たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、寿管士としての生活が始まる。

10 玉ねぎのすき焼きはおばあちゃんの味

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「はい、玉ねぎのすき焼きの出来上がり。おばあちゃんの味」
「新玉ねぎの美味しい時期ですけど、すき焼きはネギでしょう」
僕はキッチンから聞こえた声に反応する。もう空は薄暗くなっていて一日が早いなと感じていた。でも、匂いは確かに美味しそうな感じはする。
「うちのおばあちゃんは自宅で採れた玉ねぎで作ったのだ」
「窓華さんにとっては思い出の味なんですね」
「でも、それで母さんを悲しませたかな」
「どうして?」
リビングの机に鍋敷きを置いていた。こんなもの、どこから見つけてきたのだろうか。僕はキッチン周りをほとんど触っていないから、箸や大きいフライパンがあるところぐらいしか知らない。
「自分の子どもが母さん親の味よりも、おばあちゃんの味が美味しいから好きって言ったら嫌でしょ。桜を産んでから母さんに悪いことしたなって思ったの」
「そんなもんですかね?」
祖父母と離れて暮らしていて、年に数回しか会えない僕にとっては優しい祖父母との生活は羨ましいものに感じた。僕は両親が共働きで小さい頃から鍵を持ってひとりで過ごす生活をしていた。母さんには友達と遊ぶから気にしないと言ったけど、僕に友達なんて居るはずもなくそれはきっと母さんも知っていた。
「そうだよ、ちなみに私の場合は母さんの義母がその同居してた祖母さんだから、子どもとして最低なことしちゃったと思うわけ」
「窓華さんの母さんはそこまで考えてないですよ」
父さん方の祖父母の家に行くと、そこは山に囲まれた田舎だったから山菜を取りに山に登ったりした。母さん方の祖父母は海の近くに住んでいたから、美味しい寿司屋に連れて行ってもらうことが多い。どちらも思い出ではあるが、一緒に暮らして居たわけではないため思うところは特にない。
「私だったら根に持つけどなぁ」
「窓華さんだけですって」
もし僕の母さんに、父さん方の実家の山菜ご飯が美味しいと言ったとして義父さん母さんに嫉妬するだろうか。そんなことはきっとしない。僕は窓華さんの思い過ごしではないかと疑っていた。僕は父さんの実家も母さんの実家も、それぞれの持ち味があってどっちが好きだとか言えない。
「ほら、呪だって両親の実家で行きたくない方あるでしょ?」
「僕は父さん方も母さん方もどっちの祖父母も好きですけどね」
「えぇ、私が性格悪いみたいじゃない」
どちらかと言えば、父さん方の実家は交通の便利が悪いから気乗りはしないところはあるが、親戚の人が優しいしみんな楽しそうなので嫌いにはなれない。母さん方の実家は礼儀作法に厳しい祖母さんが居るが、それも勉強だと思っていた。だから、僕にはどっちの祖父母を選ぶことによって誰かが傷つくなんて思いもしなかった。
「今更気付いたんですね」
「あぁ、出会って間もないのにそれは酷いよ。私は義母に子どもを取られたくなかっただけだよ」
「何があっても桜ちゃんは窓華さんの子どもですよ。おばあちゃんの子どもになるわけではないんですから」
僕はそういうとキッチンに言って食器棚から箸を二人分出して、茶碗も一緒に探していた。朝にコーヒーを飲んだときのコップの近くにあったはず……

「あ、皿並べるの手伝ってくれるんだ。優しい」
「一緒に生活するのだから当たり前ですよ」
僕は鍋を運ぶ窓華さんに向かって言う。豚肉と玉ねぎでも思ったより良い感じの見た目をしていて、これは泥舟ではないかもしれない。
「そうかな、楓はやってくれなかったよ。呪は良い旦那さんになるよ」
「それだけで判断するのはどうかと思いますけど」
僕は窓華さんの旦那さんを批判する気はない。でも、自分が良い旦那さんになるという言葉は嬉しかった。僕も普通の未来がきてくれるのでは?という淡い期待を持つことができたから。冷蔵庫を明けて窓華さんが何か言っている。
「そうそう、ティラミスとプリンも持っていかなきゃね。ティラミスってどっかの国の言葉で、私を励ましてって意味なんだよ」
「どっかの国って、そこが一番重要な気がしますけど。で、プリンは?」
「知らない。私は自分が興味あることしか覚えないからさ」
器用に二つの容器とスプーンを持ってリビングの机に運んできた。僕らは向かい合わせに座る。窓華さんは僕のダサい三本線のジャージじゃなくて、もっとお洒落といかアニメの女の子が着るようなもこもこの部屋着だ。それは七部袖で、嫌でも右手の包帯が見える。僕らはいただきますと言って食べ始めた。
「あ、美味しい……」
「新玉ねぎと豚肉の脂の甘みが最高でしょ」
独り言のようにつぶやいた僕に窓華さんは自信ありげに言う。これに豆腐としいたけが入っていたら、もっと美味しいのに。僕は生卵を小皿に割って、ぐるぐるとかき回していた。これで食べるともっとすき焼き感が出る。
「豆腐としいたけがあれば完璧ですね」
「えぇ、私は嫌だよ」
「どうして?」
「豆腐は崩れるし、しいたけは単純に嫌いなだけ」
そんな好き嫌いをしてよく子どもの親が勤まるものだと僕は思ったが、まぁないならないで困るような食材でもないかと思った。僕は好きなものを後に残すタイプだから糸こんにゃくから食べていた。でも、窓華さんは違っていたようで豚肉から食べている。僕の分がなくなりそうだ。僕は兄弟が居ないから、食べ物の争いみたいなことに巻き込まれたことはない。
「呪は豚肉嫌いなの?」
「好きだから最後の食べたいんですよ」
「何それ、好きなものを最初に食べないとなくなるよ」
「そうかもしれませんね」
「さてはひとりっ子だな?まぁ、桜もひとりっ子だからどこか平和なところあるのよねぇ。私は三姉妹だから食事は競争だったんだけど」
そう言って豚肉をどんどん食べ進めていく。これでは本当に僕の食べる分は糸こんにゃくしかなくなりそうだ。僕も豚肉に箸をつけようと思ったけれど、もう豚肉は残っていなかった。

「残念でした。私がもう全部食べました」
「そうですか、それは残念」
「普通はお肉を取られたらもっと怒ると思うけど?」
「いや、僕は平和主義者なので肉を口にできなかったぐらいで騒ぎません」
僕の言葉に窓華さんは深い溜息をつく。僕もそうは言うものの肉を全く食べれないことは嫌で、肉のかけらを漁っていた。その様子を見て窓華さんはにやにやと笑っている。やっぱり性格に問題ありなのでは?
「私、持ってる人だから」
「喜代也が効かないことも特別といえば特別ですね」
ようやく肉の塊をみつけて僕は生たまごに潜らせて食べる。大昔に遺伝子組換え食品が問題になったように、こういう食肉には喜代也を使っていませんというシールで明記がある場合が多い。まだ喜代也は未知数なのだ。
「でしょ?私は特殊な人なのだ」
「計り知れないところが僕は怖いです」
まぁ、普通に考えたら家畜には喜代也を打っても意味はないか……と僕は考えていた。眼の前に居る人は普通だったら効く喜代也が効かなかった人で、普通ってなんだろうとは思ったから、僕が怖いと思ったことは事実だ。窓華さんはおたまですき焼きの汁を掬ってご飯にかけていた。
「そうやって食べるからすき焼きなのに水分多めだったのか」
「汁がそんなに多かった?私の家ではこれが普通だけど」
「一般的にはシメにうどんとかご飯とか入れてちょうどいい量だから、これは多いと思いますけど」
僕の一般常識を述べるが、窓華さんは茶碗に小皿の生たまごも入れてスプーンで食べている。きっと詩乃とでも同棲したら、こういう習慣の違いに驚いたりするんだろうなと僕は考えていた。
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