禍羽根の王 〜序列0位の超級魔法士は、優雅なる潜入調査の日々を楽しむ〜

しののめ すぴこ

文字の大きさ
上 下
8 / 62
近衛魔法士

宿屋にて②

しおりを挟む



「はい、お待ちどうさま。こんなスープだけでいいのかい?」

 恰幅の良い女将が、小さな丸い椀に入ったポトフのようなスープを、累の目の前に差し出した。
 ゴロゴロと大きな野菜が、くたくたに煮込まれていて、とても美味しそうだ。累自身は小さなスープしか頼んでいないが、周囲のテーブルで注文されている料理も、どれも手が込んでいる。

 ここは1階の大衆食堂。
 村の周囲を適度に散策した累は、最後の仕上げにと、部屋へ戻る前に立ち寄ったのだ。

 人気があるらしくテーブルはほぼ満席で、楽しそうな騒めきに満ちている。
 しかし酒場という向きが強いのか、まだ夕方だというのに、アルコールに顔を赤らめた男たちが多い。

「ありがと。実はまだお腹空いてないんだけどさ、美味しそうでつい頼んじゃったんだよね」
「なんだい、魔法学校の生徒さんなんだろう? もっと食べて精をつけないと! 奥のお嬢ちゃんはどうだい!?」
「いえ、私は後で頂きますので……」

 累の後方に控えているスズメにも声を掛けた女将。しかし普段通りのブレない態度で断るスズメに目を丸くした。

「あらま。若いのに立派な従者さんだこと。あんたよっぽど良いところのお坊ちゃんなのねぇ」

 感心したように頷きながら踵を返す女将に苦笑する。

「ほんとに。ただの生徒さんなのにねぇ」
「……今は編入前ですし、制服を脱がれたらいかがでしょうか? あまりお目立ちになるのは……」
「『魔法学校の生徒』っていう肩書きは便利なんだよ。色々と大目に見てもらえるし、一定の基準までの悪事には、この制服が抑止力になる」
「基準を超えた場合には……?」
「魔法士じゃないと歯が立たない相手ってことだね。それを炙りだせたのなら、目論見通りじゃない?」

 自分を囮にするかのような累の軽い発言に、顔が曇るスズメ。何か言いたそうに口角に力が入ったが、結局は、ため息ひとつで全てを飲み込んだようだ。毎回毎回、何度言っても改めることのない累の奔放ぶりに、無駄を悟ってくれたのだ……と思いたい。

「えーと……、言いたい事があれば、言ってくれて良いよ?」
「いいえ。我々が何を懸念しようと、累様は累様の思うように進んでいただければ良いのです。我ら【止まり木】は、傍に仕えることを許して頂けただけで、僥倖です。主人に何かを求めるなど、不遜極まりないことです」
「……従者の鏡だね」
「有難うございます」

 皮肉だよ、とは伝えずに、スープを一口飲む。

 想像通りの暖かい味が、身体をじんわりと温めた。
 これが累の身体に『栄養』として吸収されることはないが、ほっこりとした味に、ささくれ立ちそうだった心が安らぐ。

 食事を始めた累を見て、更に後方の死角へと移動するスズメ。邪魔になってはいけない、という配慮だろう。この律儀すぎる対応には、呆れを通り越して感心してしまう。

 暫く無言でスプーンを動かす累。

 と、隣の席から呼びかけるような声が聞こえてきた。

「…………なぁ……なぁ坊主……」
「……おい坊主は止めとけよ。魔法学校の生徒さんだぞ……」
「坊主は坊主だろうが……おい、坊主っ、1人寂しく晩飯かー?」

 ジョッキを片手に、陽気な顔をした中年の男性が、隣から覗き込んできた。
 一緒に飲んでいた仲間が、小声で制止しているが、気にする事なく席を立って近付いてくる。

 男は2人とも、簡素な洋服に機能性を重視したブーツを履いており、良い体格をしていた。日常の中で鍛えられたのだろう、健康的なマッチョさに、思わずヒョロリとした自身と比べて凹む。

「晩飯には早過ぎるなぁ、おやつだ、おやつ。食べ盛りの伸び盛りなんだから、いっぱい食えよー」

 そう言いながら、なんとも楽しげな風体で、断りもなく対面の席に腰を下ろした男。
 既にだいぶ出来上がっているようで、胡乱な目でテーブルを見つめると、累の前に置かれた椀を指差し、食べろ食べろとジェスチャーしてくる。

「お、そうだ、坊主。魔法学校の生徒なんだろう? 学校は大変か? もう魔法は使えるようになったか?」
「——おいおい、グレド、いきなり失礼だろう。……悪いな、生徒さん。酔っ払いの相手をさせちまって」

 累の返答が無いことなんて構うこともなく、ジョッキをテーブルに置き、興味津々に身を乗り出す男。
 それを横から仲間の男が諌めたのだが、フォローを挟みつつ、何故か椅子を累の横まで引っ張ってくる。
 断る隙もなく、気が付けばなんとも賑やかなテーブルになっていた。

 まるで初対面とは思えないフレンドリーな2人に挟まれ、戸惑うしかない累だったが、次第にこの珍しい状況が面白くなってくる。

「いえいえ、お気になさらず。……魔法が使えるか、という事ですが、魔法学校の本科生は、全員使えますよ」
「へぇ、そうなのか。スゲェなぁ、立派なもんだ! いやー……この町からはここ数年、一人も魔法士が生まれてないんだよなぁ……」
「……魔力の因子を持った子供が生まれる確率は、非常に低く、家系によっても偏りがあると言われていますね……」

 200人の子供がいて、ようやく1人可能性があるかないか、という程度だ。非常に稀な存在であることは間違いない。
 であるのに、家系によっては、何代も魔法士を輩出している名家もあり、その関連性は指摘されている。

「まぁま、人口の少ない田舎だから仕方ねぇよ、グレド。都会とは分母が違わぁな」
「いやぁーそうなんだがなぁ……。ここは魔法学校のお膝元だから、時々こうやって生徒さんに会うじゃない? 結構な人数がいるように錯覚しちまうんだよなぁ……」
「ほんっと錯覚だな。だって考えても見ろよ、紺碧領の全域からかき集めて、ようやくあの人数だぜ、なぁ?」

 それもそうだ、と苦笑しながらジョッキを呷るグレド。

 どこにいても、魔法士が不足しているという嘆きはなくならない。
 簡単には解消することが出来ない問題だ。

 なぜなら、可能性のある子供が生まれたとしても、魔力の才能があるだけではダメなのだ。育成していく中で、離脱する者も一定数いる。そして魔法士になったとしても、任務中の事故で、ポロポロと欠けていくのだ。

 どうしようもなく、人材が足りていない。

 だから猫の手を借りるかのごとく、累にしても、近衛師団として各地を回り、人手不足解消の一助を担っている。

「だが魔法師団の駐屯地ぐらいあっても良いじゃねぇか。魔法庁は、その方針で準備を進めてるって聞いたぞ?」
「あぁ、陛下が進言なさったらしいな。近衛師団が各地を回って、現状を視察されているそうだ」
「えぇえ? 近衛師団と言えば、全員が各色の師団長以上の実力を持った、超級の魔法士じゃねぇか。心強いなんてもんじゃねぇが……陛下が現状を憂いて下さっている、というのは有難い。……坊主は魔法学校の生徒だろ? 陛下に拝謁したことはあるか?」
「いえ、それは……」

 近衛師団員として、知っている話がないわけじゃなかったが、魔法学校のいち生徒では回答出来るわけがない。

「グレド、魔法学校の生徒だって、流石に陛下にお会いできる機会なんて無いぜ。なぁ?」
「そうですね。そういう機会は……」
「なんだよ、夢がねぇなぁ。どんな方なのか、話だけでも聞いてみたいもんだがなぁ」
「本当にな……。極一部の人間しか拝謁することが出来ないから、実は王はその座におられないとか、近衛師団が作り出した偶像だとか、色んな噂もあるもんだが……」
「ま、俺らは信じて敬うのみよ。——おい、近衛師団が動いてるのは本当か?」

 ぽんぽんと次の話題を振ってくる切り替えの早さ。ネタは尽きないようで、雑談は2人の酒の肴なのだろう。

 さっきから曖昧な返答しかしてないなぁと思いつつも、再び首を傾げるに留める。

 マシンガンのように話が止まらない2人に苦笑しかけた時、

「——魔法学校の生徒じゃあ、大した話は知らねぇよ」
「俺たちの時代も、そんな話は下りて来たこと無かったからな」

 突然、別の方向から新たに2人の男の声が、話に入り込んで来た。


しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

貴族家三男の成り上がりライフ 生まれてすぐに人外認定された少年は異世界を満喫する

美原風香
ファンタジー
「残念ながらあなたはお亡くなりになりました」 御山聖夜はトラックに轢かれそうになった少女を助け、代わりに死んでしまう。しかし、聖夜の心の内の一言を聴いた女神から気に入られ、多くの能力を貰って異世界へ転生した。 ーけれども、彼は知らなかった。数多の神から愛された彼は生まれた時点で人外の能力を持っていたことを。表では貴族として、裏では神々の使徒として、異世界のヒエラルキーを駆け上っていく!これは生まれてすぐに人外認定された少年の最強に無双していく、そんなお話。 ✳︎不定期更新です。 21/12/17 1巻発売! 22/05/25 2巻発売! コミカライズ決定! 20/11/19 HOTランキング1位 ありがとうございます!

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

ナイナイづくしで始まった、傷物令嬢の異世界生活

天三津空らげ
ファンタジー
日本の田舎で平凡な会社員だった松田理奈は、不慮の事故で亡くなり10歳のマグダリーナに異世界転生した。転生先の子爵家は、どん底の貧乏。父は転生前の自分と同じ歳なのに仕事しない。二十五歳の青年におまるのお世話をされる最悪の日々。転生チートもないマグダリーナが、美しい魔法使いの少女に出会った時、失われた女神と幻の種族にふりまわされつつQOLが爆上がりすることになる――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

断腸の思いで王家に差し出した孫娘が婚約破棄されて帰ってきた

兎屋亀吉
恋愛
ある日王家主催のパーティに行くといって出かけた孫娘のエリカが泣きながら帰ってきた。買ったばかりのドレスは真っ赤なワインで汚され、左頬は腫れていた。話を聞くと王子に婚約を破棄され、取り巻きたちに酷いことをされたという。許せん。戦じゃ。この命燃え尽きようとも、必ずや王家を滅ぼしてみせようぞ。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...