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実地訓練−治安維持活動:編入3日目
不測の事態②
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「……くん……ぃくん……累くんっ……!」
どこか遠くから聞こえて来た声に、泥の中から意識が浮上した。
頭を撫でる、誰かの優しい手を感じて、ゆっくりと目を開ける。
「あっ、累くんっ! 気が付いた!?」
寝ぼけ眼で見上げた視界には、自分を見下ろしてホッと息を吐くニイナがいた。寝起きに、至近距離からの満面の笑みは、結構破壊力が高い。
「ぁれ……ニイナ……? ふぁーあ……なんか、よく寝た……?」
「よく寝た、じゃねーよ!! 寝すぎだボケ!」
我慢しきれず、欠伸をしながらぼんやりと口を開くと、すかさず鋭いツッコミが入った。こんな事を言うのは和久しかいないだろう……なんて考えて、そこで初めて、あれ、と思う。何で寝てるんだっけ……。
何度か瞬きをしながら周囲を見渡して、ようやく、ニイナの脚を枕にさせて貰っていたのだと気付いた。柔らかい太ももがクッションになって、意外ととても寝心地が良い。しかし、それにしては後頭部が痛いような……。
無意識に痛みの部分を押さえようと手を動かして、ギョッとした。
両手が、身体の前で縛られていたのだ。
手首を持ち上げると、丈夫そうな麻布でしっかり結ばれているのが見えた。簡単には解けそうもない。
なんでこんな事になってるんだっけ……と、混乱しながら上体を持ち上げれば、ニイナが優しく背中を支えてくれた。
軽く礼を言って視線を上げると、次に見えたのは、呆れ返った顔の堂本だった。
「お前……想像以上に図太いな。初めての実地訓練で、こんなに伸びてた奴は初めてだぜ」
「あれ、堂本さん、おはようございます」
「おはよう、じゃねーよ!」
何だか傷だらけになっている堂本に、とりあえず起床の挨拶をしてみると、和久ばりのノリツッコミが返ってきた。
「一発殴られただけで、どんだけ寝る気だよ!」
「あーなるほど。通りで後頭部が痛い……」
頭の痛みに合点がいって、縛られた手を何とか動かし、後頭部をさわさわと撫でる。と、ニイナが累の手に、自らの手を被せてきた。
「大丈夫かな? 念のためさっき勝手に触っちゃったんだけど、タンコブは無かったと思うんだ」
「うん、大丈夫だよ、ありがとう」
傷があったとしても、治ってただろうし……とは言わず、背後から覗き込むニイナに感謝する。
が、そこで視界に入った、同じように縛られたニイナの手に、頭の芯が急に冷えた。正確には、赤く腫れた手首に。
「ニイナ、それ……」
「あ、この痣? うん、さっき捕まった時、無理に抜け出そうとして、自分でやっちゃったの。全然痛く無いんだけど、回復魔法が使えないから、ちょっと目立っちゃうよね」
見苦しくてゴメンねーと眉を下げるニイナに、自身の置かれた状況がようやく理解できた。
白く無機質な室内。
高窓から採光しているものの、外は一切見えず、椅子などの家具も無い。ただ部屋の一辺には、まるで教会の祭壇を模したような空間があった。
隠れた教会、とでも言えそうな、さほど広くは無い室内にいるのは、累たち4人だけ……。
のほほんとしていた雰囲気を一瞬で捨て去り、冷静に周囲を確認する累。その空気を感じた堂本は、すかさず状況を説明した。
「今はあの集会所の中の一室だ。ご覧の通り、縛られてる上に魔法も使えない。……お手上げだな」
自嘲するように笑う堂本。見れば、堂本も和久も、生傷だらけで両手を縛られていた。魔法の構成を阻害する結界が張られている以上、回復魔法が使えないのだ。
「まさかあんな特殊な拠点設置型魔法を所持してたなんてな……。ホント、調査不足のマヌケな話だよ……お前たちには迷惑をかけるな」
「いや、堂本さんのせいじゃないっすよ。俺も全然戦力になれませんでした」
「私もですっ。まだまだ訓練が足りないって……凄く実感しています……」
「……え、あ、自分も……」
「「お前は反省しろ!!!」」
流れに乗ってみようと思ったのだが、ダメだったらしい。
小さくを手を挙げた瞬間に、堂本と和久から全く同じダメ出しが飛んできて、吹き出してしまった。
「笑ってる場合じゃねーぞ!? あんな分かりやすく近付いてきた敵に一発KOされるって、相当だからな!?」
「それは主観的な問題でしてー……」
「ニイナでさえ1人は倒したってことを、身に沁みて実感しろ! 魔法関連はすげぇ回避力あるんだから、少しはこっちにも回せよ」
「いや、あれは反射神経ではなく、フライングで見えてるからってだけで……」
呆れ果てた堂本からの、和久のコンボに、しどろもどろの返答をする累。
しかしまだ言い足りないらしい和久が、更に口を開く。
「お前、ほぼ無抵抗に近いからな!? 無抵抗って何だよっ!」
「心の中にはレジスタンスが……」
「しかもノビてるおかげで、お前1人だけ無傷だしよぉ!」
「でも後頭部が……って、それは敵さんに言ってよっ!」
起きた途端に後頭部は痛いし、凄い勢いでダメ出しされるし……いや、でもニイナの膝枕で起きれたのは貴重な体験だったかも。
「あはははっ、最後のは完全に和久の八つ当たりー」
「和久、捕まった後もボッコボコにされてたからなぁ……」
「口の中がまだ血の味するっす……」
不味そうな顔で大袈裟に溜息を吐く和久に、苦笑気味に慰める堂本とニイナ。
ひたすら指摘されまくりだった累は、この期に及んでも自分のペースを崩さず、しんみりした空気が好転したなぁ……と、見当はずれな感想を抱いていた。
とはいえ、
「これからどうするっすか?」
和久の静かな問いに、堂本への注目が集まった。彼の左胸には、師団員の証である、青い団章が輝いているのだから。
「そうだな、まずは……」
と、堂本が口を開いた時、
「——懲りもせずに、無駄な相談か?」
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