79 / 87
斎藤福寿、守咲窓華と終わりに向かう日々。
3 入院と玉ねぎのすき焼き
しおりを挟む
「一番高い牛肉ください」
僕はスーパーマーケットの肉売り場でおじさんに話しかける。
「おや、今日は一人かい?奥さんは?」
「あの人は奥さんじゃないですけど、一番高い肉!」
「一番高いのは一00グラム五000円ぐらいするけど、君にそんな肉が合うとは思えないね」
意地悪なおじさんはそう答えた。僕も五000円はちょっと出せないなと思って近くの売り場を見ている。でもグラム単位でそんなに肉は変わるのだろうか。
「肉屋のおじさん、次に高いのは?」
「一00グラム三000円だよ。これも一応黒毛和牛」
「じゃあ、それを四00グラムください」
窓華さんは三00グラムぐらいと言ったけど、僕は見栄を張っていた。おじさんははいはいと言うと、肉をしっかり測って紙袋に包んでくれる。それをレジに持っていったわけだけど、一万超えなわけで僕はびびっていた。その肉を帰って料理するときも、どこかびくびくしていた。
八月二四日火曜日
「うん、美味しい。才能あるね」
「そうですよ、あんな適当レシピでよく作れたと思います」
「この牛肉美味しいねぇ」
窓華さんも昨日奮発して買った肉の良さを分かってくれたようで、僕も安心していた。これで豚肉と言われたらショックも大きい。いや、豚肉と牛肉は味が違うから間違える可能性は低いか……
「分かります?」
「高かったでしょ」
「まぁ、それなりの値段はしましたよ」
そう言って値段を誤魔化した。すると窓華さんは一00グラム二000円でしょ?とかいろいろ聞いてきたので困った。実はもっとするんだよなぁ……
僕は昨日のノートを渡す。窓華さんは今日も点滴をしていた。点滴の色は黄色だからビタミン剤だろうか。窓華さんが死にたくないように、僕だってこの仕事になんてなりたくなかった。僕はパイプ椅子に座って、最上階の病室から見える綺麗な景色を見ていた。そして窓華さんが食べたタッパーを洗い場に持って行って洗う。その間に今日のレシピを書いたようだ。今回は早く書けるレシピなんだなと思ったけど、昨日だって適当だった。
「じゃあ、今度はこれで」
「キャロットケーキですか」
そこに書いてあったのはホットケーキミックスを使ったレシピだ。ただ普通のホットケーキと違うのは人参が入っていること。キャロットケーキと僕は言ったが、そんなお洒落なものではない。物理でキャロットケーキであるだけだ。
「桜が人参嫌いだから、ホットケーキに混ぜて食べさせていたの。今度はミックス粉に人参のすり下ろしを入れるだけだから簡単だよ」
「へぇ、それは良かった」
「舌の味蕾も、年齢と共に死ぬらしいよ」
昨日は目の網膜が太陽に焼けて細胞が死ぬとか言ってたな。今日は舌の話か。窓華さんは死と隣合わせだから、そういうことを思うのだろうが僕は反応に困る。だって僕はいつ窓華さんが死ぬか知っている。
「窓華さん、昨日から物騒なこと言ってますね」
「子どものときって舌が敏感だから、例えばピーマンみたいな苦いものを危険物と感じるらしいよ」
僕の指摘も聞かずに窓華さんは続ける。僕は好き嫌いはしなかったから、というかそういうオプションを付けられて試験管で育った。だから親を困らせるようなことはしなかった。
「なるほど、今食べている味と子どもの時に食べた味とは違うと?」
「そう、でもそうなるとビールが飲めない私はまだ子ども舌だよね」
「でも、あんな度数高いアルコール飲む癖に……」
お酒が弱いのにお酒が大好きな窓華さんに嫌味を言うつもりだった。でも、それは死が怖いから逃げていただけなのでは?やはり僕は人と接して今まで生きてこなかったから、人の考えることが分からない。
「大人になるって鈍感になることだよ」
「子どもの心は繊細って言いますからね」
「呪ももっと鈍感になりなよ。そうしないとこの仕事は苦しいと思う」
目をじっと見てその言葉を言われた。窓華さんは自分と離れた後の僕の人生を考えてくれるような優しい人のだ。ただ、表現することが下手なだけで。生きていくことに鈍感になれなかった仲間だ。
「労いの言葉が頂けるとは思いませんでした」
「でも、呪はこの仕事をして悪い人にはならないと思う」
この仕事をしていたら、どこか冷めた性格になってしまうだろうなと思う。悪い人間になるとは思えない。でも、出会った人とは別れる運命だし、その人の最期を分かっていてそれで話せないわけで。
「それはどうして?」
「呪は悪い人にはならないよ、今もそうだもん。なれないよ、きっと」
笑って言う言葉に悪意はないのだろう。僕は悪い人になれたら楽だと思った。ただ一緒に暮らして、死を見届けて、何も感じずに。人の死に触れて何も感じないというのは悪い人だろう。僕はそういう生き方をしたかった。でも、僕にはその生き方ができないらしい。寿管士失格じゃないか。キャロットケーキは簡単だったホットケーキのミックス粉ににんじんのすりおろしを入れて焼くだけ。でも、焼くときに少し焦がしてしまった。
僕はスーパーマーケットの肉売り場でおじさんに話しかける。
「おや、今日は一人かい?奥さんは?」
「あの人は奥さんじゃないですけど、一番高い肉!」
「一番高いのは一00グラム五000円ぐらいするけど、君にそんな肉が合うとは思えないね」
意地悪なおじさんはそう答えた。僕も五000円はちょっと出せないなと思って近くの売り場を見ている。でもグラム単位でそんなに肉は変わるのだろうか。
「肉屋のおじさん、次に高いのは?」
「一00グラム三000円だよ。これも一応黒毛和牛」
「じゃあ、それを四00グラムください」
窓華さんは三00グラムぐらいと言ったけど、僕は見栄を張っていた。おじさんははいはいと言うと、肉をしっかり測って紙袋に包んでくれる。それをレジに持っていったわけだけど、一万超えなわけで僕はびびっていた。その肉を帰って料理するときも、どこかびくびくしていた。
八月二四日火曜日
「うん、美味しい。才能あるね」
「そうですよ、あんな適当レシピでよく作れたと思います」
「この牛肉美味しいねぇ」
窓華さんも昨日奮発して買った肉の良さを分かってくれたようで、僕も安心していた。これで豚肉と言われたらショックも大きい。いや、豚肉と牛肉は味が違うから間違える可能性は低いか……
「分かります?」
「高かったでしょ」
「まぁ、それなりの値段はしましたよ」
そう言って値段を誤魔化した。すると窓華さんは一00グラム二000円でしょ?とかいろいろ聞いてきたので困った。実はもっとするんだよなぁ……
僕は昨日のノートを渡す。窓華さんは今日も点滴をしていた。点滴の色は黄色だからビタミン剤だろうか。窓華さんが死にたくないように、僕だってこの仕事になんてなりたくなかった。僕はパイプ椅子に座って、最上階の病室から見える綺麗な景色を見ていた。そして窓華さんが食べたタッパーを洗い場に持って行って洗う。その間に今日のレシピを書いたようだ。今回は早く書けるレシピなんだなと思ったけど、昨日だって適当だった。
「じゃあ、今度はこれで」
「キャロットケーキですか」
そこに書いてあったのはホットケーキミックスを使ったレシピだ。ただ普通のホットケーキと違うのは人参が入っていること。キャロットケーキと僕は言ったが、そんなお洒落なものではない。物理でキャロットケーキであるだけだ。
「桜が人参嫌いだから、ホットケーキに混ぜて食べさせていたの。今度はミックス粉に人参のすり下ろしを入れるだけだから簡単だよ」
「へぇ、それは良かった」
「舌の味蕾も、年齢と共に死ぬらしいよ」
昨日は目の網膜が太陽に焼けて細胞が死ぬとか言ってたな。今日は舌の話か。窓華さんは死と隣合わせだから、そういうことを思うのだろうが僕は反応に困る。だって僕はいつ窓華さんが死ぬか知っている。
「窓華さん、昨日から物騒なこと言ってますね」
「子どものときって舌が敏感だから、例えばピーマンみたいな苦いものを危険物と感じるらしいよ」
僕の指摘も聞かずに窓華さんは続ける。僕は好き嫌いはしなかったから、というかそういうオプションを付けられて試験管で育った。だから親を困らせるようなことはしなかった。
「なるほど、今食べている味と子どもの時に食べた味とは違うと?」
「そう、でもそうなるとビールが飲めない私はまだ子ども舌だよね」
「でも、あんな度数高いアルコール飲む癖に……」
お酒が弱いのにお酒が大好きな窓華さんに嫌味を言うつもりだった。でも、それは死が怖いから逃げていただけなのでは?やはり僕は人と接して今まで生きてこなかったから、人の考えることが分からない。
「大人になるって鈍感になることだよ」
「子どもの心は繊細って言いますからね」
「呪ももっと鈍感になりなよ。そうしないとこの仕事は苦しいと思う」
目をじっと見てその言葉を言われた。窓華さんは自分と離れた後の僕の人生を考えてくれるような優しい人のだ。ただ、表現することが下手なだけで。生きていくことに鈍感になれなかった仲間だ。
「労いの言葉が頂けるとは思いませんでした」
「でも、呪はこの仕事をして悪い人にはならないと思う」
この仕事をしていたら、どこか冷めた性格になってしまうだろうなと思う。悪い人間になるとは思えない。でも、出会った人とは別れる運命だし、その人の最期を分かっていてそれで話せないわけで。
「それはどうして?」
「呪は悪い人にはならないよ、今もそうだもん。なれないよ、きっと」
笑って言う言葉に悪意はないのだろう。僕は悪い人になれたら楽だと思った。ただ一緒に暮らして、死を見届けて、何も感じずに。人の死に触れて何も感じないというのは悪い人だろう。僕はそういう生き方をしたかった。でも、僕にはその生き方ができないらしい。寿管士失格じゃないか。キャロットケーキは簡単だったホットケーキのミックス粉ににんじんのすりおろしを入れて焼くだけ。でも、焼くときに少し焦がしてしまった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

Tactical name: Living dead. “ Fairies never die――. ”
されど電波おやぢは妄想を騙る
SF
遠い昔の記憶なのでやや曖昧だが、その中でも鮮明に残っている光景がある。
企業が作った最先端のロボット達が織りなす、イベントショーのことだった。
まだ小学生だった頃の俺は両親に連れられて、とある博物館へと遊びに来ていた。
そこには色々な目的で作られた、当時の様々な工業機械や実験機などが、解説と一緒に展示されていた。
ラジコンや機械弄りが大好きだった俺は、見たこともない機械の物珍しさに、凄く喜んでいたのを朧げに覚えている。
その中でも人間のように二足歩行し、指や関節の各部を滑らかに動かして、コミカルなショーを演じていたロボットに、一際、興味を惹かれた。
それは目や鼻と言った特徴はない無機質さで、まるで宇宙服を着込んだ小さな人? そんな感じだった。
司会の女性が質問を投げ掛けると、人の仕草を真似て答える。
首を傾げて悩む仕草や、大袈裟に身振り手振りを加えたりと、仰々しくも滑稽に答えていた。
またノリの良い音楽に合わせて、ロボットだけにロボットダンスを披露したりもして、観客らを大いに楽しませていた。
声は声優さんがアテレコしていたのをあとから知るが、当時の俺は中に人が入ってるんじゃね? とか、本気で思っていたりもしていたくらいだ。
結局は人が別室で操作して動かす、正しくロボットに違いはなかった。
だがしかし、今現在は違う。
この僅か数十年でテクノロジーが飛躍的に進歩した現代科学。
それが生み出したロボットに変わるアンドロイドが、一般家庭や職場にも普及し、人と共に生活している時代だからだ。
外皮を覆う素材も数十年の間に切磋琢磨され、今では人間の肌の質感に近くなり、何がどうと言うわけではないが、僅かばかりの作り物臭さが残る程度。
またA.I.の発達により、より本物の人間らしい動き、表情の動きや感情表現までもを見事に再現している。
パッと見ただけでは、直ぐに人間と見分けがつかないくらい、精巧な仕上がりだ。
そんな昔のことを思い出している俺は、なんの因果か今現在、そのアンドロイドらと絶賛交戦中ってわけで――。
アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~
エルトリア
ファンタジー
孤児からストリートチルドレンとなり、その後も養父に殺害されかけたりと不幸な人生を歩んでいた天才錬金術師グラス=ディメリア。
若くして病魔に蝕まれ、死に抗おうと最後の研究を進める彼は、禁忌に触れたとして女神の代行者――神人から処刑を言い渡される。
抗うことさえ出来ずに断罪されたグラスだったが、女神アウローラから生前の錬金術による功績を讃えられ『転生』の機会を与えられた。
本来であれば全ての記憶を抹消し、新たな生命として生まれ変わるはずのグラスは、別の女神フォルトナの独断により、記憶を保有したまま転生させられる。
グラスが転生したのは、彼の死から三百年後。
赤ちゃん(♀)として生を受けたグラスは、両親によってリーフと名付けられ、新たな人生を歩むことになった。
これは幸福が何かを知らない孤独な錬金術師が、愛を知り、自らの手で幸福を掴むまでの物語。
著者:藤本透
原案:エルトリア
―異質― 邂逅の編/日本国の〝隊〟、その異世界を巡る叙事詩――《第一部完結》
EPIC
SF
日本国の混成1個中隊、そして超常的存在。異世界へ――
とある別の歴史を歩んだ世界。
その世界の日本には、日本軍とも自衛隊とも似て非なる、〝日本国隊〟という名の有事組織が存在した。
第二次世界大戦以降も幾度もの戦いを潜り抜けて来た〝日本国隊〟は、異質な未知の世界を新たな戦いの場とする事になる――
日本国陸隊の有事官、――〝制刻 自由(ぜいこく じゆう)〟。
歪で醜く禍々しい容姿と、常識外れの身体能力、そしてスタンスを持つ、隊員として非常に異質な存在である彼。
そんな隊員である制刻は、陸隊の行う大規模な演習に参加中であったが、その最中に取った一時的な休眠の途中で、不可解な空間へと導かれる。そして、そこで会った作業服と白衣姿の謎の人物からこう告げられた。
「異なる世界から我々の世界に、殴り込みを掛けようとしている奴らがいる。先手を打ちその世界に踏み込み、この企みを潰せ」――と。
そして再び目を覚ました時、制刻は――そして制刻の所属する普通科小隊を始めとする、各職種混成の約一個中隊は。剣と魔法が力の象徴とされ、モンスターが跋扈する未知の世界へと降り立っていた――。
制刻を始めとする異質な隊員等。
そして問題部隊、〝第54普通科連隊〟を始めとする各部隊。
元居た世界の常識が通用しないその異世界を、それを越える常識外れな存在が、掻き乱し始める。
〇案内と注意
1) このお話には、オリジナル及び架空設定を多数含みます。
2) 部隊規模(始めは中隊規模)での転移物となります。
3) チャプター3くらいまでは単一事件をいくつか描き、チャプター4くらいから単一事件を混ぜつつ、一つの大筋にだんだん乗っていく流れになっています。
4) 主人公を始めとする一部隊員キャラクターが、超常的な行動を取ります。ぶっ飛んでます。かなりなんでも有りです。
5) 小説家になろう、カクヨムにてすでに投稿済のものになりますが、そちらより一話当たり分量を多くして話数を減らす整理のし直しを行っています。

乾坤一擲
響 恭也
SF
織田信長には片腕と頼む弟がいた。喜六郎秀隆である。事故死したはずの弟が目覚めたとき、この世にありえぬ知識も同時によみがえっていたのである。
これは兄弟二人が手を取り合って戦国の世を綱渡りのように歩いてゆく物語である。
思い付きのため不定期連載です。
【全64話完結済】彼女ノ怪異談ハ不気味ナ野薔薇ヲ鳴カセルPrologue
野花マリオ
ホラー
石山県野薔薇市に住む彼女達は新たなホラーを広めようと仲間を増やしてそこで怪異談を語る。
前作から20年前の200X年の舞台となってます。
※この作品はフィクションです。実在する人物、事件、団体、企業、名称などは一切関係ありません。
完結しました。
表紙イラストは生成AI

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる