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魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。
軽食
しおりを挟む「——ごめんね。ちょっと、ちょうだい」
それだけを言って、クイナの柔らかい手を取る。
「……ぁ……」
小さく驚いた声を上げたクイナを無視し、そのままグイっと引き寄せると、綺麗な指先に唇を落とした。
濡れたクイナの指が、累の唇を濡らす。
2人の間を繋ぐ、水滴。その周囲から、ぽわんとした燐光が現れた。
その輝きは瞬時に、累へと吸収されるように消えていく……。
「ありがと」
呆然とこちらを見るクイナへ礼を言い、手を離した。
飢餓感は、だいぶ薄れた。
それも当然だ。
累の魔力を使って、クイナの潜在的な魔力を捕食したのだから。
「っ……は、はい……」
解放された手を、自分の胸元で抱きしめるようにして、返事を返すのが精一杯のクイナ。頰を上気させ、恥ずかしがるように視線を彷徨わせる様に、アレ、と思う。【止まり木】の人間だから、当然知っているものと思っていたが、もしかしてクイナは何も聞かされていなかったのだろうか。——累の、この特性を。
何か言いたそうに、開いては閉じる薄めの唇を見つめながら、先に断っておくべきだったか、と悔やむ。
「えっと……クイナは——」
「——何も仰らないでくださいっ、累様。分かっています、クイナ程度のじゃ、全然ご満足されなかったですよね。ちょうど目の前にいたのがクイナだっただけで、深い意味が無いことも、わかっておりますっ」
「え……?」
「それでも、クイナを選んで頂けたのだと、嬉しく思う気持ちはお許しくださいっ。——お口直しに、スズメ様を呼んで参りますっ!」
「ぇえ…………?」
累の心配は、全くの杞憂だったようだ。向けた言葉を遮るように、テンパったクイナが見当違いのことを捲したてる。
想定外の反論に、色々と否定するタイミングを逃している間に、自己完結したクイナが立ち上がった。言葉通りであるなら、スズメを呼んで来るらしい。
持っていたタオルを脇の小桶に掛け、立ち上がったクイナが——、
「危ない……っ!」
一瞬、足がふらりと軸を失ったかと思えば、そのまま力が抜け、膝から崩れ落ちたクイナ。
だが注視していたのが幸いし、倒れる前に、細い腕を掴んで引き寄せる事は出来た。
「クイナ、大丈夫か?」
力の抜けた細い身体を支えながら、血の気の引いた顔を覗き込む。
伏せられた瞳はトロンと力無いが、深く吐く呼吸は落ち着いている。仰け反った細い顎が累の胸元へと寄せられ、熱い吐息が肌をくすぐった。
疑うまでも無く、魔力を捕食された事による、貧血のような症状だと察する。
「そんなに貰ってないと思うんだけどな……」
「——初めてで、舞い上がってしまったのでしょう」
累の呟きに答えるように、着替えを終えたスズメが、扉を開いて入ってきた。
流石に髪を乾かすことは出来なかったのか、タオルドライしただけのしっとりとした金髪を背中に流しているスズメ。三つ編みを解いたことでついたウェーブが、無防備な幼さを前面に出している。
「ごめん、クイナが……」
「承知しております。少し休めば回復するでしょう」
先程の醜態など全く思い起こさせることのない、冷静な従者の表情に戻ったスズメ。
今度は裸足で近付いてきて、累の腕の中にいるクイナを確認した。
「歩けは……しませんね……」
「ベッドまで運ぼうか?」
「——ご冗談を。私が運びます。スズメは引き続き、累様のご入浴のお側に」
「アトリ様……! 承知しました」
クイナを抱き上げようと腕に力を込める寸前で、タイミングよく現れたアトリに制された。
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