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プロローグ 愛は無常に過ぎる

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 ひどく冷たい。
 私はいま、血の海に体を沈めていた。
 全身から床に流れ出す血液で、海の底に沈んでいってる感覚のようにも思えた。
 震える手をなんとか動かしてお腹に触れる。
 刃物の柄がお腹の真ん中から外へと飛び出していた。
 違う、そうじゃない。私は彼女に刺されたのだ。
 それも突然。

「どうして……、こんなことを。ミ……ツキは私のことが……な……いの? ケホケホッ」

 まともにしゃべることすら出来なくなっていた。
 私はもうすぐ死ぬのだろう。
 彼女は月明かりの元で薄い唇の端を軽く吊り上げていた。

 私にとって、この村で唯一の同年代の女友達。そしてなにより、私がずっと好意を寄せてきた。性別の枠を超えてただ一人、好きになった人。
 同郷の幼馴染の男友達である彼ではなく、目の前の彼女のことが私はずっと好きだった。
 彼女はそんなうちに秘めた感情などお構いなしに、私を見下ろしながらゆっくりと口を開いた。

「これでやっと、わたしだけを見てくれる……。彼は誰にも渡さないんだから」

 彼女も私のことが好きだと思っていた。
 でもそれはすべて私の勘違いだったことを死の間際に気づかされてしまった。

「そうだったんだ……」

 意識がだんだんと遠くなっていくのを感じた。
 目の端にかすかに見えるそれ。
 ベッドの棚から落ちたであろう変な人型の木人形を無意識に手に取った。
 この人形を見ていると思い出すことがあった。

 これと似た感覚が以前にもあった。今から5年前、10歳の誕生日のとき。突然意識を失って、目覚めたときにはベッドの中で次の朝を迎えていた。
 それもいい思い出だ。
 私の人生はここで終わるけど、出来れば天国に行きたいな。
 人は死んだら、意識はどうなるんだろうか。
 地獄とか本当にあるの?
 死ぬまでのわずかな時間が永遠の時のように長く感じるのは気のせいだろうか。
 
(「暖かなぬくもりの中でうずくまるこの感覚は……」)

「あれ? 私、死んだ……んだよね?」

 自分の声が聞こえたことに驚きで目を見開く。
 すると、そこは見覚えのある部屋だった。
 前とは少しだけ違う、けどはっきりとここが『私の部屋』だとわかる。
 昔の記憶と同じ、前よりも少しだけ広く感じる間取りと、変な木の人形。

 頬をつねって、思わず痛みにもだえる。
 腕をさすって本物かを確かめる。
 ベッドからすばやく飛び降りて、その場で駆け足をしてみる。
 床の木の板がぎしぎしと鳴った。

「死んでない? あ、お腹は!?」

 慌ててロングスカートを巻くり上げてお腹を確認した。
 何の跡もない。

 なんとなく、としかいえないけど、あの日の出来事が消えてなくなってしまったみたいに感じた。

 たしかに、傷を無かったかのように治す魔法はある。
 だがこの村にはそんなことが出来る者は居ない。
 それ以前に、私は自分の体に違和感を感じていた。
 全体的に縮んでいるのだ。腕も足も。
 それと目に見える周囲の景色が前よりも少しだけ低いのだ。
 ベッドの棚は私の方ぐらいまであったはずだ。それが頭の上にある。
 背が低くなったのだ。

 そういえば13歳のあたりで、私って急に背が伸びたんだっけ……。
 私は部屋を勢いよく飛び出して、調理代の前に居た母親に声をかけた。

「ねえ、お母さん! 今って何年の何月何日? あ、そうだ。私っていま何歳?」

「え? 突然どうしたのよ。いまはシグニティ暦444年4月4日だけど? 10歳に昨日なったのよ」

「やっぱり……ここは5年前の世界?」

「何言ってるの? やっぱり気絶してたからどこかおかしくなってるんじゃないかしら……。王都で治癒術士の方に見てもらわないとダメかしら」

 母の心配など二の次に、私は驚きと同時に恐怖を感じた。

 とっくの昔にこの村の中で私の居場所なんてなかった。そのことを五年後の死の直前で知ってしまったのだ。
 私を殺したいほど邪魔だと思っているあの幼馴染のミツキと、どこかネジの飛んだ頭の幼馴染の彼、セトだ。
 
 ミツキの方が彼と一緒にと誘うから、私も仕方なく一緒に居て仲のよい振りをしていただけの関係だ。
 今思えば、ミツキは彼のことが好きだったのだ。だから、遊びにも誘っていた。
 村の同郷で同年代だからと思っていた私はどれだけ目の前のことが見えていなかったのだろう。

 けど、こうして時間が巻き戻ったのなら、同じ過ちを繰り返すことも無いだろう。

「よし、この村を出よう!」
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