禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

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魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。

捕食

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 クイナを抱き上げようと腕に力を込める寸前で、タイミングよく現れたアトリに制された。

 騒ぎを聞きつけて様子を見にきたのだろう。迷いない声音でスズメに指示を出しつつ、累の腕の中にいるクイナを受け取った。

「ご面倒をお掛け致しました」
「いや、こっちこそゴメン。次から気をつける」
「——気をつける……? 何をで御座いましょう」

 累の謝罪と反省に、クイナを片腕に抱えたアトリが、素早く反応した。改めて側で片膝を付き、真剣な顔で口を開く。

「累様が必要とされた時、いついかなる時にでも、その身を満たして頂けるように我々が存在するのです。魔力を持つだけの、発露する術のない我が一族が、唯一にして最大にお役に立てること……。クイナも本日の僥倖に、より一層のご奉仕を心に決めたことでしょう」

 そう言って、累の言葉を待つより早く立ち上がったアトリ。そのまま軽く腰を折り、累の手を取った。

「累様、どうぞ」

 低く囁いたアトリが、恭しく、累の手の甲へと口付ける。

 アトリの唇が、累の肌へと軽く触れた瞬間、クイナの魔力を捕食した時と同じ、小さな燐光が現れた。——それは魔力の輝きだ。光は、やはり累へと吸い込まれるように消えていく。……アトリが累へ、魔力を捧げ渡したのだ。

「っ、もう十分だ」

 非凡な魔力を保持しながらも、どうあっても扱うことのできない【止まり木】の一族。その中でもアトリの潜在的魔力は、群を抜いている。しかも、己の意思で累の魔力に喰わせる術を身につけた、極上の糧。幼さの残る愛らしいクイナの魔力を捕食した後では、その強烈な濃度に、捕食した側である累の方が酔いそうだった。

 ドクリ、ドクリ、と身体中が歓喜の悲鳴を上げるのを感じながら、昂ぶる魔力を鎮める為に口元を押さえる。

「虹彩が、真っ赤に染まっておりますね」
「……わかってる」
「黒い、黒過ぎる瞳の奥に揺らめく、深紅……。我らが貴方を戴くのに、これ以上の理由は必要ありません」

 累の手を離したアトリは、クイナを抱えたまま慇懃に礼をし、その場を辞した。

 残されたのは、ある種の酩酊状態に耐える累と、静かに控えるスズメだけだ。

「累様……」
「……ぁあ、ごめん。……もう上がる」
「はい、お拭きします」

 これ以上入っていると、今度は逆上せかねない。

 ゆっくりした動作でバスタブを出れば、すぐにスズメが柔らかいバスタオルを累の肩に掛けた。そして優しく水滴を拭き取ってくれる。

 軽い目眩を感じながらも、スズメの配慮ある動きをじっと眺めていると、

「……累様。私だって、いつでも捧げたいと思っております……」

 背の低いスズメが俯きがちに目線を下げると、その表情は殆ど見えない。ただ、下がった眉と、沈んだ声音から、落ち込んでいることだけはわかった。
 さっきの失態の件か? とも思ったが、違う。

 累が、クイナとアトリだけ捕食したことを気にしているのだ。

「気持ちは嬉しいよ、スズメ。でも、今は十分だから」
「——それならば、いつですか?」

 眉根を寄せ、すがるように上目遣いで見つめてくるスズメ。

 いつ捕食してくれるのか、と問い詰める声音は、悔しさと焦りが混ざっているように感じる。

 実は、スズメから魔力を貰ったことはない。その必要が無かった、というのが一番だが、もし彼女を喰ったとしたら、倒れるのは目に見えている。毎日累の為に気を配ってくれる彼女に、そんな無体を強いたくない、と思うのは当然だろう。

 普段であれば、たまたま側に居たからと言って、クイナから貰うことも耐えたはずなのに、今日は予想外に疲労が溜まっていたらしく、自制が効かなかった。自分でも溜息の出る失態だ。

 スズメ自身は常にはぐらかされ、機会を与えられていないのに、別の誰かが魔力を差し出した場面に遭遇すれば、不満にも思うだろう。
 そう理解はしていても、今すぐスズメの魔力を喰う気にはならなかった。

「もし、その時があれば、分けてもらおうかな?」

 困ったように返せば、スズメは小さく唇を尖らせた。

「……そう言って、私を食べる気はさらさら無いんです、累様は」
「そんなことは……。でもさ、クイナみたいに倒れるかもしれないんだから、そんな機会無い方が良くない?」
「違います。そういう事ではありません。……我が一族、【止まり木】だけが、累様にお仕えできる誇り。この世界にとって必要不可欠であり、唯一無二の真理をその身に宿すお方のお世話ができる幸せ。私は幸運にも、一番の側近くを許され、ここにいます。なのに、お召し頂けないこの苦しさは、累様にはわかりません……」

 拗ねたようなスズメの言葉は、髪を結っていない緩んだ雰囲気のせいか……。
 頭を撫でたくなる気持ちを押し留めて、スズメの弁を反芻してみるが、

「…………ふむ。確かに、わかんないな」
「納得なさらないでくださいっ!!」
「あははははは」
「笑い事では御座いませんっ!」

 思わず深く納得してしまい、その滑稽さに自分でも笑ってしまった。

 確かに、わからない。
 何を好き好んで、こんな滅私奉公をありがたがるのか。
 魔力はあれど魔法を使えない一族と、その魔力やノクスロスを捕食できる累。

 都合が良かったとはいえ、それだけだ。

 ひたすらに自己評価の低い累は、マイナスに考え始めると止まらない。
 累の特質が、どれだけこの世界の希望になっているか、知らないのだ。

 伝わらないもどかしさで、ぷりぷり怒るスズメの愛らしさに癒されながら、渡されたバスローブに袖を通す累。

 求められているならば、結果を出さなければならない。

 ——この世界のために。

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