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守咲窓華、初恋の人。
6 繰り返す玉手箱
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「これはさ、玉手箱なんだよ」
海斗さんからもらった小箱をテーブルに置いて言う。二人ともメインには肉料理を選んでいたみたいで、ステーキを食べているときに言った。
「どうしう意味ですか?」
「浦島太郎はさ、結局のところ玉手箱を開けるじゃん?」
僕は小さな頃から乙姫様が、あんな危険なものを別れ際に渡すことを不思議に思っていた。乙姫様だって楽しい生活だと思ったはずなのに。
「開けておじいちゃんになりますね」
「それって、戻りたい過去があったから開けたんだよ」
「その小箱も窓華さんの戻りたい過去に戻れるものだと?」
窓華さんに罪の意識が芽生えたのかもしれないと思い、僕は耳を傾ける。
「そうなんだと思う。でも、浦島太郎と同じでやっぱりあの頃には戻れないし、辛い現実があるだけ。開いたって惨めになるだけって思う」
「ならもうその小箱は開かないってことですか?」
惨めになる小箱なら僕なら開けない。僕が浦島太郎でも開けるなと言われた玉手箱を開けることはないと思う。
「私は過去に戻りたいから、惨めな気分になっても何度でも開くよ?」
「相当なおばあちゃんになりますね」
「はは、そうだね。呪は玉手箱をもらったらどうする?」
僕は深く考える。絶対に開けてはいけない箱。箱を開けるにはリスクが伴うかもしれない。だから僕は怖くて開けられない。
「僕だったら、知人に開けては駄目だと言ってプレゼントしますね」
「何言っているの?乙姫様の気持ちは考えないの?」
窓華さんは僕を馬鹿にするように言った。確かに乙姫様の気持ちは踏みにじる。でもあんな危険な箱を渡す悪いお姫様だ。僕にとっては悪女だし信用ならない。
「だって、絶対に開けてはいけない箱ってリスクが高いです。僕はそれを開けないって誘惑に耐えるなんてできません」
「だからって他人を犠牲にするんだ?」
「そうなりますね」
僕の人生は平凡なもので特に幸せな時期はなく、不幸な時期もなかった。戻りたい過去なんてない。これはマザーのおかげだ。だから窓華さんのように今まで幸せに生きてきて、戻りたいような過去がないからそう言えるのかもしれない。
「呪っていつも思うけど本当に酷い人間だよ」
窓華さんはデザートの箱を取り出そうとしていた。冷蔵の箱に入れてあるから、アイスクリームか何かと思ったら、窓華さんの好きなティラミスだった。
「ティラミスだよ」
窓華さんは意味ありげに言った。今の窓華さんにぴったりだ。
「私を元気づけてですか?」
「呪にしては察しが良いじゃん?」
最近知ったケーキの名前の意味を言った。僕は元気づけるなんてできない。だってそれは僕も窓華さんと比べれば微々たるものだけど、二人の関係について未来がないことに落ち込んでいたから。
「でも、窓華さんが海斗さんと一緒になれなかったのって自業自得ですから、僕は元気づけるなんてできません」
「酷いこと言うなぁ……」
という窓華さんは泥団子を見てまた涙を落とした。こんなに思い合っていても未来も希望もなくて結ばれない人間が居るということや、窓華さんの気持ちを無視しているこの世の中を恨んだ。僕がこれだけマザーのある生活を恨むのだから、喜代也のできた日本を窓華さんが恨むことは当然だろう。
僕だって、窓華さんの幸せを願っているところがある。死ぬまで平和に過ごすことは幸せなのだろうか。その後はどうなるか分からない。それはマザーの見せる幸せなのだろうか。窓華さんは死ぬ気がないと言った。でも僕はそれが当たり前のような気がしないでもないのだ。家族を残して保護人として死ぬことしか選択肢がなかった面では、可愛そうな人間だと僕は思うから。なんでマザーはもっと早く窓華さんを救うことができなかったのだろう。突発的だとは言っても、マザーは喜代也を打ったときに効かない体質だと分かっていた。それなのに、死ぬ半年前までそれを伝えていないし、これからも伝える気はないらしい。僕と李さんだけ、八月二六日の結末を知っている。
「一緒に遠いところに逃げて結婚できた未来とか、考えると楽しくない?」
「そんなことしたら首輪が……」
電流だけではなく爆薬も入っている首輪だ。何が起こるか僕にも分からない。もしもの世界を考えることは窓華さんにとって救いだったなと思い出す。
「そんな野暮なこと言っているんじゃないよ。もしかしたらのことを考えて幸せな気持ちになるのって良いことだと思うの」
「自分が保護人だという現実を見てください」
「現実は嫌と言うほど見ているよ。今日だって、言わなかったしね。まぁ、首輪が怖かったのが一番だけど」
悲しそうにする窓華さんに追い打ちを書ける僕は酷い人間なのだろうか。
「窓華さんが頑張っていたのは認めますよ。旦那さんと子どもについて離婚したと嘘が飛び出すところ、さすが飛び級って思いましたもん」
「これは私もいろいろと考えたんだよ。無理のない設定というか」
「それを自然に言ってましたよね。やっぱりサイコパスですよ」
僕は呆れて言った。旦那さんと離婚したとか、親権が取れなかったとかよく嘘をぺらぺら並べたものだ。
「呪ってさ、たまに良いこと言うよね」
「サイコパスが良い言葉だと思う?それとも嫌味ですか?」
「いや、頭おかしいのは分かっているでしょ?マザーが居るのに私って保護人なんだもん。でもさ、女優とかになれるかな?って思っただけ」
窓華さんはえへへと笑って、食べ終わった簡易食器類をゴミ箱に入れていた。楽しい思い出も辛い思いでもそうやって簡単に捨てられるなら、もっと楽に生きることができるのに……と僕は思った。
海斗さんからもらった小箱をテーブルに置いて言う。二人ともメインには肉料理を選んでいたみたいで、ステーキを食べているときに言った。
「どうしう意味ですか?」
「浦島太郎はさ、結局のところ玉手箱を開けるじゃん?」
僕は小さな頃から乙姫様が、あんな危険なものを別れ際に渡すことを不思議に思っていた。乙姫様だって楽しい生活だと思ったはずなのに。
「開けておじいちゃんになりますね」
「それって、戻りたい過去があったから開けたんだよ」
「その小箱も窓華さんの戻りたい過去に戻れるものだと?」
窓華さんに罪の意識が芽生えたのかもしれないと思い、僕は耳を傾ける。
「そうなんだと思う。でも、浦島太郎と同じでやっぱりあの頃には戻れないし、辛い現実があるだけ。開いたって惨めになるだけって思う」
「ならもうその小箱は開かないってことですか?」
惨めになる小箱なら僕なら開けない。僕が浦島太郎でも開けるなと言われた玉手箱を開けることはないと思う。
「私は過去に戻りたいから、惨めな気分になっても何度でも開くよ?」
「相当なおばあちゃんになりますね」
「はは、そうだね。呪は玉手箱をもらったらどうする?」
僕は深く考える。絶対に開けてはいけない箱。箱を開けるにはリスクが伴うかもしれない。だから僕は怖くて開けられない。
「僕だったら、知人に開けては駄目だと言ってプレゼントしますね」
「何言っているの?乙姫様の気持ちは考えないの?」
窓華さんは僕を馬鹿にするように言った。確かに乙姫様の気持ちは踏みにじる。でもあんな危険な箱を渡す悪いお姫様だ。僕にとっては悪女だし信用ならない。
「だって、絶対に開けてはいけない箱ってリスクが高いです。僕はそれを開けないって誘惑に耐えるなんてできません」
「だからって他人を犠牲にするんだ?」
「そうなりますね」
僕の人生は平凡なもので特に幸せな時期はなく、不幸な時期もなかった。戻りたい過去なんてない。これはマザーのおかげだ。だから窓華さんのように今まで幸せに生きてきて、戻りたいような過去がないからそう言えるのかもしれない。
「呪っていつも思うけど本当に酷い人間だよ」
窓華さんはデザートの箱を取り出そうとしていた。冷蔵の箱に入れてあるから、アイスクリームか何かと思ったら、窓華さんの好きなティラミスだった。
「ティラミスだよ」
窓華さんは意味ありげに言った。今の窓華さんにぴったりだ。
「私を元気づけてですか?」
「呪にしては察しが良いじゃん?」
最近知ったケーキの名前の意味を言った。僕は元気づけるなんてできない。だってそれは僕も窓華さんと比べれば微々たるものだけど、二人の関係について未来がないことに落ち込んでいたから。
「でも、窓華さんが海斗さんと一緒になれなかったのって自業自得ですから、僕は元気づけるなんてできません」
「酷いこと言うなぁ……」
という窓華さんは泥団子を見てまた涙を落とした。こんなに思い合っていても未来も希望もなくて結ばれない人間が居るということや、窓華さんの気持ちを無視しているこの世の中を恨んだ。僕がこれだけマザーのある生活を恨むのだから、喜代也のできた日本を窓華さんが恨むことは当然だろう。
僕だって、窓華さんの幸せを願っているところがある。死ぬまで平和に過ごすことは幸せなのだろうか。その後はどうなるか分からない。それはマザーの見せる幸せなのだろうか。窓華さんは死ぬ気がないと言った。でも僕はそれが当たり前のような気がしないでもないのだ。家族を残して保護人として死ぬことしか選択肢がなかった面では、可愛そうな人間だと僕は思うから。なんでマザーはもっと早く窓華さんを救うことができなかったのだろう。突発的だとは言っても、マザーは喜代也を打ったときに効かない体質だと分かっていた。それなのに、死ぬ半年前までそれを伝えていないし、これからも伝える気はないらしい。僕と李さんだけ、八月二六日の結末を知っている。
「一緒に遠いところに逃げて結婚できた未来とか、考えると楽しくない?」
「そんなことしたら首輪が……」
電流だけではなく爆薬も入っている首輪だ。何が起こるか僕にも分からない。もしもの世界を考えることは窓華さんにとって救いだったなと思い出す。
「そんな野暮なこと言っているんじゃないよ。もしかしたらのことを考えて幸せな気持ちになるのって良いことだと思うの」
「自分が保護人だという現実を見てください」
「現実は嫌と言うほど見ているよ。今日だって、言わなかったしね。まぁ、首輪が怖かったのが一番だけど」
悲しそうにする窓華さんに追い打ちを書ける僕は酷い人間なのだろうか。
「窓華さんが頑張っていたのは認めますよ。旦那さんと子どもについて離婚したと嘘が飛び出すところ、さすが飛び級って思いましたもん」
「これは私もいろいろと考えたんだよ。無理のない設定というか」
「それを自然に言ってましたよね。やっぱりサイコパスですよ」
僕は呆れて言った。旦那さんと離婚したとか、親権が取れなかったとかよく嘘をぺらぺら並べたものだ。
「呪ってさ、たまに良いこと言うよね」
「サイコパスが良い言葉だと思う?それとも嫌味ですか?」
「いや、頭おかしいのは分かっているでしょ?マザーが居るのに私って保護人なんだもん。でもさ、女優とかになれるかな?って思っただけ」
窓華さんはえへへと笑って、食べ終わった簡易食器類をゴミ箱に入れていた。楽しい思い出も辛い思いでもそうやって簡単に捨てられるなら、もっと楽に生きることができるのに……と僕は思った。
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