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変わらない世界と劇的な日

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「何が言いたい? 俺らを全員逃がしてくれるっていう話なら、ありがたくそうさせてもらうぜ」

野盗はまだ、エレノアの言葉の意図を汲み取れていないようだった。
どうすれば、伝わるのだろう。
私の陳腐な言葉が彼らに届くイメージが湧かない。
今私にできることは、成り行きを見守る事だけだ。

「そうじゃない。それだといつか私じゃない誰かに捕まることになる。遅いか早いかの違いだから。もっと根本的な解決をしてほしい」

「根本的? 俺らに足を洗ってお店を開けとでも言いたいのか?」

「端的に言えばそう。別にお店は開かなくてもいいけど」

「何を言うかと思えば、お前は俺らにお説教しに来たのか? 笑わしてくれるなぁ!」

その声は届かない。
この言葉に込められた気持ちも。
歯がゆい。
今私が考えていること、感じたことを全部叫びたいほどもどかしい。
でも、私は閉口したままだった。

「何も笑うようなことは言ってない。でも、私はあなたに笑っていて欲しい。
あなたが無理やり憲兵に捕らえられて、仲間と引き裂かれるなんてことは私も全く嬉しい事じゃない」

「……なんでそこまで言える。お前は赤の他人で、俺はそいつを攫って売り飛ばそうとした奴だ」

「確かに今までに犯した罪を償うことは絶対に必要だよ。でも、その人が幸せになることを否定するのは間違ってる。
街ゆく人も、小さな女の子も、悪事に手を染めてしまった人も、全員幸せになってしまえばいい。それが一番だと分かってるから、私はそれを目指す」

「……理想論だ。そんなの」

彼の返す声は覇気を失っていた。
目線も下がっていて、エレノアとまともに目を合わせることが出来ていない。
何かを思い出してるようでもあった。
おそらく、自分が諦めたものを。
何かを諦めて、納得できなくて、それでも無理矢理自分にこれで良いと言い聞かせる。
その目に見覚えがあった。
いや、正確には見ていないけど、私と同じ目。

「理想論じゃない。今から手にする現実だよ。勇気を、持って欲しい。自分と向き合う勇気を」

「…………」

その言葉に、何も返さない。
エレノアが言葉を続ける。

「私に出来ることなら、何でも協力させてほしい。
もしも、あなたの正当な行動に対して不当な評価を受けることがあったら、私は真っ先にあなたの味方として駆けつける」

いやに長い静寂が訪れる。
その後、ため息か深く吐き出した息か分からない呼吸の音が聞こえて。
世界に音が蘇る。

「分かった、分かったよ。俺の負けだ」

武器を置き、両手を肩の上に上げる。

「すまんな、お前ら。逃げるなら今が最後だぞ」

仲間を見渡してそう告げる。
しかし、誰も動かない。

「これが俺らの答えだ。憲兵に突き出すなりなんなりすればいい」

彼は自嘲気味に笑った。
また何かを諦めたのだろう。


ああ、もう限界だ。
ごめんなさい。
先に心の中で謝っておく。
今からぶちまけるものがどんな意味を持つか、はっきりとは分からないけど。
このまま、話が終わるのは考えられなくて。
前を、彼を見つめる。

「分かってないだろ!何も!! 何が俺らの答えだ!あんたは諦めて、逃げたんだよ!答えを出すことに!!」

叫ぶ。
声の限り。
開いた口から、何かが出てしまいそうだった。
その発言で私の中の空気が足りなくなって、肩で息をする。
止まらない予感はしてた。
それは言葉だけじゃない。
憤りを隠さずに歩み出る。
リーダーと呼ばれていたその人の前、名前も知らない。
私と姉の日常を壊した張本人。
確かに私は苛立っている。
でも、恨みじゃない。
その感情に身を任せて、私より頭一つも背の高い愚か者の胸倉を掴む。

「何勝手に諦めて、それで手打ちにしようとしてるんだよ! 答えを出せよ!言って見せろよ!自分の言葉で!!」

もし、逆上されたとしてもそれでよかった。
このまま、何も決めようとしない、玉虫色の言葉で終わらされるのはどうしても納得いかない。
彼の決断を聞く権利ぐらいは私にはあるはずだ。

「あんたが言ったんだろ、俺らと同じだって。子供は先に進んだよ! あんたはずっとそこにいるのか!!」

感情で頭がぐしゃぐしゃになって涙が出る。
何の涙かも分からない。
このまま、何も言葉が返ってこないなら、もうそれ以上何も言うつもりはなかった。
ここから立ち去ろうとさえ思っていた。
でも、次の言葉を発したのは私じゃない。

「お前に俺の何がわかるっていうんだ! 俺だって、そうありたいに決まってるだろ! 
傭兵時代に見てきたんだよ、俺と肩を並べてた奴が軍にスカウトされて、俺の行きたい先を当たり前のように超えていく奴。
自分の生きる道を見つけて離れてく奴。羨ましかった!俺は何にもなれずに停滞し続けて、気が付いたらこんなんになってたんだ。
俺はお前が羨ましい。まだ、何にでもなれるお前が!」

やっと、本音を聞けた気がした。
これを、嬉しいと思う私は相当エレノアにあてられているらしい。
私がこんな事をするなんて、姉が聞いたら驚くだろうか。

「ならどうするんだ? それは答えになってない」

「いや、言いたいことは言ってやった。言わせてもらった。俺は……、お前を目指すことにするよ。何かを信じて、前に踏み出せるお前を」

「私は止まらないよ」

「ああ、いつか追いついてやるよ。それと……」

「それと?」

「…………ありがとう」

大の大人が照れくさそうに言った。
その言葉。
本当に、本当にふざけんな。
なんで、こんなやつからその言葉を聞かなくちゃならないんだ。
いつぶりに聞いたのか思い出せないその言葉。
私は誰かにそう言って欲しかった。
けれど、その誰かはこいつじゃない。
そう言い聞かせても、私の目から大粒の涙が流れる。
ただ、嬉しかった。



それから、私たちはまず姉を助けた。
姉と再会したら泣いてしまうと思っていたのに、さっきまで泣いていたためだろうか。
私は逆に笑顔だった。
やっぱり嘘。
それは、最初だけで。

「私は詳しい事は分からないけど、リーシャならきっとやってくれるって信じてたよ」

姉のその言葉で一番私が報われた嬉しさを感じて。
まるで、子供のようにわんわん泣いた。

その後は街まで野盗たちを連れて行った。
エレノアさんが憲兵に、野盗たちを手荒に扱わないようにとうるさく言っていたこと以外は、穏やかに事が進む。
何だか、全てが小事に思えた。

「これはあなたの分ね」

エレノアさんがそう言ってくる。
渡してきたのは野盗を連れてきたことに対する報酬の半額。

「もらえませんよ!」

当たり前だ。
私は助けてもらった側で、報酬を受け取る立場にない。

「半分だけ、もらってくれない? もう半分は、あの人たちに貰ってもらう」

あの人たち、とは野盗のことだろう。
もう、なんて人なんだろう。
最初から自分の分なんて勘定にないのだ。
喜んで受け取ってもらう事こそ、この人の本懐なのだと否応なくわかってしまう。

「分かりました。貰います。だけど、貸し一つですよ!」

もちろん、冗談だ。

「分かった。もし、私に出来ることがあったらいつでも呼んでよ」

至ってまじめに返される。
どうにも、伝わってるようには感じない。

「貸しなんてなくても、来てくれるでしょうに」

私はあえて拗ねたように言ってみる。
その態度に気が付いたのか、エレノアさんはふふっと笑う。

「もちろん」

それは見惚れてしまうような笑顔で。
見事に私の心と返しの言葉を、奪ったのであった。
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