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斎藤福寿、守咲窓華と終わりに向かう日々。
3 入院と玉ねぎのすき焼き
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「一番高い牛肉ください」
僕はスーパーマーケットの肉売り場でおじさんに話しかける。
「おや、今日は一人かい?奥さんは?」
「あの人は奥さんじゃないですけど、一番高い肉!」
「一番高いのは一00グラム五000円ぐらいするけど、君にそんな肉が合うとは思えないね」
意地悪なおじさんはそう答えた。僕も五000円はちょっと出せないなと思って近くの売り場を見ている。でもグラム単位でそんなに肉は変わるのだろうか。
「肉屋のおじさん、次に高いのは?」
「一00グラム三000円だよ。これも一応黒毛和牛」
「じゃあ、それを四00グラムください」
窓華さんは三00グラムぐらいと言ったけど、僕は見栄を張っていた。おじさんははいはいと言うと、肉をしっかり測って紙袋に包んでくれる。それをレジに持っていったわけだけど、一万超えなわけで僕はびびっていた。その肉を帰って料理するときも、どこかびくびくしていた。
八月二四日火曜日
「うん、美味しい。才能あるね」
「そうですよ、あんな適当レシピでよく作れたと思います」
「この牛肉美味しいねぇ」
窓華さんも昨日奮発して買った肉の良さを分かってくれたようで、僕も安心していた。これで豚肉と言われたらショックも大きい。いや、豚肉と牛肉は味が違うから間違える可能性は低いか……
「分かります?」
「高かったでしょ」
「まぁ、それなりの値段はしましたよ」
そう言って値段を誤魔化した。すると窓華さんは一00グラム二000円でしょ?とかいろいろ聞いてきたので困った。実はもっとするんだよなぁ……
僕は昨日のノートを渡す。窓華さんは今日も点滴をしていた。点滴の色は黄色だからビタミン剤だろうか。窓華さんが死にたくないように、僕だってこの仕事になんてなりたくなかった。僕はパイプ椅子に座って、最上階の病室から見える綺麗な景色を見ていた。そして窓華さんが食べたタッパーを洗い場に持って行って洗う。その間に今日のレシピを書いたようだ。今回は早く書けるレシピなんだなと思ったけど、昨日だって適当だった。
「じゃあ、今度はこれで」
「キャロットケーキですか」
そこに書いてあったのはホットケーキミックスを使ったレシピだ。ただ普通のホットケーキと違うのは人参が入っていること。キャロットケーキと僕は言ったが、そんなお洒落なものではない。物理でキャロットケーキであるだけだ。
「桜が人参嫌いだから、ホットケーキに混ぜて食べさせていたの。今度はミックス粉に人参のすり下ろしを入れるだけだから簡単だよ」
「へぇ、それは良かった」
「舌の味蕾も、年齢と共に死ぬらしいよ」
昨日は目の網膜が太陽に焼けて細胞が死ぬとか言ってたな。今日は舌の話か。窓華さんは死と隣合わせだから、そういうことを思うのだろうが僕は反応に困る。だって僕はいつ窓華さんが死ぬか知っている。
「窓華さん、昨日から物騒なこと言ってますね」
「子どものときって舌が敏感だから、例えばピーマンみたいな苦いものを危険物と感じるらしいよ」
僕の指摘も聞かずに窓華さんは続ける。僕は好き嫌いはしなかったから、というかそういうオプションを付けられて試験管で育った。だから親を困らせるようなことはしなかった。
「なるほど、今食べている味と子どもの時に食べた味とは違うと?」
「そう、でもそうなるとビールが飲めない私はまだ子ども舌だよね」
「でも、あんな度数高いアルコール飲む癖に……」
お酒が弱いのにお酒が大好きな窓華さんに嫌味を言うつもりだった。でも、それは死が怖いから逃げていただけなのでは?やはり僕は人と接して今まで生きてこなかったから、人の考えることが分からない。
「大人になるって鈍感になることだよ」
「子どもの心は繊細って言いますからね」
「呪ももっと鈍感になりなよ。そうしないとこの仕事は苦しいと思う」
目をじっと見てその言葉を言われた。窓華さんは自分と離れた後の僕の人生を考えてくれるような優しい人のだ。ただ、表現することが下手なだけで。生きていくことに鈍感になれなかった仲間だ。
「労いの言葉が頂けるとは思いませんでした」
「でも、呪はこの仕事をして悪い人にはならないと思う」
この仕事をしていたら、どこか冷めた性格になってしまうだろうなと思う。悪い人間になるとは思えない。でも、出会った人とは別れる運命だし、その人の最期を分かっていてそれで話せないわけで。
「それはどうして?」
「呪は悪い人にはならないよ、今もそうだもん。なれないよ、きっと」
笑って言う言葉に悪意はないのだろう。僕は悪い人になれたら楽だと思った。ただ一緒に暮らして、死を見届けて、何も感じずに。人の死に触れて何も感じないというのは悪い人だろう。僕はそういう生き方をしたかった。でも、僕にはその生き方ができないらしい。寿管士失格じゃないか。キャロットケーキは簡単だったホットケーキのミックス粉ににんじんのすりおろしを入れて焼くだけ。でも、焼くときに少し焦がしてしまった。
僕はスーパーマーケットの肉売り場でおじさんに話しかける。
「おや、今日は一人かい?奥さんは?」
「あの人は奥さんじゃないですけど、一番高い肉!」
「一番高いのは一00グラム五000円ぐらいするけど、君にそんな肉が合うとは思えないね」
意地悪なおじさんはそう答えた。僕も五000円はちょっと出せないなと思って近くの売り場を見ている。でもグラム単位でそんなに肉は変わるのだろうか。
「肉屋のおじさん、次に高いのは?」
「一00グラム三000円だよ。これも一応黒毛和牛」
「じゃあ、それを四00グラムください」
窓華さんは三00グラムぐらいと言ったけど、僕は見栄を張っていた。おじさんははいはいと言うと、肉をしっかり測って紙袋に包んでくれる。それをレジに持っていったわけだけど、一万超えなわけで僕はびびっていた。その肉を帰って料理するときも、どこかびくびくしていた。
八月二四日火曜日
「うん、美味しい。才能あるね」
「そうですよ、あんな適当レシピでよく作れたと思います」
「この牛肉美味しいねぇ」
窓華さんも昨日奮発して買った肉の良さを分かってくれたようで、僕も安心していた。これで豚肉と言われたらショックも大きい。いや、豚肉と牛肉は味が違うから間違える可能性は低いか……
「分かります?」
「高かったでしょ」
「まぁ、それなりの値段はしましたよ」
そう言って値段を誤魔化した。すると窓華さんは一00グラム二000円でしょ?とかいろいろ聞いてきたので困った。実はもっとするんだよなぁ……
僕は昨日のノートを渡す。窓華さんは今日も点滴をしていた。点滴の色は黄色だからビタミン剤だろうか。窓華さんが死にたくないように、僕だってこの仕事になんてなりたくなかった。僕はパイプ椅子に座って、最上階の病室から見える綺麗な景色を見ていた。そして窓華さんが食べたタッパーを洗い場に持って行って洗う。その間に今日のレシピを書いたようだ。今回は早く書けるレシピなんだなと思ったけど、昨日だって適当だった。
「じゃあ、今度はこれで」
「キャロットケーキですか」
そこに書いてあったのはホットケーキミックスを使ったレシピだ。ただ普通のホットケーキと違うのは人参が入っていること。キャロットケーキと僕は言ったが、そんなお洒落なものではない。物理でキャロットケーキであるだけだ。
「桜が人参嫌いだから、ホットケーキに混ぜて食べさせていたの。今度はミックス粉に人参のすり下ろしを入れるだけだから簡単だよ」
「へぇ、それは良かった」
「舌の味蕾も、年齢と共に死ぬらしいよ」
昨日は目の網膜が太陽に焼けて細胞が死ぬとか言ってたな。今日は舌の話か。窓華さんは死と隣合わせだから、そういうことを思うのだろうが僕は反応に困る。だって僕はいつ窓華さんが死ぬか知っている。
「窓華さん、昨日から物騒なこと言ってますね」
「子どものときって舌が敏感だから、例えばピーマンみたいな苦いものを危険物と感じるらしいよ」
僕の指摘も聞かずに窓華さんは続ける。僕は好き嫌いはしなかったから、というかそういうオプションを付けられて試験管で育った。だから親を困らせるようなことはしなかった。
「なるほど、今食べている味と子どもの時に食べた味とは違うと?」
「そう、でもそうなるとビールが飲めない私はまだ子ども舌だよね」
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お酒が弱いのにお酒が大好きな窓華さんに嫌味を言うつもりだった。でも、それは死が怖いから逃げていただけなのでは?やはり僕は人と接して今まで生きてこなかったから、人の考えることが分からない。
「大人になるって鈍感になることだよ」
「子どもの心は繊細って言いますからね」
「呪ももっと鈍感になりなよ。そうしないとこの仕事は苦しいと思う」
目をじっと見てその言葉を言われた。窓華さんは自分と離れた後の僕の人生を考えてくれるような優しい人のだ。ただ、表現することが下手なだけで。生きていくことに鈍感になれなかった仲間だ。
「労いの言葉が頂けるとは思いませんでした」
「でも、呪はこの仕事をして悪い人にはならないと思う」
この仕事をしていたら、どこか冷めた性格になってしまうだろうなと思う。悪い人間になるとは思えない。でも、出会った人とは別れる運命だし、その人の最期を分かっていてそれで話せないわけで。
「それはどうして?」
「呪は悪い人にはならないよ、今もそうだもん。なれないよ、きっと」
笑って言う言葉に悪意はないのだろう。僕は悪い人になれたら楽だと思った。ただ一緒に暮らして、死を見届けて、何も感じずに。人の死に触れて何も感じないというのは悪い人だろう。僕はそういう生き方をしたかった。でも、僕にはその生き方ができないらしい。寿管士失格じゃないか。キャロットケーキは簡単だったホットケーキのミックス粉ににんじんのすりおろしを入れて焼くだけ。でも、焼くときに少し焦がしてしまった。
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