禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

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実地訓練−治安維持活動:編入3日目

真価②

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「な、なんだ!?」

 地面が揺れるような、ズシリとした振動を感じた面々は、驚いたように周囲を見渡した。
 非常に重たいものが落ちてきたかの様な、正体不明の衝撃に、誰もが目を見合わる。

 そして……緩やかな笑みを浮かべた累を仰ぎ見て、口を閉ざした。

 ほどける筈のない拘束を解いた事。意味深すぎる言動からの、地面に響く揺れ。

 全員が、累への認識を誤っていたのだと、確信するしかなかったのだ。

「嘘だろ……まさか、本当に……?」
「いるわけない……こんな所に、そんな……っ」
「そもそも、結界を張ってるんだぞっ! 魔法を使えるはずがねぇんだっ!!」

 恐怖に顔を引きつらせた男が、累を突き飛ばして後方に距離を取った。
 そして素早く魔法を構成する印を組み、発露まであと一段階というところまで進めて……、

「……馬鹿な……」

 更に血の気の失せた顔で動きを止めた。
 魔法が構成されていく手応えを感じたのだろう。

 組成が可能だということは、つまり……。

「——火炎魔法ですか。圧縮して照射範囲を絞っている様ですが、室内で使ったら大惨事ですよ」
「…………っ!」

 累の淡々とした言葉に、男は息を飲んで体を震わせた。
 図星なのは、明白だった。

 魔法として組み上がる前の段階で、構成を精確に言い当てる、常識離れした累の言葉に、思考が停止したように動きを止めた男。

 もし、驚異的な検知力のアピールだけならば、これほどの隙は生まれなかっただろう。そこに至るまでに積み上げた、累の言動があったからこそ、男には恐ろしいほどの驚異に映り、容易に動くことができなくなったのだ。

 ——この時を、累は見逃さなかった。

 素早く堂本に合図を投げる。
 ……男が魔法を構成できるということは、彼らも同様なのだから。

 それはチラリとした一瞬だけの眼差しだったが、堂本は瞬時に動き出した。

『裂けろっ!』

 発動までの速度だけを求めた、最速の簡易魔法を放った堂本。それは、驚愕で無防備になっていた男の背後を完璧に捉え、一撃のうちに昏倒させた。
 そして素早く指示を叫ぶ。

「和久っ! ニイナっ!」

 堂本に言われるまでもなく、縛られた腕のままタックルで突っ込んだ和久は、略式呪文で腕の拘束を引き裂き、更に別の男を背負い投げた。
 追従するニイナも、構成した魔法で麻布を切断し、ついでとばかりに1人を巻き込んで打ち倒す。
 その間にも堂本は、襲いかかってくる2人を足技だけで戦闘不能にさせていた。

 一瞬で、部屋の中は完全な制圧状態になっていた。
 完璧すぎる形勢逆転だ。

 争闘がおさまった室内には、かすかに舞う埃と、堂本たち3人の深く息を吐く音だけが聞こえていた。

 歓喜に湧いても良さそうな状況、ではあるのだが、漂っていたのは戸惑いの空気だった。
 この契機を主導した、この場の主役を、さり気なく3人が伺っていた。のだが……、

「——うわ~、さすがですねぇ。上手くいって良かった良かった」

 のんびりとした感想が、この空気を打ち破った。

「…………は?」

 無言で手首の拘束を断ち切っていた堂本は、発言の主である累に怪訝そうな視線を向けた。そこには、異様なまでの落ち着きと迫力を兼ね備えた『見知らぬ人』ではなく、普段通りの緩さで話をする累がいた。

 倒れ臥す男たちを見渡しながら、3人へと歩み寄った累は、満足そうに笑顔を向ける。

「タイミングよく動いてくれて有難うございました。適当なハッタリも、上手く使えば効果的ですねぇ。しかもこんな綺麗に制圧してくれると、見応えバッチリで…………って、あれ、どうかしましたか?」

 呆気にとられた表情で累を見ていた3人は、あまりにも朗らかに話される予想外の真相に、次第に胡乱な表情になっていた。

 堂本は、混乱を抑えるように額に拳を当て、口を開く。

「……えーと。まてまて……さっきの発言は……」
「え……ああ、近衛魔法士云々ですか? そんなわけないじゃないですか。向こうが拘ってたみたいなんで、時間稼ぎにちょうど良いかと……。予想通り、みんな食いついてくれましたねー」

 あんなに効果的だとは思いませんでしたよ、と笑う累に、堂本の頰が引き攣る。

「……結界を簡単に壊せる云々は……」
「維持を担当していた者の魔力が、あとちょっとで枯渇するのが見えたんです。必要量を供給出来なくなった時に、破綻して崩壊するな、と。タイミングが良すぎて、効果抜群でしたねぇ」
「…………手首の拘束は……」
「片方を引っ張ったら解けるタイプの固結びでしたよ?」

 不器用さんだったんですかねぇ。と、あっさり言い放った累に、3人は、一拍を置いてから大げさなまでに脱力した。

「……うーそーだーろー……」
「……マジかよっ、ホント迫真すぎるだろ……!」
「……ぅわぁ……ホッとしたぁぁあ……」

 三者三様に安堵の吐息をつく姿に首を傾げた累。

「え、そんなに名演技だった?」
「~~こっちはお前が本当に近衛魔法士かと思って焦ったっつーの!! ハッタリかますなら前もって一言言っとけ!!」
「どこにそんな時間が……」
「なきゃ作れ!!」
「んな無茶な……」

 噛みつくような和久の言葉に、途方に暮れる累。
 3人がここまで動揺するとは思っていなかったので、普通に困る。

 ニイナなんて、安心したせいか、目元を赤く染めて胸元に縋り付いてきた。

「ほんっとうに、累くんは累くんだよね!?」
「ぇええ……何その哲学的な質問……」
「ほら、殴られて頭を強くぶつけたから……っ!」
「そういう意味!? アタマ大丈夫? ってこと!?」

 見当違いの杞憂だが、本人はいたって真剣に心配してくれているらしい。眉を下げて口を引き結んだニイナの頭を、ポンポンと撫でて、心配無用だと伝える。

 と、呆れたように見つめてくる堂本に気が付いた。

「…………?」
「……いや……冷静に考えりゃ、そんなわけねぇな、と思っただけだ。背後をとられて一撃でオトされるような奴が近衛師団にいたら、俺、泣くわ」
「そんな面と向かって言わなくても……」

 さらりと酷いことを言われた気がするんですけど。

「……が、お前の機転で助かったのは事実だ。そこは評価しよう」

 そう言って小さく笑った堂本は、累の背中を軽く叩いて横を通り過ぎた。
 そして扉の前で振り返った時には、冷静な師団員の顔になっていた。

「——さぁ、残りも片付けちまうぞ。まだ外にもいるだろうからな。……累」

 再び戦闘モードに切り替わった堂本が、鋭い視線を累に飛ばした。
 問われた意図を察した累は、特異な双眸で周囲を見渡し、魔力の痕跡を探る。

「魔法士は残り1人ですね。結界に魔力を注いでいた人物です。魔力が完全に枯渇して倒れているみたいなので、障害にはならないと思います。……でも——」
「魔力の無い協力者がどれだけいるかはわかんねーよ、って事だろ? それはどうにでもなる。……ココが見つかる前に、先手を打つぞ」

 そのまま淀みない口調で、和久とニイナに細かい指示を出す堂本。
 最後に累を、上から下まで確認すると、

「……累は……あー……お前戦力外だからな……。……最初の予定通り、そこの伸びてる奴らを、適当にまとめといてくれ」

 申し訳なさそうに指示する堂本に、軽い調子で承諾した累。もちろん、希望通りなのだから文句なんてあるはずがない。……普通の感覚では、不名誉極まりない屈辱的な采配なのだろうが、今の累にとっては、願ってもないことだった。

 すぐに部屋の外へと展開を始める3人を、笑顔で見送る。

 そして3人の後ろ姿が扉の向こうへと消えた途端——、

「…………っ……」

 緩い笑顔が消えた。

 何かに耐えるように眉間に力を入れた累は、力無く側の壁に身体を預けた。
 そして、そのままずるずると壁伝いにしゃがみ込んでしまった。

「……っ、まずかったかな……」

 視線の先には、累の腕を拘束していた麻布があった。

 片方を引っ張れば解けた、と主張したその布は……結び目が切断されていた。
 鋭利な刃物で切ったかのような切り口は、明らかに、引っ張って解いた後の状態ではない。

 確かに累は、魔力を使ったのだ。

「……はやく、この場所から離脱しないと……」
「——飢えてしまいますか?」

 聞こえたのは、愉悦混じりの少女の声だった。

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