を追っていたライラが、きょとんと顔を上げた。プロクスは白い小さな小箱を開けた。中には、銀細工の燕のブローチがある。ライラはそれを見て目を輝かせた。

「父上の誕生日祝いに、晩餐会が開かれるでしょう?その時に身につけるものを、と」
「ありがとう……ありがとう、プロクス」

 ライラは早速胸にブローチを付けた。

「燕だね。どうだ、似合うか?」

 ライラは立ち上がり、壁にいる侍女と騎士にそれを見せた。皆優しく笑い、頷く。

「よく似合っている、ライラ」

 プロクスは片膝をついてライラを見上げる。そして、彼女の手を取り口づけた。
 その姿を見、侍女たちは満足げに視線を交わした。
 騎士王である、プロクス=ハイキングが忠誠を誓うのは、王とその後継のみ。いくら妨害があろうと、騎士王がそうだと認めたならば、ライラの将来は安泰である。

「晩餐会には、お前も出るのだろうな?」
「お側におります」

 そう言うと、ライラは安心したように一息ついた。

「心強いぞ。お前を頼りにしている」
「はい、私は王女の忠実な下僕。あなたの剣、そして盾。忠誠を誓います」

 ライラは力強く頷いた。

 ――黒い鷹、ライラ王女。
 彼女が次代のサンクトランティッド帝国の宗主となる娘だった。



✧ ✧ ✧



 ライラと別れ、プロクスとウェールスは続いて大年会に向かった。

「バージニアとライラの仲は相変わらずのようだな」
「……王妃は、シエル王子ばかりを側に置かれます。それに、シエル王子にライラ王女を近づけさせません。王も気づいておられますが、王が王女を呼ぶと、王妃の機嫌を損ねて侍女に被害が」

 ウェールスは今日何度目かわからないため息をついた。

「彼女は美しいだろう、ウェールス?」
「はい、我が妻を抜きにすれば」
「正直者め。シュトレオン侯爵はその後王妃に接触したか?」
「監視させております」
「くれぐれも誘惑させるな。あの子にも困ったものだ。年々益々美しくなる。結婚してもなお、――王妃になっても、彼女に群がる虫共が多い」

 さらに、王は病気で政治の場にいない。もう少し彼女が賢くあれば、とは二人とも口にしなかった。王と結婚する前、彼女を巡り多くの騎士が決闘を行なった。選ばれず、自死した者までいたほどだ。

 そして、結果的に若き王太子妃に選ばれたのであった。シュトレオン侯爵は彼女の従兄に当たる。

「それで、先日お二人は言い争いを。どうやら、侯爵との噂を聞きつけたようで」

 プロクスは仮面の下で呻いた。

「ライラ様に、どうしてあのような言葉を吐けるのか。聞きたいですか」
「また言ったか」

 ――あの忌々しい女の生まれ変わり。

 黒髪の子が生まれて、バージニアはすぐに長女を遠ざけた。

 王にはかつて、黒髪の美しい恋人がいた。近衛騎士団に所属していた若い娘で、王の従姉だった。公国騎士団長として公国に降った後、妖魔との戦いで命を落としたのだ。

「血を分けた娘なのに」

 娘を溺愛するウェールスからすれば、王妃の行動は理解し難い。

「あの意思の強い目に、黒髪。あれはアトラス=ハイキングのものだ。恥じることはない」
「そうなんですね。流石お詳しい」
「たくさん肖像画が残っているからな」

 長い廊下の果て、見上げるほど大きな扉が開く。

 奥に向かって長い、口の字型に置かれた長机の前に座り談笑していた面々は、プロクスらの姿を認めると、一斉に立ち上がった。

 騎士王たるプロクスが現れたことで、その場は一瞬静まりかえった。 

 一番上座の、美しい青と白のステンドグラスがはめられた壁を背景に、プロクスは静かに椅子に腰掛けた。その右横には、近衛騎士団長のウェールスが座る。彼が今回の会議の主催であり進行役で、プロクスは相談役だった。

 右側の長机の上座には、白蹄騎士団長ジークバルトと、背後に副団長ルナール。ジークバルトの盟友であるルナールはまるで獣のように荒々しい見た目で、赤みを帯びた茶髪は乱れている。政務官のようなジークバルトとはまた雰囲気が違うが、彼も黒目で鋭い眼光をしていた。

 その隣の席には、帝都の東を守る青烏騎士団団長ツェルカと、背後に副団長アスファル。ツェルカは黒髪に灰色の瞳、落ち着いた女性で、アスファルは茶髪に明るい鳶色の目が印象的な男だ。

 その向かい、左側の長机には政務官・神官が座る。が、ぽつぽつと空席が見られた。

「ウェールス。神殿に連絡したよな?」
「もちろんです。神官長殿には一ヶ月前から通知を」

 プロクスは、神経質な神官長にしては珍しいと思い、首を傾げた。

 そうしてこそこそとしゃべる二人を静かに見るのが、四大侯爵家の筆頭・グラウクス家当主・セリウスだ。雪のような白とも金ともつかぬ髪をし、鈍い鋼の瞳をしている。彼のクセなのか、鼻の下の綺麗に整えられた三日月型の髭を時々ひねるように触っていた。
 彼は王家の世話係であり、歴代の宰相を輩出した名家である。常に眉間に皺を寄せた厳しい表情をしており、彼の笑ったところを見た者はほとんどいない。王に対する忠誠心は非常に厚い。現在、国王に代わり政権を率いているのは彼である。

 その隣は、同じく侯爵家であり、神官と共に儀礼を取り仕切るシュトレオン家が座る。王妃の実家であり、現在の当主は彼女の従兄のベリウスである。彼もまた神官であったが、自分の上司よりも先に座っていた。
 彼は将来、本殿の神官長になると噂されている。栗色の髪に青い目の非常に甘い顔立ちをしており、周囲をどこかおもしろがるような表情を浮かべていた。

 プロクスは、先日王妃が彼と密会していたと聞いた後だったので、彼にいろいろ思うところがあった。ベリウスは神官でありながら、女性の噂が絶えない人物だった。

 プロクスは、さらに視線を巡らす。

 下座の四席には公国騎士団長が座っている――はずだったが、一席だけ副団長が座っていた。

「グラナート公国騎士団副団長、クリードよ。団長はどうした?」

 議長であるウェールスが問う。

「申し訳ありません。団長は急病で、私が出席せよと命じられました」

 グラナートは広大な国であり、副団長は複数いる。クリードはまだ二十代だろう、この部屋の中では随分浮いていた。そして、背後に控えている騎士も若い。幹部会議では、団長の隣に副団長が付くのが慣わしである。

 グラナートには、プロクスの弟子のテルーがいる。

 グラナート公国騎士団長兼帝国西方将軍は現王侯の息子であり、テルーの様子を聞こうと思っていたプロクスは少しばかり残念だった。

 そんなプロクスを、軍幹部たちは密かに、かすめるように見ていた。彼らの多くは騎士王が現役だった頃の活躍を知ってはいたが、今やプロクスは古き時代の遺物という認識だ。

 農民の乗り物とされるロバに乗って城に来たこともあるプロクスは、物笑いの種だった。
 そして、最強の武器である雷蹄を持つというのも、眉唾ではないかと疑われている。

 この場にいる者で、その剣が振るわれるのを見たことがある者はいないのも、その噂に拍車を掛けていた。

「そういえば、氷壁前でバニャニャ食べたんだよね。美味しかったよ」
「あなたはまたそんなことを……変なものを食べちゃいけないってあれほど言ってますでしょうに」

 小さな声で騎士王と近衛騎士団長が話しているが、周りの者は耳聡い。こんな呆けた老人に敬意を払う近衛騎士団長は哀れだと思う者もいる。

 そして、皆は好奇心を持って騎士王・プロクスの左隣に来るだろう人物のことを思う。

「随分賑やかなことだ」

 響き渡った美声に、一瞬にして空間に緊張が走った。
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