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紺碧校:編入2日目
戦闘訓練①
しおりを挟む始まった訓練は、基礎と名前がつくものの、魔法攻撃以外何でもアリという、戦闘訓練の応用編だった。
「次っ……はい次っ……もっと腰を落として! 和久っ、甘いっ!!」
1対複数人という対人戦で、圧倒的な技術を見せるのは、勿論、紺碧校を率いる鷺ノ宮ユーリカだ。
和久を含む3人を相手に、一段上の立ち回りを続けている。
妥協すべき攻撃は受けるが、致命的なダメージは避け、最小の打数で相手を制圧していく、無駄のない動き。栗色のポニーテールが、生き物のように宙を舞っている。
対する和久らは、3人組という連携の難しさもあってか、個々人のポテンシャルを生かしきれていないようだ。それでも、体格というアドバンテージを最大限に有効活用している。
お互いの実力を認め合っているからこその、全力の攻防だ。
重たい打撃音が響くたびに、累としてはハラハラしてしまう。当たったら痛いんだろうなーと思ってしまうと、思わず首が竦んでしまうのだから、やっぱり対人戦は向いてない。
……なんて。
他人事ではない状況からの、現実逃避だ。
「——おい、峯月累。よそ見をしている余裕があるのか?」
全くありません……。
なぜなら累も、1対1の対人訓練中なのだ。
「だから逃げるなっ!」
「そんなの逃げるに決まってるじゃないですかっ! なんか風圧で音がしてますよ、その拳!!」
「手加減などしていないから当然だろう」
「涼しい顔してなんて事を!」
「私の攻撃を上手くいなして反撃に繋げるんだ」
「そんな不可能な! お手柔らかにお願いしますって言ったじゃないですかー!」
累の正面に対峙するのは、紺碧校のナンバー2である冬馬だ。
怜悧な表情を顰めて、ひたすら逃げ続ける累を、攻防の土俵に乗せようと必死だ。
そして必死なのは累も同様だった。
「逃げているだけでは制圧できないぞっ」
「それはわかってるんですけどっ。もう本能的に逃げちゃうんですって」
本気の攻撃じゃないことはわかっているのだが、鍛えられた鋭い拳が飛んでくると、全力で逃げたくなるのだから仕方ない。
逃げるのだけは得意なので、何とか避け続けているものの、眉間に刻まれた冬馬の縦じわが、これ以上深くなったら本気でマズイと思う。組手のように向かい合い、お互いが攻守を違えながら、というのが理想なのだろうが、累がひたすら逃げるせいで全く訓練になっていないのだ。堪忍袋の尾が切れるのも時間の問題か……。
だからと言って、累には逃げる以外の手段なんてない。
見よう見まねの攻撃が当たる気はしないし、立ち止まったまま全てを防ぐなんて神業が出来るわけない。
本当に、格闘の才能がないのだ。
となると、やっぱり……、
「わかった……一撃で沈めて、現実を見せてやろう……」
「現実はよーく知ってますー!!」
逃げる累と追う冬馬。根比べだ。
一度動きを止めた冬馬が、小さく呼吸を整え、怯む累を真正面に睨みつけた。逃げるだけの相手に、長々と構うのは、時間の無駄だと気付いたらしい。
一撃で沈めるという宣言のもと、ゆったりとした構えから一点。驚くような瞬発力で累へと詰め寄った。
そして——。
「……っ、つー……あーギブギブっ!!」
軽い右ストレートをフェイントに、大ぶりに足を払われて、綺麗に地面へと倒れこんだ。すかさず片腕を取られ、背中側へと捻るようにして押さえ付けられてしまうと、痛みに身動きもできない。
お手本のような見事な制圧だ。
「……せめてもう少し、抵抗する気概を見せろ」
大きな溜息と共に、拘束の力を緩めた冬馬。馬乗りになっていた体勢から立ち上がると、軽く運動着の乱れを直した。
「いやもう……全く何も頭に浮かびませんでした」
「考えるんじゃない。反射で動くんだ」
「……そんな都合のいい反射神経があるなら欲しいです……」
未だうつ伏せのまま、痛みの余韻で転がっている累。
それを諦めたように見つめた冬馬は、軽くかがんで累の腕を掴んだ。
不出来なクラスメイトを助け起こしてくれたのだ。
「いててて……ありがとうございます」
「礼など要らない。もっと必死に訓練しないと、このままでは実地訓練に連れて行くことは不可能だからな。紺碧校生である以上、ユーリカ様の面目を潰すようなことは許さない。……ヴェラー教師は、あぁおっしゃられていたが、私が無理だと判断すれば、一人で自主トレでもしておいてもらうか。……それが嫌なら……、もう一度構えろ」
冷徹にそう言い放つと、立ち上がった累の胸を押し、数歩の距離を開けて再び構えた。
「え……?」
「まさか、さっきので終わりだとでも?」
そう思ってました、なんて言える雰囲気じゃない。
力の入らない手で形だけ構えてみると——、
「……っ!」
「足元が甘いっ、何度も同じ手を食らうな!」
「…………ぅぐっ……!」
「反応出来るなら逃げるな! 反撃するんだ!」
「……っ、いっ……」
倒されては起こされ、起こされては倒される。
何度も何度も、冬馬の足下にひれ伏すだけの累。
一体いつまでこんな無駄な事を続けるんだ……そう思い始めた時、
「——あら、もうそんなにボロボロになってるの?」
「ユーリカ様。……そちらはもう?」
「えぇ、終わったわ。だからこっちを手伝おうかな、と思って」
「そんな……わざわざユーリカ様のお手を煩わせる必要など……」
「私が気になるだけよ」
全く疲労感のない足取りで歩み寄ってきたのは、息ひとつ乱していないユーリカだ。
地面に倒れる累を一瞥した後、冬馬に厳しい目を向けた。
「もう一度ね。彼、全くヤル気ないじゃない」
「……はい、力不足で申し訳ありません」
「叱責してるんじゃないのよ。……代わるわ」
そう言って、冬馬と立ち位置を入れ替えたユーリカ。
引き起こされた累が立ち上がると、目の前には、美しい姿勢で構えるユーリカが立っていた。
「ぅわ、次は会長ですか……」
見た目からして完全に満身創痍の累は、闘志溢れるユーリカを前に早くも試合放棄だ。
「ヤらないとヤられる。そう思って挑みなさい!」
だからそれが無理なんだって……と口にするまでもなく、
「…………っ!!」
豪快に投げ飛ばされた。
そりゃあもう、冬馬のことが優しく思えるぐらい、盛大に。
「胸ぐらを掴まれたら払いなさいっ! 腕を取られたら、手首を返して逆に摑まえるつもりで!」
「それが出来れば……」
苦労してないんですけど……!
「…………ぐ……っ!」
「もういっかい !」
「…………っ!!」
「~~! 君はっ! どうやったら本気になるの!?」
何かに苛立っているようなユーリカ。
ひたすら地面に投げ飛ばされている累からすると、理不尽極まりないのだが、理由がわからずに困惑するばかりだ。
そして痛い。
痛いのはキライだ。
『痛み』に意味がないからだ。
「そんなモノじゃないでしょう!? 絶対に、君はもっと出来るはずっ!」
どこからそんな過大評価が生まれたのか……。
言葉と共に徐々に手加減の無くなる打撃に、反論する気力すら出てこない。
何とか立ち上がるものの、構える間も無く引き倒され——、
「いっ…………っ!!」
「腕を引き抜いてっ! 全力を出しなさいっ!」
「ユーリカ様、それ以上は……」
「…………っつ……!」
「早くっ! 本気を出さないと、折れるわよっ!?」
「ユーリカ様っ!」
「……く……ふ……っ!」
冬馬の制止する声。
そして、ミシリ……と音がしそうな程、捻り上げられる腕。
あ、関節が……。
腕の可動域が、限界を超えている。
諦めにも似た感情と共に、痛みを享受しようと、歯を、食いしばった。
——決して、暴走しないように、と。
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