禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

文字の大きさ
上 下
52 / 62
実地訓練−治安維持活動:編入3日目

不測の事態①

しおりを挟む


「いいえ。もう、終わりました。
 ——ここに累様が来てくださったのですから」


 どういう意味だ、と累が問おうとした時、

「お、おい、あそこ……誰かいるぞ?」

 少し離れた場所から聞こえた、しゃがれた男の声。

 その声に、全員が身を固くした。

「街のやつか……? って、団服だ……」
「団服? 魔法士じゃないか」

 枯葉を踏みしめる音を何重にも響かせながら、数人の男たちが駆け寄ってくる。誰も彼も、質素な衣服を着込んだ、一見して普通の人々だ。

 もしかしたら、無関係な街の人間かもしれない……。微かな可能性が4人の脳裏をよぎり、対応を躊躇した、その少しの間に、男たちが前を塞ぐように広がった。
 そして胡乱な表情で4人を見据える。

「魔法士が4人……いや、3人は団章をつけてない、学生だな……」
「……えーと。こんなところに何かご用でしょうかね?」

 累たちを囲うように少しずつ距離を縮めてくる男たちが、明らかな作り笑いと共に問いかけてきた。

 しかし累の目には、そのうち2人に、魔力の仄かな粒子が滲んで見えていた。
 この力強い魔力の感覚は、戦闘経験のある者に違いない。
 確実に、離反者だ。

 チラリと見てくる堂本に、小さく頷いて合図をする。

「……あぁ、まぁちょっとな」

 累の言わんとすることを正確に受け取った堂本は、男たちに向かって曖昧な返事をした。すると、その反応の鈍さを、嘲るように笑った男たちが、更に距離を縮めてくる。

 徐々に狭くなる敵の包囲網。

 このままでは、囲まれるのも時間の問題だ。

 累の腕にくっついたままだったニイナが、しがみつくように力を込めたのに気付き、かばうように背後に隠した。

 チラリと振り返ると、反対の道からも、回り込んできたらしい男が走ってきている。集会所からも数人の足音が聞こえてきていた。……退路は、無くなったようだ。

 しかし累は、こんなところで人間を相手に、不利な戦闘をするわけにはいかなかった。
 ……こんな穢れのない空間じゃ、貪欲すぎる累の魔力が、獲物を間違えかねないのだから。

「へェ、そりゃあお疲れ様です、魔法士様。中でお茶でも飲んでいきますかァ?……って、そんな雰囲気じゃあねェよなァ?」
「見て欲しくない所を見られたかもな……どうする」

 明らかに好戦的な目で、累たちを見定める男たち。こんな態度をとられて、無関係な人間だとは到底考えられないだろう。
 ということは、この場に集まった十数人は、全て離反者の一味なのだ。……予想外に、多すぎる。

 累は敵の正確な人数を数えようと、周囲を見渡して……、そこでようやく気がついた。

 ——カナリアが、いない。

 跪いていたはずの少女が、いつの間にか忽然と姿を消していた。彼女を包む黒い色彩が、この場では逆に目立っていた筈なのに、立ち去ったことを全く認識することができなかったのだ。

 ——さすが、【止まり木】の隠密部隊出身……。

 感心すべきところじゃないのに、思わず感嘆の溜息が漏れてしまう。

 だがその吐息には、覚悟も含まれていた。
 ……カナリアを、放っておくわけにはいかないからだ。

 累は本来、こんな場では決して無理をしない。
 自分の実力は十分にわかっているし、そして自分の内なる魔力の、強大すぎる力も十分に理解している。変に手を出して事態を悪化させるのも嫌だし、それを引き金にもっと最悪な展開を迎える気だって、さらさら無い。

 しかし、【止まり木】から追放された彼女を、見つけたからには放っておけない。

 彼女は、美しく咲いた猛毒の花だ。累にだけは劇薬にもなりうるが、その犠牲を厭うことはない。
 何かを匂わせて去っていった彼女の、真意を掴むまでは……。

「——おいおい、ダメだなこりゃ」

 累が思考の沼に沈みかけた時、新たに集会所から様子を見に来たらしい1人の男が、肩を竦めて歩み寄って来た。

「あの人は、治安維持活動を専門にする魔法士だよ。このまま帰すわけにはいかねぇなー」

 どこか退廃的な雰囲気のある男が、堂本を指差してニヤリと笑った。

「……っ、お前っ、第5実行部隊にいた……っ!」
「はは、お久しぶりです、堂本さん。こんな所で会うとは残念ですねぇ」
「……それはこちらのセリフだ。勝手に部隊を抜けて、こんな場所で何をしている!」
「それが分かってるから……」

 累の目には、男が組み上げる魔法の、美しい構成過程が見えていた。

「ココに来たんでしょーが!!」

 突き出された手の先で、緻密な文様が大きく広がった。それは急速に収縮して、燐光と共に魔法として放たれた。

「ちッ……!」

 舌打ちした堂本が、素早く口の中で何かを呟く。男の魔法を相殺する防壁を、瞬時に張ったのだ。

 爆風が累たちの髪を揺らす。
 巻き上がった砂埃に目を細めた累は、その中で展開を始めた周囲を冷静に見つめていた。

「強行突破するぞっ! ついて来いっ!」

 目の前の男達に向かって、攻撃魔法を放つ堂本。
 地面を抉る程に圧縮された空気が、数人の男達を後方に薙ぎ倒す。
 同じように、和久も、ニイナも、各々が手近な障害となりうる相手を退けた。

 慣れた身のこなしで、堂本の攻撃を回避した離反者の男は、更なる攻撃魔法を編み始めた。
 その構成が終わる前に、累たち4人は、好機を逃す事なく駆け抜ける。

「っ、魔法士どもが逃げやがったぞ!!」
「逃すなっ! あれを起動しろ!」

 直ぐに体勢を整えた男達が、反撃に動き出した。
 全力で走る累たち4人を、追い縋るように数人が、そして更に集会所から出てきた増援が、各々に魔法を構成し始める。

 もちろん、それを累が見逃すはずもなく、

「撃ってきます、前方3人。後方側方各1人」
「っ、どんな目だよっ! 和久、ニイナ、防御は任せた……っ!」

 走りながら振り返り、周囲を確認した堂本が指示を出す。応じる2人は、防衛のための魔法を構成し始めた。

 ……だが。

 それではもう遅いことを、累だけは見えていた。

「結界だ……」
「なにっ!?」

 累の呟きにかぶせるように、驚愕する堂本の声が響く。

 足を止めた4人の、その視線の先には、厳重に布の巻かれた大掛かりな道具が姿を表していた。

 1人の男が、それに魔力を注いでいる。

 その瞬間、累の肌が、粟立った。

 拠点設置型の結界魔法が、発動したのだ。

「こんなものでっ……俺たちの足止めが出来ると思ったのかっ!」
「堂本さんっ、無理です!」

 拠点設置型魔法を、ただの結界だと判断した堂本が、再び強行突破を目論んで駆け出した。
 新たな攻撃魔法を編み上げ始めたが……すぐに顔面を蒼白にして足を止めた。

 和久とニイナも、同じように魔法を構成しようとして、愕然と顔を強張らせている。

「無理です、堂本さん。この結界は、魔法の構成を阻害します」 

 冷静すぎる累の言葉に、堂本が焦燥の眼差しを向けた。

 そう。この結界は、魔法を外側に漏れ出さないようにする、馴染みの結界ではない。
 内側の魔法構成を、ジャミングする代物なのだ。

 つまり、魔法士にとって、最大の武器が封じられてしまったのだ。

「こうなっちまえば、数の勝利だよ」

 どこか気怠げな話し方をする男が、小さく鼻で笑ったのを最後に、累の視界が大きくブレた——。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

[鑑定]スキルしかない俺を追放したのはいいが、貴様らにはもう関わるのはイヤだから、さがさないでくれ!

どら焼き
ファンタジー
ついに!第5章突入! 舐めた奴らに、真実が牙を剥く! 何も説明無く、いきなり異世界転移!らしいのだが、この王冠つけたオッサン何を言っているのだ? しかも、ステータスが文字化けしていて、スキルも「鑑定??」だけって酷くない? 訳のわからない言葉?を発声している王女?と、勇者らしい同級生達がオレを城から捨てやがったので、 なんとか、苦労して宿代とパン代を稼ぐ主人公カザト! そして…わかってくる、この異世界の異常性。 出会いを重ねて、なんとか元の世界に戻る方法を切り開いて行く物語。 主人公の直接復讐する要素は、あまりありません。 相手方の、あまりにも酷い自堕落さから出てくる、ざまぁ要素は、少しづつ出てくる予定です。 ハーレム要素は、不明とします。 復讐での強制ハーレム要素は、無しの予定です。 追記  2023/07/21 表紙絵を戦闘モードになったあるヤツの参考絵にしました。 8月近くでなにが、変形するのかわかる予定です。 2024/02/23 アルファポリスオンリーを解除しました。

処理中です...