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それは信仰の始まり

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卑怯とは私のために作られた言葉なのだろう。
私のような人間を揶揄するために。

父親の姿を見たことはなく母親は幼いころに病気でこの世を去ってしまった。
姉は気が弱く、何かを決めるときは私が主導となっていた。
そんな中私たちが生きるのは簡単なものでない。
幸い、仕事があったため日々をやり過ごすことは出来た。
しかし、見通しのない生活をこの先ずっと続けていくと考えると、あまりに不安が大きくて。

それでも、私たちが頑張ってこれたのは希望があったから。
希望と言うか夢のようなもの。
それは、姉が薬師として自分の店を持つこと。
そのために私たちはよく森に薬草を摘みに行っていた。
それが、私の唯一の楽しみだった。


「もっと森の奥まで行ってみよう!」

「危ないよ……」

「大丈夫だって!」

ある日、私は怖がる姉の手を引いて森の奥まで入って行った。
そのあとに私たちの全てが壊れることになる。
リーシャとエンリの全てが。
危ういけど、笑顔があった日常も何もかも。

私たちが野盗にさらわれた後、私は交渉をした。
それは、私たちの代わりの人を連れてくること。
それを聞いた野盗は嗤っていた。
俺らと同じだ、と言って。
私もそう思った。
自分が幸せになるために、人を不幸にする。
そんな行為が、善か悪か判断のつかない年齢でもなかった。

姉を人質に取られていて、誰かに助けを求めることもできなかった。
いや、元から助けを呼ぶ人なんていない。
私がやるしかなかった。


エレノアさんとアンリさんを見つけた時は、安堵の息が漏れた。
最低だと思っても、笑顔作って彼女らを騙そうと励んでいる自分がいた。
これから起こる事なんて知る由もない彼女たちが、私に優しく接してくれる。
会話こそ少なかったけれど、それが心地よかった。
心地よいと感じてしまった。
一瞬だけ、本当に私がここにいていいのだと錯覚を起こしてしまうほどに。
彼女たちが優しく接してくれる分だけ、後ろめたくなる。

だから、逃げた。
全力で、後ろを置き去りにして。
私の記憶の中で彼女たちから向けられている優しさが笑顔が、失望で書き換わらないように。
こんな時まで私は自分勝手だった。
その時に聞こえた言葉は思わず私を立ち止まらせる。

「私はここにいる全員が救われる方法を知ってる」

それは甘言。
私が欲しくてどうしようもなかった言葉。
だから、足を止めてしまった。
でもすぐに、襲い掛かる野盗が、降りかかる武器が、私を現実に戻す。
無理だ。
こんな人数に勝てるわけがない。
私たちは誰も武器すら持っていない。
魔法が使えるはずもない。
もし使えたとしても、多勢に無勢。
私にはもうどうすることもできない。
私にできることは全員を救うと言った彼女を信じることだけだった。

「掴まって」

私は反射的に、けれど力いっぱい彼女に掴まる。
その後すぐに体が浮いた感覚を覚える。
浮遊感が怖くて思わず目を閉じてしまう。

「いつの間に!?」

野盗から驚きの声が聞こえて、私はゆっくりと目を開ける。
そこには、振り下ろされた剣を素手で受け止めるエレノアがいた。

「すごい……」

うまく言葉が出てこなくて、簡単なものになってしまう。
剣を振り下ろされて、明確な敵意を向けられても、彼女に感情の揺らぎは見えない。
まるで、子供のいたずらを咎める親のような愛さえ感じ取ることができる。

「これで分かったと思う。私と戦うことに何の意味もない。だから、武器を置いて欲しい」

私なら迷わず従うだろう。
こんな人間離れした人物とわざわざ戦う理由なんかない。
無用に怪我人を増やすことはどちらにとっても本意ではないはずだ。
でも、返された答えは私の予期したものではなかった。

「俺らに武器を置かせて、どうするんだ? 結局憲兵に突き出されて強制労働させられるぐらいなら俺は戦う! これでも俺らは傭兵時代からの仲で、俺はそのリーダーをずっとやってきたんだ!一人でも多く逃がしてもらうぜ!!」

「リーダー!!」
「俺も剣を置かねえ!!」
「俺らも最後まで戦うぞ!!」

今まで沈んでいた野盗たちの士気が、リーダーと呼ばれている男の言葉で大きく上がる。
何と無謀な決断だろうか。
私はそう思った。
ここまでの力の差を見てもなお、抗おうとするのかと。
全く合理的ではなく、ばかげている行為。
彼らは一体何のために戦いに挑もうとしているんだ。
何を欲しているんだ。
そう疑問に感じて…………。

思い出す。
思い出される。
私のこと。
私も、全く同じであったこと。
野盗に攫われた後、私は私にできる最良の未来を掴もうとあがいていた。
必死に。
姉を想う気持ちがあった。
一緒にまた笑い合いたいと切に願う私がいた。

ただ、幸せになりたかった。

彼らもまた立場が違えど、仲間のことを考えていることには変わりはないのではないか。
……自らの幸せを切望していることには変わりはないのだ。
その感情にどれほどの違いがあるというのだろう。

そう思った瞬間あの言葉がフラッシュバックする。

「私はここにいる全員が救われる方法を知ってる」

私はあの時全員が誰なのかを考えるまでもなく、私とエレノアさんとアンリさんだと思った。
でも、そうじゃなかった。
エレノアという人物から見た時に、私と野盗はどちらも救う対象だったんだ。
その結論に至った瞬間、私は彼女の次の言葉で確信を得ることになる。

「私は全員救うと言った。その全員に、例外はない。小さな女の子も仲間のために剣を振るう野盗も全員だ」

私以外予期しなかった言葉。
静寂の後に『え……』、という声にならない絶句が聞こえた。
力いっぱいに殴られると思ったら、優しく抱擁されたようなちぐはぐな感情を抱かせるもの。
私は自分の前に立っているエレノアという人物が、私と同じものでできているとは到底信じられなかった。
気が付いたら、胸の前で手を組んで彼女に祈っていた。
そうするべきだと、信心薄い私の誰かが言ったのだ。
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