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近衛魔法士
プロローグ
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馬車を降りた途端、薄寒い空気が肌を撫でた。
まだ太陽は高く見えるが、季節が秋色に移ろいでいるのを、その身に沁みる。
峯月累は、制服の上から着込んだ黒い外套を手繰り寄せた。
「けっこう郊外だね」
周囲に目を向けるも、商業施設は殆どなく、民家が点在する以外は、小さな田畑や舗装されていない道が続いていた。遠くには大きな街が見えるものの、徒歩では数刻程度はかかるだろう。この世界では標準的な田舎町だ。
農道を歩く作業中の人々は、こんな辺鄙な場所で止まった馬車に、好奇の目線を投げている。
しかしそういう反応にも慣れっこな累は、気にすることなく、次の宿へはあとどれくらいだろうかと道の先を見つめた。
「——お疲れですか、累様」
背後から掛けられた声にチラリと振り返る。
そこには、フード付きのポンチョを着こなした美少女がいた。整った目鼻立ちには幼さも残っているが、凛とした佇まいが魅力的な彼女は、累の従者であるスズメだ。
同じく馬車を降り、御者から受け取った大きなトランクケースを両手に下げている。
「大丈夫だよ、座ってただけだしね。今から歩くのも、大した距離じゃないんだろ?」
「はい、半刻もかからないかと……。まさか馬車が通れない道とは知らず、申し訳ありません」
「いやいや、たまには歩かないと。運動不足になりそうだよ」
移動にはひたすら馬車を使わされて——いや、使わせて貰っているから、本当に歩く習慣がなくなっている。いい機会だから、散歩がてら歩こうと思ったのはいいが、身一つでは無いことを失念していた。
「えっとさ……荷物、重くない? 持とうか?」
普段、これは従者の領分だと、荷物類には目も触れさせて貰えない累は、実際の重さを確かめたことはない。
しかし、累より頭一つ分は小柄な少女であるスズメには、不似合いなほど大きいトランクケースだった。
こんな女の子に荷物を持たせたて、自分は手ぶらだなんて、心苦しいにも程がある。
男として自然な申し出を口にしただけだったのだが、
「滅相もありません」
憮然とした顔で、首を振り断るスズメ。柔らかい金髪のおさげが、動きに合わせて左右に揺れている。
「でも重いでしょ? ちょっと貸してみなよ」
「いいえ、お気持ちだけで。私のことは風景の一つとお考えください」
「それは無理でしょ。じゃあ途中で交代——」
「——累様。私も【止まり木】の中から選ばれた幸運な者なのです。しっかりとお役に立てるよう、鍛えてあります故、その機会をお奪いにならないで下さいませ」
気安い雰囲気を醸し出しながら、トランクケースを渡してもらおうと食い下がってみるも、冷静すぎる有能な従者に、ぴしゃりと斬り捨てられてしまった。『機会を奪うな』なんて言われてしまえば、こちらの善意が見当違いなのかと、それ以上何も言えなくなる。
いつもながら反論し辛い言い回しだ。
「うっ……そういう言い方をされると……」
「いい加減、慣れて頂きますよう、お願い申し上げます」
それが無理だから気になっているわけで。……なんて、スズメの属する【止まり木】の人間には通じないだろう。彼らの生活は、全てが累の為、で成り立っているのだ。
そう。【止まり木】とは、累の為に組織されている集団だ。
近衛師団に属する魔法士として、気ままに放蕩する累の生活を、快適に、かつ安全であるように、裏や表で手を貸してくれている。
スズメや、今は不在だがアトリは、【止まり木】を代表した従者なのだ。……ただし、押し掛けの。
「さぁ、行きましょう、累様。少し歩いたところに、目的の宿がございます」
スズメに促され、足を踏み出す。
道の先に見える、小さな町の中心部へと。
【止まり木】の手によって美しく磨かれた革靴が、走り去って行く馬車の砂埃で、汚れていくのが視界に入った……。
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