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どうあがいても私
しおりを挟む私たちはカフェに座って二人とも紅茶を頼んだ。
コーヒーは苦いから苦手らしい。
私も同じ理由だけど、なぜか言えなかった。
自分の苦手なものとか好きなことを軽々しく口に出すのは抵抗がある。
何をコーヒーぐらいで、と笑われてしまうかもしれないが、そんなナイーブでデリケートで重々しいのが私だ。
そんなのが私だなんて教える仲じゃないし、知ってほしいとも思わない。
こんな私に付き合ってもらう人が友達だとしたら、なんて救いのない話だろう。
私の嫌いなところを誰かが受け入れてくれるなんて、そんなおとぎ話あるはずがない。
そう思うと前にいる彼女は何者なんだろう。
ただのワイワイしてる陽キャだと思っていたけど、私には及びつかない聖母のような存在なのかもしれない。
運ばれてきた紅茶で重い一息を付いて、たわいのない雑談に戻る。
「なんで私に声かけたの?」
「なんでだろう」
「分かってないんかい」
私は呆れつつそう返す。
元来そういう性格なんだろう。
すごいなーとは思うがそれまでで、それ以上の感情は出てこなかった。
それからというもの、私たちは休日の過ごし方やや勉強のことなどたわいのない話を。
というよりは、どうでもいい話と言った方が正確だろう。
最初の威勢はどこへやら、もう最後の方には相槌マシーンになっていた。
別に彼女が独りよがりに話続けているわけではない。
むしろ話題を振ってくれたり、話しやすい環境を作ってくれているのは伝わっている。
でも、やっぱりどうしても自分のことを軽々しく話す気になれないのだ。
口から言葉と一緒に自分の一部を吐き出している気になる。
自分が少しづつすり減って、削れて、日に映った私の影さえ消えてなくなってしまう。
大袈裟だろうか?
きっと、私以外の誰にもわからない感覚なのだろう。
それから、私たちは駅で別れた。
カフェに入った時とは明らかに違う類の安心感が私を包む。
今日、教室で声をかけられたときはあんなに舞い上がっていたのに、今となってはこの孤独感が愛おしい。
まぁ、今日の友達体験コースは悪くはなかった。
密かな憧れのようなものを持っていた私の幻想を打ち砕いたという意味で。
連絡先も交換していないし、もうこれっきりで私たちの関係は終わりだ。
何かが始まるとか言っていた私は今日の思い出の中に閉じ込めておこう。
勝手にあだ名をつけて読んでるとか、思い出すとちょっと恥ずかしい。
いつもよりゆっくりお風呂に入って疲れを落とした後、沈むようにベッドに入った。
明日が、昨日と何も変わらないことを願って。
涙が私の目から溢れてくる。自分の意志ではどうにもならなくて、ハンカチで拭いて鼻をすする。
流行りの映画を見たわけでも、感動的な小説を読んだわけでもない。
そもそも私は小説を読まない。
心無い人の言葉はどうしてこんなにも人を、私を、傷つけて、何も知らないふりをして去っていくのか。
こんな思いをしないために頑張ってきた私を簡単に踏みにじる。
結局どうにかなったのはかろうじて自分のことだけで、後の全てがどうにもならないものだった。
少し前に話をした彼女はそうではなかった。
一見透明ぶっているが、自分というものをしっかり持っていてそれが何よりも大切だということが分かっている人だ。
だから私はあの日、声をかけた。
私以外の誰も知らないことだが自発的に声をかけたのは高校では初めてだ。
自発的というのは正しくないかもしれない。
もっと正確に言うなら、「自分が自己に駆り立てられて声をかけたのは」というべきかもしれない。
ほかの誰として、彼女のような人はいなかった。
みんなでグループを作り、安全な殻の中に閉じこもる。
そうしないとどんどん心が冷たくなって、凍えてしまう。
一度外に出ると戻ることはできないし、別の殻に入れることもまずない。
殻の中は一種の閉鎖的な社会を形成していて、常に自分たちの優位を主張しあう。
時にはほかの殻に攻撃もする。
そこでは、平和主義者は厄介者で規律を乱す嫌われ者になり、矛先がそちらへ向いてしまう。
それが、私から見た学校という異常な空間。
だから、私が彼女を見たときに何か憧れのようなものを抱いたのはごく自然と言える。
そりゃあ、輝いて見えるよ。
一人だけこの堅苦しい世界から解放されているのだから。
そんなわけで私は声をかけた。嘘までついて。
感触ははっきり言って悪かった。
どうにも自分に興味を持ってもらえる気がしない。
「おもしれー女」とそれでもいいから次につなげたいと思ったけど、あえなく撃沈した。
つまるところ、私は学校という場所の風景の一部でしかない。
彼女にとって、私のようなふにゃふにゃな人間はすべて等しく同じなのだろう。
ネガティブがネガティブを呼んで視界がまたぼやける。
放課後の学校は物寂しくて、何も入ってない私の心のようだった。
悲しみに暮れていたせいで、足音に気が付かない。
教室の扉が開いて、憧れを向けた彼女、西野春香と目が合った時は何の悪夢かと思った。
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