32 / 62
魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。
面会:紺碧師団・副師団長①
しおりを挟む紺碧師団の副師団長である、アルノルド・ヨークは、近衛魔法士との面会の約束に、魔法学校を訪れていた。
たっぷりとした口髭をたくわえたアルノルドは、鍛えられた体躯に団服が非常に良く似合っている、堂々とした壮年の男だ。焦げ茶色の髪を後ろに撫で付け、鋭い視線で前を見つめる姿は、副師団長としての風格に溢れている。
紺碧校出身のアルノルドにとって、懐かしい寮の特別棟は、彼が在学中と変わらず手入れの行き届いた美しい廊下だった。ここを歩いていると、学生時代の苦楽が思い出され、浮つきそうな気分になるのを自覚した彼は、一つ息を吸って気合を入れ直した。
今日は母校訪問などではない。管轄内で発生している未解決のノクスロス事件について、近衛師団に依頼した件での訪問なのだ。
しかも、これから会うのは、近衛魔法士の中でも別格中の別格、序列入り《ナンバーズ》の魔法士だ。
各色の師団では手に余る厄介な事件に介入し、たった1人で事態を好転させる、超級の魔法士の集まりである近衛師団において、その立場を定めたのが『序列』だ。当然、その順に応じて能力が高く、皇帝陛下の信頼が厚いと言われている。
アルノルドがアポイントメントを取ったのは、そんな近衛師団の中で、序列0位という最高位に座する魔法士だった。しかも、今まで一度も公の舞台に出て来たことがない、噂だけの人物……。
曰く、恐ろしいほどの魔力を身に纏い、ノクスロスをも従えてしまう程の実力を持った、黒髪黒目の、子供、だと。
紺碧師団長からは、見た目に惑わされないように、と言い含められてきたものの、子供だという噂が本当であれば実に嘆かわしい。皇帝陛下の右腕と言っても過言では無い、最高位の近衛魔法士が、そんな子供であれば色々と不具合もあるだろう。魔法の才に恵まれただけの傲慢な子供が、唯一無二の皇帝陛下に、良い影響を与えるとは思えない。それ程の要職は、人生経験の豊富な、立派な大人である近衛魔法士が受けるべき誉れのはずだ。
この扉の向こうにいるであろう件の魔法士が、あまりにも不甲斐ないと感じれば、直訴もやむなし。
アルノルドは、副師団長の証である紺色の飾緒を軽く正した後、目の前の扉をノックした。
使用人の男に案内された客間で対面したのは、噂通り、子供、だった。
「この度は、紺碧師団からの要請を受けていただき、誠に有難うございます。紺碧師団・副師団長の、アルノルド・ヨークと申します」
ぴしりと礼をしたアルノルドは、目の前の豪奢なソファに座る少年を眺めた。
確かに珍しい黒髪黒目をしているが、威厳もなければ覇気もなく、至って普通の魔法学校の生徒、という印象だ。魔法学校の黒い制服がやけに似合っているとは思うが、特別棟の特待生でも、もう少し滲み出るオーラがあろうと首を傾げたくなる。
師団長からの忠告が無ければ、約束の取り違えでもあったのかと疑ってしまうような少年だった。
「峯月累です、宜しく」
座ったままニコリと笑って、軽い挨拶をした少年。
その気安さに唖然としながらも、表情に出すような愚は犯さず、再度深々と礼をした。こんな見た目をしているが、相手は身分の高い近衛魔法士だ。貴族の子供とでも思って、慎重な対応をするに限る。
促されるまま対面するソファに浅く腰を掛けると、すかさず別の使用人の少女が、ティーセットの準備を始めた。先ほどの男もそうだが、この少女も随分見目が良い。立ち居振る舞いも、使用人として相当磨き上げられている、優れた人材だ。こんな場でなかったら、ヨーク家に引き抜きたいと思う程には、羨ましい。
使用人が有能であればあるほど、主人は相応に貴いと言うが……。
思わず使用人のレベルから主人を推し量ってしまい、バツの悪さで座り直す。と、手に触れたソファの布地に驚いた。
家具には拘りのあるアルノルドでも、これ程柔らかで手触りの良い生地は知らない。絶対に市場には流通していないであろう、極上品だ。以前、侯爵家にお邪魔した時だって、これほどの家具には出会えなかった。どう考えても特別な献上品に違いない。
寮の備え付けではなく、持ち込みの家具であることは明白だが、こんな場で日常使い出来るぐらいに、地位も財力もある相手なのかと実感すると、自然と背筋が伸びた。
「改めまして、今回の依頼について詳しい情報をお伝えに参りました。紺碧師団としては不甲斐ないままで、非常に悔しく思っておりますが、民のためご助力頂きたく、お願い申し上げます」
「はいはい、勿論そのつもりです。——で、新しく何かあったんですか?」
あくまでも堅苦しい雰囲気にはしないようだ。まるで雑談かのごとく会話を進めようとする少年に戸惑いつつも、伝えなければいけないことを順を追って話す。
「まず、今回のノクスロスについてですが——」
0
お気に入りに追加
482
あなたにおすすめの小説
貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する
美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」
御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。
ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。
✳︎不定期更新です。
21/12/17 1巻発売!
22/05/25 2巻発売!
コミカライズ決定!
20/11/19 HOTランキング1位
ありがとうございます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活
天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた
兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる