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魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。
和久・リーゲンバーグ
しおりを挟むその日、不運にも歓迎会と称した食事会に巻き込まれた和久は、緊張の面持ちで席についていた。
白を基調とした柔らかい調度品でしつらえられているこの部屋は、ユーリカの自室として割り当てられたうちの一室だ。普段は客間として使われているらしいが、一般棟の和久の自室よりも広い。初めて特別棟に足を踏み入れたのだが、同じ寮とは思えない豪華さに、唖然の一言だ。
レースのクロスがかけられたテーブルの上には、細かい装飾の施されたグラスやカトラリーが準備されていた。想像に難くない、正餐のコース料理なのだろう。ナイフもフォークも、1本ずつあれば十分だろうに、何故こんなにも必要なのか理解に苦しむ。
目の前には優雅に座るユーリカと、隣には和久と同じく挙動不審気味のニイナ。部屋の隅には、何人かの使用人が静かに立っていて、リラックスできる余地なんてまるで無かった。
俺の知っている『歓迎会』はコレじゃねぇっ……なんて、累に八つ当たりしたい気分なのだが、当の主役はまだ来ていなかった。
「今日は来てくれてありがとうね、和久、ニイナ。2人とこうやって食事をするのも、よく考えたら初めてだものね」
ニコリと人好きのする笑みを浮かべて話し始めたユーリカは、普段通り、見本のように美しい制服姿だ。頭頂部で高く結い上げられた栗色のポニーテールも、いつも通り紺碧校のシンボルカラーである、青いリボンが巻かれている。
ドレスアップしていたらどうしよう、と若干不安だっただけに、昼間と変わらない格好には一安心だった。
和久自身は昼からの自主訓練で、汗だくの泥だらけになっていたから、急いでシャワーを浴びてきていた。生乾きの髪には目を瞑ってもらうとして、クリーニング済みの制服に着替えたのは正解だった。この場にヨレヨレの制服で着席していたら、悪目立ちもいいところだったろう。
ニイナも気合を入れて準備してきたのか、色素の薄い綿菓子のようなふわふわの髪が、今は若干落ち着いて見える。
が、しかし心情は落ち着いていられないようだった。
「はいっ、あの、呼んでくださって嬉しいです! けど、あの、私、本当にマナーが……」
おろおろと訴えるニイナは、憧れの会長と食事をする嬉しさに赤くなったかと思えば、目の前のテーブルセッティングに青くなったり、忙しそうだ。それでも姿勢を正しておくのを忘れないあたりは、真面目なニイナの美点だろう。
思わず、ボソッと助け舟を出してみる。
「ニイナ、困ったらとりあえず会長の真似だ。これなら絶対間違いないぞ……」
「そ、そうだね……。志は低いけど、その作戦で進めよう……」
「ちょっとそこー。これは任務か何かかしら?」
真剣に決意を固めるニイナに、わざと意地悪くツッコんだユーリカ。しかしニイナの肩がぎくりと揺れたのを見て、すぐに破顔した。
「ふふふっ、冗談よ。マナーなんてあまり気にしないで。基本的に、外側のカトラリーから使っていけば良いんだし、ね?」
「…………はい……」
さも簡単そうに言うユーリカに、たっぷり数秒は固まったニイナが、半泣きの笑顔のままで一番短い返事をした。
「会長、それが難しんですってー」
「えー? 間違えて使っても、必要な時には補充してくれるわよ? ほんと気楽に構えてくれたら良いんだけど……」
和久の言葉に、困ったように眉を下げるユーリカ。彼女に、これ以上の同意を求めるのは酷だろう。本質的に貴族であるユーリカには、まったく理解できない感覚なのだ。
しかし、そこに嫌味を感じさせないところが、ユーリカの魅力といえる。大げさに言えば、貴族である天然さがキャラクターなのだ。
「——ご歓談中失礼します。ユーリカ様、峯月累様が来られました」
控えめな侍女の声が、主役の到着を告げた。
仰々しく扉が開かれると共に、当然のようにユーリカが席を立って出迎える。
「峯月くん、いらっしゃい」
「お招きありがとうございます、会長」
周りの使用人とか、テーブル上の複雑怪奇なセッティングとか、そういう雰囲気を全く頓着せずに歩み寄って来た累。和久やニイナへも小さく挨拶をしつつ、ユーリカが手で示す席へと向かうと、当然のように使用人が引いてくれた椅子へと腰を下ろした。
不自然さも緊張感も全く無い、滑らかな仕草でディナーテーブルへとつく姿は、この場に慣れていないと絶対に無理だろう。
自分で椅子を引いた和久らとは、目線の動きから違っているのだから、一朝一夕のものじゃない。
「お前、ぜったい、中流家庭の出身じゃねぇだろ……」
「いやいや、ごくごく平凡な家で育ったって」
笑って否定する累は、模擬訓練の疲労感はすっかり消え去っていた。和久と同じく風呂にも入って来たのか、スッキリした顔で、綺麗に折り目のついた制服に着替えている。
着こなしている感のある制服姿は、ユーリカと通ずるものがある、と思っていると、当のユーリカが累の服装を眺めながら、残念そうに息を吐いた。
「……タキシードで正装して来てくれるかな、って楽しみにしてたんだけど……」
伏せ目がちの流し目で累を見るユーリカ。
……なんだこれ。
もしかして俺とニイナはお邪魔虫だったのだろうか、と思ってしまうほど、柄にもなく積極的に攻めている。……ように見える。
累もさぞ困惑しているだろう、と思いきや、至ってナチュラルに躱していた。
「いやいや、学生の正装といえばコレでしょう」
「む。そんな返事が聞きたいんじゃ無いわ。ねぇ、ニイナも見たかったわよね?」
「え、え、私ですかっ?」
突然ユーリカに話を振られたニイナは、焦ったように返事をしつつ、チラチラと累を見る。こいつはガチで、脳内に累のタキシード姿を思い浮かべてるに違いない。はわわっ、と回答に困っているらしいが、聞かなくてもわかるからもういい……。
こういう態度を取られると、いたたまれんよなぁー……と累の心境を慮ったのだが、
「あれ。ニイナ、髪、良く似合ってるね。自分で編んだの?」
無用の心配だったようだ。
累も累で、マイペースに思ったことを口に出している。
「えっ!? こ、これ? うん、変じゃない、かなぁ?」
自分の髪を掴みながら、照れたように頰を染めて笑うニイナ。
累が指摘して初めて気づいたのだが、ニイナの綿菓子のような髪が小さくカチューシャのように編まれていた。本当に気合が入ってんじゃん……とは心の中だけでの呟きだ。
しかし、ここで問題になるのはもうお一方。
「いいなぁ、ニイナは褒めてもらえて。私には何のご挨拶もくれないの?」
「あはははは、じゃあ手を取ってご挨拶した方が良かったですか?」
「そうね。今からでも間に合うわよ?」
そう言って艶やかに微笑み、右手を累へと向けるユーリカ。
まさかそんな返しが来ると思ってなかったらしい累は、一時停止した後に、ちらりとこちらを見た。
勿論、俺はしていない。
その意味を込めて真剣な眼差しで首を振っておく。
万一、そんな事をして冬馬に知られたら、ゴミにたかるハエ以下の扱いをされること間違いない。ただでさえ、今日の親睦会だって良い顔をしていなかったのに、これ以上ユーリカが累に親近感を抱いたら大変だ。……既に遅い気がしないでも無いが……。
固まった累がどう切り抜けるのか、と思っていると、予想外にユーリカの方から手を戻した。
「もうっ、本気にしないでよねー。あ、実は半分本気だったけど……。でもまぁ、こんな感じで気安い食事会にしましょ。楽にしてちょうだいね」
からからと笑いながら、使用人へ向けて食事の開始を合図するユーリカ。
静かに動き出す使用人の数は、テーブルについている人間より多いだろうことがわかる、仰々しさだ。
3人は、というと。
「……気安い……」
「……楽に……」
「…………言葉のニュアンスには、個人差があるってことだね」
和久、ニイナ、そして深く納得しているらしい累。
ひたすらに楽しげなユーリカだけは、そんな3人を不思議そうに見つめていた。
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