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斎藤福寿、守咲窓華と終わりに向かう日々。
5 僕はティラミスをどうするべきか
しおりを挟む八月二六日水曜日
僕はどうしようか豆腐のティラミスを作った後にどうしようか迷った。届けないで窓華さんが死ぬのは嫌だと勝手に考えた。だから僕はティラミスを届けることに決めたのだ。マザーが反応しないということはこれもありの選択肢なのだろう。僕は夜の病院に向かって自転車を走らせる。その日も夜空が綺麗だった。夏の大三角のことを話したことはつい最近。僕はそれなのに懐かしく思っていた。
もうお見舞いの時間が過ぎている病院に、僕はティラミスをかばんに入れてこっそりと入り込む。窓華さんの病室の前に来てまだ生きていることに嬉しくなる。もうすぐ死んでしまう。二時五六分まであと一時間ぐらいある。僕はドアを開けると窓華さんがびっくりして飛び起きた。
「なんでこんな夜に来るの?」
「豆腐のティラミスです。ココアパウダーは買いました」
深夜の病院で寝ている窓華さんに話しかける。僕は結局会いに来てしまった。弱いから会いに来てしまった。最期だなんて思いたくなかった。
「買わなくても良いって言ったのに。使い切れなくて余っちゃうからもったいないことになるよ」
「まぁ、税金だから僕のお金ではないです」
「だから国家が腐るんだよ」
ココアパウダーに血税が使われていると知ったら、怒る国民も一定数居る。オールドジェネレーションなんて特にそうじゃないか。というか、これはネクストジェネレーションでも怒るか。
「美味しいですか?」
「ホットココアの粉末についてはね、代用というか、互換性だと思うのよ」
「そんなに税金について考えます?」
僕はココアパウダーを税金で買ったことを、窓華さんがまだ気にかけていると思ったがそれは違うらしい。豆腐のティラミスを食べてうなりながら答える。
「いや、世の中は自分の上位互換と下位互換でなりたってる」
「まぁ、それは認めますよ」
「ココアパウダーに代用品があるように、私の代わりだってたくさん居るわけ。それに誰かの特別になれるかなんて思っていない」
僕にとって窓華さんは特別だ。新卒で最初の寿管士の保護人だから、嫌でも記憶に残る人。だから忘れられない人だ。友人関係でも恋愛関係でもない。仕事上の付き合いだけど、僕にとって深く関わった人。
「窓華さんは窓華さんですよ」
「私は私だよ。でも私にしかなれっこない。良い意味でも悪い意味でも、産まれてからずっとひとりぼっち」
「産まれるときも死ぬときも一人だし、僕みたいに友達が少ないと生きているときだって一人です」
人は裸で産まれてくると昔は言われた。今はマザーによって付加価値を付けられて産まれてくる。それでも試験管の中では一人だ。そして死ぬときも、遺書に書いた年齢に始末しに来る人の存在は知っている。でも一人で死んでいく。僕なんてもっと酷い。友達が居なくて、生きることも一人だった。
「それはみんな一人だよ。寂しくて惨めでみんな孤独だよ」
「じゃあ、僕は帰りますね」
泣きそうになる窓華さんに僕はどう接して良いか分からない。ただ帰ると伝えて帰ろうとした。今度会うときは、もうこうやって話すこともできないのだろう。僕はその現実がつらかった。
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