たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、守咲窓華との初めての夜。

1 星座の話

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「ねぇ、星が綺麗だよ。一緒に見ようよ」
「僕は今、食器を洗っているのですが」
鍋の汁を捨てて僕は軽く水で濯ぐ。しっかり洗わなくても食洗機が綺麗にしてくれるから、まぁ楽な仕事だけどやりたいわけでもない。
「食洗機を使えば良いじゃない」
「ある程度手洗いしないと綺麗にならないですから」
「潔癖症な男は嫌いだなぁ」
そんなことは主婦だった窓華さんなら知っているだろう。呆れながら僕はつぶやいた。でも、ため息をついている。そしてベランダに出て行った。僕も遅れてベランダに向かう。三階から見える夜空はそこまで格段綺麗ではないが、僕の家は二階建てだったため、それよりは綺麗だ。
「星ってロマンチックだよ。今は春の大三角が見える」
「僕は夏の大三角しか知らないんですが、窓華さんは詳しいんですか?」
理科のテストに出るレベルの知識しか僕はない。織姫と彦星の話とか、あとは北極星はいつも同じ場所にあるとか。春の大三角なんて星座は初めて知った。
「特に詳しいわけじゃないよ。春の大三角はさ、おおくま座の神話が切ないから好きってだけ」
「神話ですか。どんな話なんです?」
「簡単に言うと、息子が母さん親を殺しちゃう話かな。私はその逆で桜を残して死んじゃうだけ。成長が見れないの」
そういって僕に笑顔を見せるが無理をしているように見えた。僕が気を使えないからきっと窓華さんに無理をさせる。でも、僕はどう接したら良いのか分からない。これから先も分かることはないだろう。
「無理して簡単にしなくて良いですよ」
「えっとね、母さん親が神様の妻の嫉妬のせいで熊にされて、息子はなんか知らん親切な人が育てたんだけど、将来的に狩人になったのね。それである日、熊に変えられてしまった母さん親に会うの」
「それで熊に変えられた母さん親を知らずに殺すみたいな?」
「まぁ、そうなんだけどさ。母さん親は息子の成長を喜んで近づくんだけど、息子にとっては大きい熊にしか見えてないわけ。悲しいよね。私が幽霊になって桜に会いに行ったとして除霊されるのがオチなんだろうなぁ……」
と言って窓華さんは下を向いた。ちょっとだけ思いつめた様子だ。こんな話し方をする人だとは思わなかった。子どもを残して死ぬことに罪悪感を持っている。親なら誰だって子どもの成長を見届けたいだろうと感じる。僕は星座を見ながらその非情な世界を考えていた。

「窓華さんはそういう話に詳しいんですね」
「そうでもないよ。でもさ、季節感とか感じることって今の私達にないからね。だって今は何でも喜代也を打つでしょ?それが許せないだけかな?一年中桜も藤の花も金木犀だって満開じゃん。だから私は移動する星が好きなのかもしれないね」
今は喜代也を植物にも打っているから、四季はあってないようなもの。切り花は枯れないしペットも死なない世界だ。でも宇宙の世界まで人間は干渉できない。人工衛星は飛んでいて、一般人もちょっとだけなら宇宙の旅に行けるようになった。それでも惑星を動かすなんて大掛かりなことはできない。季節にならないと見えない星座があることは事実で、流星だって人工的に起こすことは不可能だ。
「あとはさ、星ってあんなに近くにあるように見えて何光年も先の世界にあったりするの。今見ている星だって、実は消えていて、本当のところ残像を見ているだけかもしれないんだよ?これは夢があるよ」
饒舌になる窓華さんはきっと星が好きなのだろう。それとも、星という違う世界の話の存在が好きなのだろうか。僕なんて現実的な考えを持つ人間などは海外にすら行けないのに、宇宙なんて考えられないと思うだろう。宇宙旅行だって金額が高額だ。それに鎖国した今の日本では海外も別世界なのに。
「それにね、手に届きそうで届かないところが良いの!分かる?」
「僕にはよく分からないですねぇ……」
「ロマンチックじゃないから、彼女さんが可愛そうね」
窓華さんに真実を突きつけられたが、僕は自分でも納得していることなので傷つくようなことはない。別に何も感じない。いや、本当はちょっと悔しい。詩乃にも漫画やアニメのような告白をしたわけでもない。詩乃はそういう言葉を望んでいなかったと思うし、これだってお互い様だ。

窓華さんはぐぬぬと悩みながらこれだ!と独り言を言う。僕がどうしたのですかと聞くと答えてくれた。
「生きるべきか、死すべきかよね。ほら私の人生って喜劇だから」
「窓華さんは死ぬしかありませんが?」
「呪は殺されるべきか死ぬべきか……よね。だって悲劇だもん」
そう言って僕のことを笑う。僕は窓華さんに殺されるとでも言うのか。こいつは怖いことを聞いてしまった。この女性を失うことが辛くて僕が死を選ぶなんてドラマティックなこともないだろう。僕はそこまで他人の人生にのめり込めるような熱意のある生き方はできない。
「なんで僕が死ぬんですか?」
「喜劇と悲劇の意味知ってて言うのぉ」
「ちょっと調べますね」
窓華さんは僕をからかうけど、僕は眼鏡に付属してある辞書で調べる。眼鏡のレンズには喜劇はただ笑わせるだけじゃないものらしく、人生とか本質を見せてくれるのだとか。悲劇は悲惨な出来事とか出てきた。悲劇というのは、今の僕のマザーに決められた人生そのものだ。
「窓華さんの死をみとることが僕の人生の本質だと?」
「呪は私の死を受け入れる度胸があるのかなぁって」
「今の僕には分かりませんね」
何も窓華さんは言わなくなった。僕は死ぬ度胸も窓華さんを失う度胸もないのかもしれない。どちらの選択も僕をきっと困らせる。それに僕は人のために死ぬなんてごめんだ。人を助けて死ぬとか格好良いと思うけど、残された家族は助けた人間のことを恨むだろう。死ぬ人は勝手に死ぬべきだ。
「分かりました。窓華さんはそうやって困らせることが好きなんですね」
「で、これからどうやって生活する?私は毎日ティラミスが食べたい。それでついでに、励ましてもらうことを諦めてはいないからね!」
と窓華さんは楽しそうに言った。そして僕らはベランダから部屋に戻る。先に窓華さんをお風呂に入るように言った。僕は後からでも良い。僕もソファーに座ってだらだらとしていた。
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