たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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守咲窓華、初恋の人。

2 初恋の想い出とつらい現実

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「でも、相手は引っ越しちゃった」
「初恋の終わりですね。初恋ってそんなもんだと思いますよ。彼女が居るといっても物語の中でしか、情熱的な恋は知りませんが」
「でも、ツヤツヤの団子を全部私にくれたの。それで、絶対に結婚しようねって言ってくれた」
よくある初恋の淡い思い出だなと思って、流して聞いていた。
「なんか、呪は超冷めているなぁ。私は本気だったんだよ。その人のことをずっと信じててさ、それで旦那と会うまで付き合うとかしなかったんだもん」
「それで、そんなに好きだった人の名前は?」
「それが忘れちゃったのよ」
なんだか僕に申し訳無さそうに言う。でも、僕だって先生の名前を覚えていないのだから、小さい子どもは思ったより情がないのかもしれない。
「そんなに好きだったのに?」
「途中で引っ越したから、卒業アルバムにも載ってないし……」
「偏見って言ったらあれですけど、結婚したらどっち苗字にしようとかそういうの考えるんじゃないですか?」
夫婦別姓は昔からよく議論されてきた。しかし、今の日本でもまだ議論されている何世代にも渡る問題だった。最近法律で認められたが夫の苗字を名乗る女性の方が圧倒的に多い。
「そうよ、苗字が変わるっていうのは女としての憧れよね」
「ならなんで、そんなどこの馬の骨か分からない人を初恋だと?」
僕は呆れてしまった。僕の先生に対する好意とは違って、そこまで好きになった人の名前を忘れるものだろうか。残念ながら初恋というものは、そんな儚いものなのかもしれない。
「また会いたかったなぁ……」
「なんで、もう会えないような言い方するんですか?」
「名前も引越し先も分からないんだよ?私は保護人だし会えるわけないじゃん」
窓華さんが言うことはごもっともだった。たまにまともなことを言うでも、会えたなら窓華さんの何かが変わるかもしれないと思って、初恋の人に会わせたかった。
「上司にかけあってみます」
「呪が私の初恋にそこまで熱を持つとはなぁ。本当は呪も恋愛とか興味あるんじゃないの?やっぱりマッチングを信じる派?」
「死ぬ前に思い残すことはない方が良いと感じたので」
うざったいほどの笑みでこちらを見る窓華さんを見ると、僕は自室に戻って上司の李さんに電話をかけることにした。

『おはようございます』
『おはよう、今日も早いね』
『探してもらいたい人が居るんですけど、そういうのって大丈夫ですか?』
僕は恐る恐る聞いてみる。
『斎藤君の知り合いでも保護人の知り合いでも構わないよ?』
『窓華さんの幼稚園のときの初恋の人を探して欲しいんです』
『保護人の初恋の人ね。それで、その他の情報は?』
『途中で引っ越して、名前も覚えていないみたいです』
これだけの情報で人を見つけるなんてできるだろうか。僕は李さんの返事には期待をしていたわけではない。でも窓華さんが会えたら良いとは思っていた。
『うん、分かった。保護人の身辺調査は完璧だから洗い出すことは簡単だよ』
『そんなプライバシーのかけらもない……』
『マザーに管理される時点でそんなものはないよ』
李さんは笑いながら言う。その通りだ。
『名前も分からない初恋の人か。なんかロマンティックだね』
『マザーが選んだわけじゃない、自らの意志みたいです』
『斎藤君もそういう恋に憧れているんじゃない?』
僕は熱量のある恋愛はしていないけど、詩乃が居る。詩乃とはあれからメッセージで連絡を取り合っている。電話だと窓華さんとの暮らしを感じるかもしれないと思い罪悪感があるからだ。
『僕は彼女は居ますよ』
『へぇ、君に?まぁ、見つかったら連絡するけどさ、保護人も名前を忘れているんだよ?相手だって忘れている可能性があることも忘れないでね』
『そうすると、窓華さんショック受けますよね』
どれだけ想っていても相手に伝わらないことはある。僕もマザーに頑張りを認めてもらえなかった惨めな人生だ。
『まぁ、ショックでもこの機会を放棄するよりは良いんじゃない?』
『じゃあ、よろしくお願いします』
『はいはい、待っててね』

僕は電話を切った。そして窓華さんに李さんとの話を伝えた。
「そうだよね、私も名前覚えてないんだもん。相手だって私の名前どころか、存在も忘れているかもしれないのかぁ」
ちょっと窓華さんは悲しそうに言った。
「でも、そういうの待つときって緊張しますねぇ」
「呪は他人事みたいにいつも言う!」
「いや、僕にとっては他人事じゃないですか」
「本当のことが一番残酷なんだよぉ」
窓華さんはそう言うと自室に戻っていった。数日後、李さんからすぐにこの件について連絡が着た。僕はもっと時間がかかると思っていた。でも本当数日で、窓華さんの初恋の人は突き止められた。
『探すのは簡単だったんだけど、会わせるかは斎藤君の判断だよ』
『どういうことですか?』
『あと保護人と言うことは言っちゃ駄目ね』
僕は李さんがそんなことを言うのでびっくりする。
『やっぱり言えないんですね』
『これから死ぬ人って言ったら普通の人は嫌がるでしょ。斎藤君も保護人を煩わしいと思わない時点で、もうこっち側の人間なんだって残念に思うよ』
『だって、窓華さんが死ぬように感じなくて』
僕はしどろもどろで言い返す。だって窓華さんはあんなに料理が上手で、台湾の夜景に感動している普通の人間だ。保護人という事実を忘れかけていた。
『でも、君は今は保護人と暮らしている。確実に失う人と居るんだ。もし会わせる決断をして、相手にも失うという事実が共有されることになる』
『分かってますよ』
この生活が異常だということを改めて考えることになった。そうだ、窓華さんと暮らすのは非日常であって、僕にとっての日常であってはいけない。
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