禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

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魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。

面会:紺碧師団・副師団長②

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「まず、今回のノクスロスについてですが——」

 最初に現れた時は、まだ小さな異形だった。すぐに捕捉され、派遣した部隊によって殲滅される筈だった。しかし報告は、「手応えが薄かった」という曖昧なもの。
 小さい異形ではそんなものだろう、と気にも留めなかったのだが、それが2回、3回と続けば流石におかしいと気付く。4回目には、とうとう殲滅することが出来ず、逃したことが判明し、そこからこのノクスロスとの本格的な攻防が始まったのだ。すでに数ヶ月にも及ぶ、長期戦だ。

 通常、ノクスロスを構成する穢れは、自浄出来なかった『場の澱み』と言われている。ある一定の均衡が崩れた場合に、爆発的に増殖し、異形として形を成す。そして、人を糧にして強大に成長していくのだ。
 そこに生き物としての意思や理性は感じられない。ただただ本能のままに、餌を求めて暴れ続ける獣……。
 なのに時々こうやって、人を欺くかのような、狡猾なノクスロスが生まれてくる。これが厄介なのだ。

 今、この地方を脅かしているノクスロスも、恐らく人を宿主にして身を隠す、寄生タイプだ。
 この場合、宿主は、被害が発生した地点からさほど遠くない場所で生活していることが多い。その正確な範囲は不明だが、部隊がざっと確認した限り、目ぼしい体調不良者はいなかったという。

 ではどこに隠れて力を蓄えているのか。

 常に人手不足の現状で、これ以上の人員をこの件にばかり割いてはいられない。自分たちの力不足を認めてしまうようだが、背に腹は変えられないとして、近衛師団に協力を要請したという次第だ。

「何か、特徴的な行動や、被害の共通点なんかは見つかったんですか?」

 一口にノクスロスといっても、全てが同じ行動パターンではない。それぞれに姿形や嗜好が異なるのだ。
 寄生タイプはそれが顕著で、宿主の思考に準ずることが多い。これまでの被害を分析して、手掛かりを探す事は基本となる手順だ。

「はい。これまで被害者が、流民やならず者連中ばかりで、共通点を洗い出すのが困難だったのですが、つい先日の襲撃で、駆け付けたうちの第4連隊長が、興味深い痕跡を発見したようです」

 鷺ノ宮ディギー第4連隊長は、将来を嘱望される天才肌の魔法士だ。その分析力は、紺碧師団内でも突出しており、近衛師団に召集されるのも時間の問題だと言われている逸材だ。

 彼が到着した時には既に消失した後で、惨状を分析するしか出来なかったようだが、その中で、ノクスロスの爪痕の中に、魔力の断片を感じたらしい。今日も、その件に関して周辺の調査に専念してもらっている。

「……つまり、宿主には魔力の才能がある人物、と?」
「可能性は高い、という見立てでした。同化しているように混ざり合った気配だった、とのことで、今も調査を続けております。取り急ぎ、速報としてお耳に入れたく参上した次第でございます」

 淡々と報告内容を告げたアルノルドは、ここで、ソファに深く身体をあずけている少年の表情が、憂いを帯びていることに気付いた。
 闇色と表現していいだろう瞳を軽く伏せ、影が落ちている様は、如何とも表現しがたい品格があった。

 魔法の才があるだけで、これほどの雰囲気を醸し出せるものなのだろうか……。

 自分から声を発することは躊躇われ、少年が口を開くのを待つ。

「……仕方ないね。せっかくの希少な魔法士だったかもしれないけど……」

 独白じみた声音につられ、控えめにその真意を促した。

「……と言いますと?」
「大きな被害報告が無かったから、まだ十分間に合うかと思ってたけど……手遅れだね」
「そう……なのですか? しかし、これまでも寄生タイプを相手にしたことはありますが、宿主が犠牲になる前に殲滅すれば……」

 殲滅できれば……命は助かる。
 数年~十数年、寝たきりの状態からリハビリをする必要はあるが、ノクスロスに精神まで喰われていなければ、回復できる可能性はある。

 今回の件も、まだ中型程度のノクスロスなのだから、宿主さえ見つければ万事解決するものと考えていた。

「違うんだ。魔力のある人間に巣食っているなら、話は別。ノクスロスが姿を隠していられるのは、宿主の魔力が檻になっているだけなんだ」
「檻、ですか……」
「普通、魔法士の中で穢れは成長しない。魔力が食い尽くすからね。なのに魔法士の中に身を潜めているということは……魅入られたのかな……? いずれにせよ、檻が壊れるのが先か、ノクスロスが食い尽くされるのが先か。このバランスは永遠には続かないよ。……暴走する前に仕留めないと、甚大な被害が出る」

 そう断じて、ひたりと見据えてくる少年。
 一切の思考を読ませない、暗黒の虹彩の中に、小さくチリチリとした赤い火花が、数回、散った気がする。と同時に、背筋に寒気を覚える程の、魔力の片鱗を感じた。

 アルノルドは、その深すぎる眼差しを受け止め続けられず、頭を下げることで何とか視線を外すことに成功した。
 まさか、副師団長まで上り詰めた自分が、2回り以上年下に見える子供に、プレッシャー負けするとは思わなかった……。

 伝えられた内容は驚きだったが、それよりも目の前の少年の存在感に圧され、嫌な汗が吹き出る。

「はっ……これまでのパターンから言いますと、次は2・3週間後かと……」
「うん、わかりました。明日からは周辺を見回っておくよ。……なるべく授業が終わってから発生してくれるといいんだけどね……」

 訓練中だったらどうしよう……と、唐突に呑気なコメントをする少年に、しばし固まる。

 そして、取り繕うことも、肝を冷やした事すら忘れ、間抜けな回答が口をついた。

「え……あー……その時は抜け出していただければ……」
「いや、でも模擬訓練中に抜けると、班のメンバーが困るでしょ?」

 まぁあんまり戦力にはなってないんだけどさ……なんて。恐ろしい程の謙遜を交えつつ、真剣にそう思っているらしい発言に、さっき感じた圧力がまるで嘘のようだった。
 コロコロと印象の変わる少年に、完全に振り回されている気がして仕方ない。

 そもそも、近衛魔法士なんていう、普通は出会えもしない最高位の魔法士が、こんなところで、学生に混じって魔法士の訓練を受けているなど、なんの冗談なんだ。彼がもし、その実力の一端でも披露してしまえば、誰もが瞬時に悟るだろう。ただの学生などではあり得ないことを。
 ……そう理解してしまう程には、一種独特の雰囲気があった。

「そもそも何故、魔法学校へ? 本件の依頼ですと、こういう場所では動きが制限されるのでは……?」

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