禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

文字の大きさ
上 下
30 / 62
魔法庁附属、魔法学校・紺碧校。本科。

軽食

しおりを挟む


「——ごめんね。ちょっと、ちょうだい」

 それだけを言って、クイナの柔らかい手を取る。

「……ぁ……」

 小さく驚いた声を上げたクイナを無視し、そのままグイっと引き寄せると、綺麗な指先に唇を落とした。

 濡れたクイナの指が、累の唇を濡らす。

 2人の間を繋ぐ、水滴。その周囲から、ぽわんとした燐光が現れた。

 その輝きは瞬時に、累へと吸収されるように消えていく……。

「ありがと」

 呆然とこちらを見るクイナへ礼を言い、手を離した。

 飢餓感は、だいぶ薄れた。

 それも当然だ。
 累の魔力を使って、クイナの潜在的な魔力を捕食したのだから。

「っ……は、はい……」

 解放された手を、自分の胸元で抱きしめるようにして、返事を返すのが精一杯のクイナ。頰を上気させ、恥ずかしがるように視線を彷徨わせる様に、アレ、と思う。【止まり木】の人間だから、当然知っているものと思っていたが、もしかしてクイナは何も聞かされていなかったのだろうか。——累の、この特性を。

 何か言いたそうに、開いては閉じる薄めの唇を見つめながら、先に断っておくべきだったか、と悔やむ。

「えっと……クイナは——」
「——何も仰らないでくださいっ、累様。分かっています、クイナ程度のじゃ、全然ご満足されなかったですよね。ちょうど目の前にいたのがクイナだっただけで、深い意味が無いことも、わかっておりますっ」
「え……?」
「それでも、クイナを選んで頂けたのだと、嬉しく思う気持ちはお許しくださいっ。——お口直しに、スズメ様を呼んで参りますっ!」
「ぇえ…………?」

 累の心配は、全くの杞憂だったようだ。向けた言葉を遮るように、テンパったクイナが見当違いのことを捲したてる。

 想定外の反論に、色々と否定するタイミングを逃している間に、自己完結したクイナが立ち上がった。言葉通りであるなら、スズメを呼んで来るらしい。

 持っていたタオルを脇の小桶に掛け、立ち上がったクイナが——、

「危ない……っ!」

 一瞬、足がふらりと軸を失ったかと思えば、そのまま力が抜け、膝から崩れ落ちたクイナ。

 だが注視していたのが幸いし、倒れる前に、細い腕を掴んで引き寄せる事は出来た。

「クイナ、大丈夫か?」

 力の抜けた細い身体を支えながら、血の気の引いた顔を覗き込む。

 伏せられた瞳はトロンと力無いが、深く吐く呼吸は落ち着いている。仰け反った細い顎が累の胸元へと寄せられ、熱い吐息が肌をくすぐった。

 疑うまでも無く、魔力を捕食された事による、貧血のような症状だと察する。

「そんなに貰ってないと思うんだけどな……」
「——初めてで、舞い上がってしまったのでしょう」

 累の呟きに答えるように、着替えを終えたスズメが、扉を開いて入ってきた。

 流石に髪を乾かすことは出来なかったのか、タオルドライしただけのしっとりとした金髪を背中に流しているスズメ。三つ編みを解いたことでついたウェーブが、無防備な幼さを前面に出している。

「ごめん、クイナが……」
「承知しております。少し休めば回復するでしょう」

 先程の醜態など全く思い起こさせることのない、冷静な従者の表情に戻ったスズメ。
 今度は裸足で近付いてきて、累の腕の中にいるクイナを確認した。

「歩けは……しませんね……」
「ベッドまで運ぼうか?」
「——ご冗談を。私が運びます。スズメは引き続き、累様のご入浴のお側に」
「アトリ様……! 承知しました」

 クイナを抱き上げようと腕に力を込める寸前で、タイミングよく現れたアトリに制された。

しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...