たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

文字の大きさ
上 下
74 / 87
斎藤福寿、2回目の花火大会。

3 星座の話と喜代也

しおりを挟む
その日の夜は空が綺麗だった。
「呪、ちょっとベランダで話しない?」
「良いですけど、どうして?」
「夏の大三角だよ。今日みたいな日は綺麗に見えるよ」
僕と窓華さんはベランダに出る。あの台湾の夜景ほどの迫力はないが、日本でもここまで綺麗に星が見れるとは。窓華さんはお酒を持っていた。
「夏の大三角ぐらい僕も塾で習いましたよ。織姫と彦星でしょう」
「それは日本の話だね」
そう言って窓華さんはお酒を飲んでいる。
「私はわし座が可哀想だなって。彦星のアルタイルが入っている星座」
「それは確かギリシャ神話ですかね?」
僕は眼鏡に入った辞書で調べる。するといろいろな神話がヒットした。
「プロメテウスは三万年もわしに肝臓を食べられるんだよ。不死身ってつらいよね」
「夜に肝臓が再生して次の日に食べられるってありますね」
「そう、痛いだろうなぁ……」
お酒を飲みながら窓華さんは言う。僕だって痛いことは嫌いだし、それにそれが三万年も続くとしたらおかしくなるだろう。
「でも、ヘラクレスによって解放されるってありますけど」
「私って苦しんで死なないよね?桜子ちゃんは楽に死ねるって言うけど、本当なのかなって思っちゃって」
「源さんが言うなら、多分そうだと思いますよ。あの人はすごい人です」
僕はマザーさんのことを言えないし言うつもりはない。でもマザーさんにはきっとどういう風に死ぬとか見えている。それを僕に伝えない理由はなんだろう。
「良かった、私は痛いのは嫌いなんだよ。じゃあ、助けてくれる呪は私にとってのヘラクレスかぁ」
「そんな英雄になれるとは思いません。それに死は実際に経験したことないから、痛みとか分からないですよ」
「だよねぇ、呪が一二個も試練に耐えられるとは思えないもん。私を看取るだけなのに呪の方が辛くなって死んじゃいそう」
お酒を飲んでいるからけらけらと窓華さんは笑う。ヘラクレスは一二個の試練をクリアした後に死んでいる。保護人を一緒に過ごし、その人を失うことも僕の人生で与えられた試練なのだ。これはマザーが決めたことだろうけれど。
「それは言い方が酷いですよ。僕だって失ったら罪悪感はあると思います」
「なら、私は看取られて死にたくないから一人にしてね」
「どうして?僕では役不足ですか?」
「だから、これからの人生で私の死の経験で戸惑って欲しくないの」
窓華さんは死にたくないと言っていない。痛いことが嫌なのだ。それとも生きることは諦めたのか。まぁ、今の窓華さんの状況で生きるなんて考えたら駄目だ。だって窓華さんの命はあと六日なのだし、それで終わる。

「日本人も喜代也を打って、殺さなかったらどこまで生きるんだろう」
「そうですね、一八0歳になったら国が殺すみたいですけど、生きることにも限界はあると思いますよ」
「私はその喜代也が効かなかったからなぁ……」
喜代也を打ったら普通の人は死なないから、死にたい年齢を遺書に書く。そして、その年齢になったら始末する人が居る。遺書に年齢を書いていない人の寿命は一八0歳だというけれど、そんな老人はどんな姿をしているのだろう。
「まぁ、遺書は今の窓華さんには関係ない話ですね」
「いつも酷いこと言うなぁ。私は呪の人生に爪痕を残してやるつもりだから」
「前に悪い思い出として残したくないって言いませんでした?」
僕との生活で窓華さんの思いは変わったのだろうか。こんな僕でも良いから自分の人生を覚えてくれる人が欲しいのかもしれない。
「私はこの日本の負け犬だよ?最期まで食らいつくよ」
「怖いこと言いますね」
「そうかもしれないね。だって私は保護人だもん」
窓華さんはそう言って笑う。そしてお酒を持って部屋に帰っていった。僕はまた一人で夜空を眺めていた。そしていろいろな星座の情報を眼鏡で調べていた。
織姫の星であること座のベガなんて悲惨だ。冥界から妻を取り戻す神話が眼鏡に出ている。冥界から出るまで振り返ってはいけないなんて言われたら、振り返りたくなるじゃないか。七夕なんてとっくの前に過ぎたけれど、今年も曇りだった。織姫と彦星は毎年会えない。七夕で良い天気だった思い出が僕にはない。そして海外ではもっと悲惨な神話が残っている。新しい発見だ。流星群が来たことぐらいの体験は小さいときに幾度かある。家族で夜空を眺めたなと懐かしく思い出した。それから部屋に戻った。今日の窓華さんはあまり物騒なことを言わなかった。そう感じるようになったのは僕が麻痺したのかもしれない。だって、人生に爪痕を残してやるってなかなかに酷い言葉だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アルケミスト・スタートオーバー ~誰にも愛されず孤独に死んだ天才錬金術師は幼女に転生して人生をやりなおす~

エルトリア
ファンタジー
孤児からストリートチルドレンとなり、その後も養父に殺害されかけたりと不幸な人生を歩んでいた天才錬金術師グラス=ディメリア。 若くして病魔に蝕まれ、死に抗おうと最後の研究を進める彼は、禁忌に触れたとして女神の代行者――神人から処刑を言い渡される。 抗うことさえ出来ずに断罪されたグラスだったが、女神アウローラから生前の錬金術による功績を讃えられ『転生』の機会を与えられた。 本来であれば全ての記憶を抹消し、新たな生命として生まれ変わるはずのグラスは、別の女神フォルトナの独断により、記憶を保有したまま転生させられる。 グラスが転生したのは、彼の死から三百年後。 赤ちゃん(♀)として生を受けたグラスは、両親によってリーフと名付けられ、新たな人生を歩むことになった。 これは幸福が何かを知らない孤独な錬金術師が、愛を知り、自らの手で幸福を掴むまでの物語。 著者:藤本透 原案:エルトリア

鮭さんのショートショート(とても面白い)

salmon mama
SF
脳みそひっくり返すぜ

病弱が転生 ~やっぱり体力は無いけれど知識だけは豊富です~

於田縫紀
ファンタジー
 ここは魔法がある世界。ただし各人がそれぞれ遺伝で受け継いだ魔法や日常生活に使える魔法を持っている。商家の次男に生まれた俺が受け継いだのは鑑定魔法、商売で使うにはいいが今一つさえない魔法だ。  しかし流行風邪で寝込んだ俺は前世の記憶を思い出す。病弱で病院からほとんど出る事無く日々を送っていた頃の記憶と、動けないかわりにネットや読書で知識を詰め込んだ知識を。  そしてある日、白い花を見て鑑定した事で、俺は前世の知識を使ってお金を稼げそうな事に気付いた。ならば今のぱっとしない暮らしをもっと豊かにしよう。俺は親友のシンハ君と挑戦を開始した。  対人戦闘ほぼ無し、知識チート系学園ものです。

すべて実話

さつきのいろどり
ホラー
タイトル通り全て実話のホラー体験です。 友人から聞いたものや著者本人の実体験を書かせていただきます。 長編として登録していますが、短編をいつくか載せていこうと思っていますので、追加配信しましたら覗きに来て下さいね^^*

怪異語り 〜世にも奇妙で怖い話〜

ズマ@怪異語り
ホラー
五分で読める、1話完結のホラー短編・怪談集! 信じようと信じまいと、誰かがどこかで体験した怪異。

『遠い星の話』

健野屋文乃(たけのやふみの)
SF
数億光年離れた遠い星は、かつての栄えた人類は滅亡し、人類が作った機械たちが、繁栄を謳歌していた。そこへ、人類に似た生命体が漂着した。

【完結】空戦ドラゴン・バスターズ ~世界中に現れたドラゴンを倒すべく、のちに最強パイロットと呼ばれる少年は戦闘機に乗って空を駆ける~

岡崎 剛柔
SF
 西暦1999年。  航空自衛隊所属の香取二等空尉は、戦闘機T‐2を名古屋の整備工場へ運ぶ最中に嵐に遭遇し、ファンタジー世界から現れたようなドラゴンこと翼竜に襲撃される。  それから約30年後。  世界中に現れた人類をおびやかす翼竜を倒すべく日本各地に航空戦闘学校が設立され、白樺天馬は戦闘パイロット候補生として四鳥島の航空戦闘学校に入学する。  その航空戦闘学校でパイロットの訓練や講義を受ける中で、天馬は仲間たちと絆を深めていくと同時に天才パイロットとしての才能を開花させていく。  一方、島に非常着陸する航空自衛軍の戦闘機や、傷ついた翼竜の幼体を保護する少女――向日葵との出会いが、天馬の運命を大きく変えることになる。  これは空と大地を舞台に繰り広げられる、のちに最強の戦闘パイロットと呼ばれる1人の少年の物語――。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

処理中です...