禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

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実地訓練−治安維持活動:編入3日目

治安維持活動④

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「累様、ご無沙汰しておりましたわ」

 瑞々しく色のある声は、累たちの正面から聞こえた。

「…………っ!」

 瞬時に走る緊張。

 ニイナが身を固くして、累の袖をぎゅっと掴む。
 離れた場所に隠れていた、堂本と和久も、驚愕の表情で飛び出て来た。

 隠密行動中に、あってはならない状況だ。

 その透き通る声音の持ち主は、羽のようにふわりと、木々の間から姿を現した。

「御前失礼いたします。カナリアでございます」

 艶のある長い黒髪を靡かせた、絶世の美少女が、累の前に跪いた。烏の濡れ羽色と表現するのが相応しい、しっとりと滑らかなストレートヘアは、丁寧に手入れされているのだろう、腰の下あたりで美しく切り揃えられている。

 細かい刺繍のレースがあしらわれた、柔らかそうな黒地のスカートが汚れるのも厭わず、地面に綺麗な円を描くと、すぅっと累を仰ぎ見た。

 濃く長い睫毛に縁取られた、ラピスラズリの青い瞳が、累だけを映し出す。

「……カナリアか……」
「はい。累様」

 累に名を呼ばれただけで、語尾にハートマークでもつきそうな程、極上の笑みを浮かべた少女。
 その余りにも場違いな空気に、戦闘態勢をとっていた和久が、怪訝な目線を向けながらも構えを解いた。

「……なんだ? 累の知り合いか?」
「知り合いなどとは、恐れ多い。しもべでございます」
「しもべっ!?」

 カナリアの夢見るような物言いに、仰天した和久が累を見る。どんな関係だ、と怪しく思ったのも仕方ないだろう。

 普段であれば、茶化した返しで笑い話にも出来るのだが、今だけは違った。

 目の前で膝をつくカナリアを、睥睨するように見つめた累は、平坦な声でカナリアの言葉を否定した。

「——カナリア、それは違うだろう」
「何故でしょう? カナリアは今でも、累様の事だけを想って生きておりますのに」
「ならどうしてここにいる?」

 累の問い詰める言葉に、にぃっと笑みを深めたカナリア。
 その、どこか狂気じみた笑顔に、ニイナが累の腕を強く掴んだ。完璧に整った美少女の、迫力ある凄艶な笑みに、怯んだのだ。

 しかし、累に繋がるニイナの手を見たカナリアは、不快そうに眉を顰めた。

「……気安く触れて良い方では無いというのに……」
「カナリア。余計な口は慎め」
「うふふふ、はぁい。そんな表情をされる累様が見れただけで、叱責された価値があるというものですわ」

 若干の苛立ちが表情に出ていたようだ。硬質な命令口調もあって、言われた側は相当なプレッシャーを感じただろうに、意図に反して嬉しそうに目を細めるカナリア。
 どこまでも自分のペースで楽しんでいるらしい少女に、話の通じなさを感じた堂本が、間に割って入った。

「少し待て。今はそんな場合じゃない」

 状況が状況なだけに、簡単に警戒を解くことはなかった堂本が、訳がありそうな累とカナリアを交互に見つめた。その目には、冷静に状況を分析しようとする意志と、若干の好奇心が含まれていた。

「累。彼女は?」

 堂本の言葉に、艶やかな微笑を浮かべるカナリア。
 その笑みを真正面に受け止めながら、累は口を開いた。

「昔、仕えてくれた従者の1人です」
「遠くからお支えすることにしましたの」

 幸せそうに見つめるカナリアと、冷徹にその目を見つめ返す累。

 2人の間にしかわからない、無言のやりとりに、怪訝な表情をする堂本たち。だが、累とカナリアの決定的な隔たりに気付いたのだろう。

 事情を知りたい気持ちはあっただろうが、ひとつ咳払いをした堂本が、周囲を警戒しながら口を開いた。 

「ひとまず、知り合いということはわかった。で、今の状況だ。……カナリアさんとやらは、ここに何か用が?」

 道からではなく、人気のない木々の合間から姿を現しておいて、そんなはずはないだろうが、念のため確認したらしい堂本。
 案の定、その凄艶な微笑で小首を傾げたカナリアは、

「いいえ。もう、終わりました。

 ——ここに累様が来てくださったのですから」

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