禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

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魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。

晩餐②

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「強いてあげるなら……、会長は模擬訓練にあまり参加しないで良いかな、と思ったぐらいです」


 あくまでも控えめに発言する。杞憂かもしれないのだから、余計なお世話では不快にさせるだけだ。

 当然、予想もしていない言葉だったのか、目を丸くするユーリカ。和久とニイナも、驚いたように固まっている。

「……どう言う意味? 私には不要の訓練、ってこと?」
「違いますよ。この紺碧校で、会長と競える人がいないから……そこが残念かな、と」

 コーヒーカップの黒い波紋を眺めながら、そう零す。
 本当に、残念だと思ったのだ。切磋琢磨する相手がいない、孤高の存在になってしまっていることが。

 今日の模擬訓練だって、誰もがユーリカを警戒していたが、一瞬で敗北を悟ると、いかに長く耐えられるかだけが焦点になっていたように思う。
 ユーリカにしたって、本気の戦いの中で磨かれていく筈だった才能が、手加減だらけの毎日の影響で伸び悩んでいるのなら、双方共に全く有益ではない。それならばいっそ模擬訓練なんて、月に1回程度の参加でも良いだろう。その方が、良い刺激に繋がるかもしれない。

 たった一度、模擬訓練に参加しただけの自分が、とやかく言えたことでは無いですが……と付け加えると、ユーリカの小さな溜息が聞こえた。

 視線を上げると、少し困ったような、頼り気無い表情のユーリカと目があう。

「……そう、見えるんだ……。じゃあやっぱり、ダメね。私もまだまだ、強くならないと」

 肩を竦めて自嘲気味に笑うユーリカは、先程までの自信に満ちた、『生徒会長』という鎧を脱いでいるようだった。周囲の使用人に世話されている姿も相まると、本当に深窓の令嬢に見える。

「っ、ちょ、会長は十分強いですからね! 俺たちが不甲斐ないからダメなんすよ!? そういう意味だろ、累?」
「そうですっ! 私たちが勝手に憧れすぎて、会長に頼りすぎちゃったんです。もっと頑張りますっ!」

 焦ってフォローする和久と、拳を作って気合いを入れるニイナ。
 当人でも無いのに必死になってくれるその姿に、ユーリカも相好を崩して吹き出した。

「ふふっ、2人とも優しいのねー。じゃあこれからは、より一層お互い高め合えるように、ビシバシいきましょう!」
「あー……や、そこはやっぱり……」
「徐々にで。徐々にがいいです……」

 さっきまでのテンションはどこへやら。
 ユーリカの好戦的にも見える意志の強そうな表情に、和久とニイナの方が勢いを無くしている。

 そんな2人の萎びた姿を見て、更に楽し気に笑ったユーリカは、次いで累を見た。

「貴重な意見をありがとうね、峯月くん。私も最近、成長を実感できなくて悩んでいたのよ。誰かに言われると、すごい納得だわー。……そうね、もっと実地訓練に出る機会を貰えるように、生徒会で意見をまとめてみようかしら……」
「良いと思いますよ。そういう提案なら、無下にはされないでしょう。現場の魔法士としても、強力な戦力になるでしょうし」

 実際、ユーリカほどの実力があれば、師団員と遜色ないどころか、むしろ数年の経験値なんて吹き飛ばしてしまうだろう。手厚く育成していく、という今の魔法学校の方針の枠にハマらない、優秀な実力者への配慮だって必要だと思う。

 しかし提案を受けても、判断に悩んだ学校側が、師団へ打診もせずに却下する可能性があるかもしれない。そこは慎重に確認しておこうかな……と、一応、潜入調査の名目は忘れていなかった。

「さっそく明日、生徒会の議題にしてみるわね。……それはそれとして……」

 生徒会長の顔で提議することを明言したユーリカだったが、少し溜めた言葉の後、悪戯気に累に笑いかけた。

「私、今日、峯月くんからイイ刺激を貰ったのよね」
「ぇ……?」
「だから峯月くんが、私の切磋琢磨相手になってくれたら良いんじゃないかしら?」
「はいぃ?」

 なんていう思いつきだ。

 思わず嫌そうな顔をしてしまったが、決してユーリカの相手をするのが嫌なんじゃない。……俊敏に立ち回るユーリカの相手なんて、絶対に無理だと断言できるだけだ。

「どこをどう見たら、会長の相手がつとまると思ったんでしょうか……」

 情けないのは重々承知しているが、それでもあえて言おう。彼女の戦闘訓練の相手なんて、絶対に無理です。

「だって今日、峯月くんに勝てなかったんだもの……」
「誤解を生みますーっ!!」
「え、累くん会長に勝ったの……?」
「勝ってないからっ。ほら、誤解が生まれてるっ!」

 想定通りに誤解したニイナが、きょとんとした顔でこちらを見ている。

「まぁ、確かに累は、負けてはいねぇな。…………全力で逃げてたし」
「そうそこ! その情報大事ですよっ!」
「敵前逃亡をアピールすんなっ!」
「けど逃げれるだけでも凄いよぉー?」

 そう言って純真な眼差しで見つめてくるニイナ。いや、辛いです……。

「私も、久々に狙った目標に攻撃魔法が当てられなかったのよ。あんなにゆっくり動いてた的だったのに」
「的って……。全身全霊で逃げてたんですけど……」
「褒めてるのよ? それほどの精度で、私の魔力を察知していたってことなんだから。後学のためにも、どうやって見えているのか教えて欲しいぐらい」

 そんなこと言われても、累にとってはこれが普通の視界なのだ。便利だとは思っているが、当たり前のこと過ぎて、特別な武器とは思えない。

 冷静に、だが非常に面白い対象とでもいうかのように、正面からじっと見つめてくるユーリカの瞳に困惑する。
 こういう視線には慣れていないのだ。

 累の正体を知っている者からは憧憬と崇拝が、知らない者からは、ただの学生としての扱いが常だった。身分を隠した気楽な生活を好んでいるのは、そういう煩わしい視線から、逃げたいがためでもあったのだが……。

「だから、君が良いと思ったんだけどな」

 にこりと、ストレートに要求してくるユーリカ。艶やかな笑みには、その立場の人間にしか醸し出せない求心力がある。

 素直な姿勢には好感が持てるものの、だからと言って承諾は出来なかった。魔法士として規格外の累が相手をしたところで、参考になることも少ないだろう。

 それに、何度も言うが、

「いや、無理です。そんな体力、かけらもありませんって」
「なによーう。基礎訓練もみっちり付き合ってあげるわよー?」
「ちょ、ちょ、会長、それはダメっすよ!? 編入早々、累が会長のファン達に目の敵にされますよ!?」

 その前に副会長に滅殺されるだろうけど……という続きが聞こえた気がしないでもないが、ひとまず強い味方を得た。……と思ったが、

「そもそもこいつ、ライバルはニイナなんで」
「はぃい?」

 突然の話の展開に、食い気味の疑問符だ。

「だってお前、絶対にニイナの運動神経よりはマシ、って思ってるだろ?」
「ぎくっ……なんでわかった……」
「ひっどーい、累くん! そんなこと思ってたのー!?」
「いやいや、酷いって……ニイナこそ自分の方がマシだって思ってる!?」
「私、累くんよりは基礎体力あるよ!?」
「…………」
「…………間違いないわ」

 冷静すぎるユーリカの呟きを以て、判定はニイナの勝ち、だった。

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