たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、守咲窓華と台湾旅行する。

7 本当は怖いんだ

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窓の近くのベンチに座って夜景を見ている僕に窓華さんは話しかけてきた。窓華さんはお酒を飲んでも動けるらしく、お風呂にはいいったりしている。僕は明日の朝に入ろうなどと考えていた。
「呪って将来の夢ってあった?」
「僕は医者になるって夢がありました」
夢を語ることは今の日本では恥ずかしいことだ。でも、僕らはホテルの食事でお酒に酔っているから恥ずかしくもない。
「その後のことは?」
「考えたことがありませんね」
「彼女さんも居るんでしょ?普通は一生をどう過ごしたいか考えるんだよ」
窓華さんは僕より追加でお酒を飲んでいるため気が大きくなっている。僕はそれについて指摘されてとても悔しかった。だって、今の僕は寿管士として生活するなら、いつ詩乃と結婚できるかも分からないから。
「窓華さんは幼稚園の先生でしたけど、どういう思いでした?」
「私は幼稚園の先生になりたかったから、夢は叶ったよ」
「前も言いましたが、夢が叶うって羨ましいです」
「それでも、喜代也が効かないから死ぬまで呪と居るんだよなぁ」
なんだかいつもより悲しそうに言う。こんな弱い人間を僕という存在が追い詰めているのだろうか。僕は酷いことをしている。
「でも僕は窓華さんを見殺しにするみたいなもんですね」
「私は死にたくないよ。それに呪が殺すだなんて。そんな根性もないくせに強がりを言っちゃ駄目」
そういう窓華さんは涙声だ。前に死を身近に感じないと生きている実感がないと言った。窓華さんは今、死を感じている。なら生きている実感があるということか。それってなんだか寂しいじゃないか。

「僕だって人の死を受け入れることは辛いです」
「でも、私は喜代也のせいで死ぬしかないんだよ?呪の心に残ると思うとやっぱり辛いところもあるよ」
「それを僕に言ってどうしろって言うんですか?」
「どうにもできないって分かっている。やっぱり私は死にたくないよ……」
何も言うことができない。あれだけ死は怖くないみたいなことを言う窓華さんだけど、本当のところ死に怯えている。そしてそれと同時に生きることを実感しているのだろう。あの詩人の言う言葉を真に受けるなら。それに僕も仕事と言っても、マザーが選んだだけの仕事で苦労している。この仕事で人と出会い失うだけの生活なんて嫌だ。やっぱりこの世の中には僕らが居ても良い世界はないかもしれない。
「旦那さんと桜ちゃんも、窓華さんには死んで欲しくないと思いますよ」
「それは分かるよ?呪と暮らすことになった日に楓が隠れて泣いていたの。桜にはどう説明したんだろうな。まだ小学校二年生だよ」
「僕は職業柄、窓華さんをどうすることもできません」
「呪はマザーによって私と最期まで生活するって決められているからね」
窓華さんはベッドの中でもごもご動いている。僕はしばらくガラス越しの夜景を見て考え事をしていた。夜中だと言うのに地上鉄は動いているようだ。うっすらとしか見えないけれど、それは確実に夜景を邪魔している。明るい窓華さんがこんな風に僕に弱みを見せるなんて思わなかった。もっと強い人だと勘違いしていた。
窓華さんはマザーに選ばれて夢も家族も手に入れた。それならば僕よりも満たされていたはず。なのに喜代也が効かないせいで家族と離されて生活している。僕はやっとマザーに選ばれて寿管士になった。そして窓華さんが死ぬまで一緒に暮らすだけだ。こんな僕の仕事ってどういう意味があるのだろう。世の中に意味のないものはないらしいが、寿管士って意味があるのだろうか。こんな仕事は日本だけじゃないだろうか。

「窓華さん、寝てないで夜景見ませんか?綺麗ですよ」
「仕方ないなぁ……」
窓華さんはベッドから出て僕の隣のベンチに座る。そして窓ガラス越しにものすごく綺麗な夜景を見た。僕だってびっくりしたし、窓華さんだって驚いていた。
「日本には私の住む世界はなかったけど、ここなら生きれるかもね」
「どういうことです?」
「台湾なら私も平和に生きていたかもって言いたいの。この空の下ならまともな人生が送れる気がする。だから現実から逃げたいちゃいかなって」
「なんでそうなるんですか……」
僕は呆れてしまう。僕は窓華さんを失いたくない。でも、それで逃げるとかはまた話が違ってくると思う。この台湾という世界の夜空で、僕らは地上鉄によって邪魔されているような気がする。大昔に来ていたのなら、もっと綺麗な夜景だったはずなのだし。どこで生きるにしろ僕らには障害がある。
「だって、呪は私を失いたくないでしょ。なら逃げようよ」
「首輪の存在もお金の問題もありますし」
「そっか、やっぱり呪は私を励ましても救ってもくれないんだね」
失いたくない気持ちは会ってからどんどん深まる。そして、失った後の生活がどうなるか想像もできない。窓華さんと暮らす日々が平和だったから。
「僕が掬えるものなんて、金魚ぐらいですよ」
「お祭りの屋台のことぉ?」
「そうです」
「地上鉄があって夜空がすごく綺麗だよね。日本とは違う場所で育ったら、喜代也を打たない世界で違う人生があったかもしれないのにな」
窓華さんが日本に産まれなかったら、もしかしたら違う未来もあったかも。窓華さんだって僕だって違う出会い方をしていたかもしれない。
「僕は寝ますから」
「私はもう少し夜景眺めたら寝るよ」
「そうですか」
「なんだかんだで、私は弱いから死にたくないんだと思うよ」
窓華さんは泣きながら夜景を眺めていた。僕よりもマザーの決める未来に思うところがあるのだと思う。僕だってないわけではない。でも、まだ、窓華さんよりはましな人生だと感じるから。僕は窓華さんをどうすることもできない。逃がすこともできないし、死んで首輪が外れるまで一緒に過ごすしかないのだ。

「ねぇ、この世界から逃げるって意味で私と心中する気はないの?」
「どうしてそこまで飛躍するんですか……」
「いや、心中したらこの首輪はどう反応するんだろうなって」
それは僕も疑問ではある。例えば窓華さんの自殺の予防のためにある首輪なのだから、窓華さんを殺してから、その次に僕が自殺するならばきっと首輪は反応しないだろう。なんでこんなことを真面目に考えているんだ。
「大昔のドラマみたいなことを言いますね」
「だって、一人で死ぬのって寂しいよ」
「僕はそこまで面倒は見切れません」
正直なことを口にする。だって、失いたくない事実で、この生活に終わりがあるってことも事実。でも僕はこの世界で死にたくない。多分、死ぬことが怖いだけかもしれない。ちょっとした勇気で消えることができるなら、それを選ぶ。
「呪はケチだなぁ……」
「そりゃあ、ケチになりますよ。自殺されたら減給なんですから」
「あぁ、それは前も言ってたよね。この仕事はシビアだよねぇ」
なんだか僕の仕事を同情するように言う。僕の仕事についてどこまで分かっているのだろうか。僕の窓華さんの死に対する悩みをどこまで理解しているのか確かめたいと思ったから聞いてみる。
「窓華さんだって、僕が窓華さんと居る意味を分かっているでしょう」
「呪は仕事で私と居て、死ぬまで一緒に暮らす人!」
「分かっているなら無理言わないでください」
窓華さんは地頭は良いのだし、こんなことは理解しているのだ。それでいて僕を困らせることも楽しむし、実際死にたくないのだろう。
「人は一つしか道を選べないからさ、選んだ道を正しいと思うしかないんだよね。私は正しい選択肢を選んできたのかな?」
「ゲームだと、バッドエンドもコンプとかしますもんねぇ」
「いや、そんなオタクの話はしてないけど……」
確かに人生はゲームと違ってセーブ地点を作ってやり直すことができない。僕には戻りたい過去がない。それを窓華さんに驚かれた、僕は今まで生きていて良かったと思えることがないから、そう思うだけだ。
「私は今まで選択してきたことを正しいと思うことにするよ。だって神様が与えてくれたたった一つの道なんだよ。きっと正しいよ」
「それは立派な考え方ですね」
「うん、神様でも仏様でも八百万の神でも誰でも良いけどさ、私が与えられた選択肢はこれしか結末がないのだから」
そう言うと窓華さんは笑った。ティラミスと同じで誰かの言った言葉なのだろうかと思って、眼鏡の辞書で検索するが該当する人物などは居ない。あぁ、これは窓華さんの生きる上での考え方なのか。
「でもさ、最期ぐらいは夢をみたいじゃん」
「夢を見るのはご勝手に。僕は寝るので」
「良い夢見るんだよ?」
ベッドの方へ向かった。いつもの布団とは違ってふかふかだ。いつものマンションだって良いところだけれど、ここは段違いだ。
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