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斎藤福寿、寿管士としての生活が始まる。
6 反社のオールドジェネレーションの地区
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「でも、マザーのない世界なら医者になっていたかもしれないのに」
「かもしれないって、もしもの話をしても意味がないです」
「私はもしもの話って考えることが好きだなぁ。少しつらい時間からちょっとだけ目を背けることができるんだもの」
もし僕が医者になっていたら、窓華さんと会うことはなかった。運命というのはマザーによって動き出している。もう僕らは引き返せない。僕は窓華さんが死ぬまで一緒に暮らすしかない。窓華さんだって僕と暮らすしかない。もしもこのマザーの決断がなかったらなんて考えることは無意味だ。もう決まった未来が僕らにはある。それを変えることはできない。
「解決しないことを考えるなんて無駄です」
「無駄な時間ほど楽しいんだよ。ほら友達と雑談したり」
友達という言葉に僕はぐきりとする。僕は特に親しい友達も居ない。大学の出席の用紙を出しておいてくれと頼んできた生徒は、きっと友達ではないだろう。僕はいつもひとりで、寂しい思いをして大学に通っていた。いつか医者になるという大きい夢を持っていた。しかし、代理で出席の用紙を出してあげた知り合いは医者になったというのに、僕はこんな結果だ。
「僕に雑談できる友達は居ません」
「あ、そうなの?」
「ずっとひとりぼっちで生きてきた人生なので、ここまで深く関わる人間は親以外だと窓華さんぐらいです」
どうして僕は正直に話しているのだろう。窓華さんがこれから死ぬから誰にもこの僕の気持ちを漏らさないからだろうか。僕ははっと思って、変に気を使わせたら悪いなと感じていた。
「なんか、恥ずかしいな」
「だから窓華さんは僕の特別な存在ですね」
いろいろな意味で僕らは特別な存在だ。マザーによって出会った関係。期間限定の関係で、喜代也によって奪われる関係。
「褒めたって何も出ないぞ」
「あの、褒めていませんから」
「え、てっきり褒めてくれたかと思ったよ」
まだ窓華さんはにこにこしている。出会ってから身長の話以外はほとんど笑顔だった。それだけ身長が悩みなのかと逆に気になる。今は受精卵もマザーが決めるから子どもの性格まで選べる。昔は男女の区別もできなかったというのに、五体満足で産まれることができ、オプションをつければ言語能力や義務教育まで試験管の中で終わらせることもできる。僕も三歳まで試験管の中で育った。それは三歳児神話といって試験管で育てることは三歳までが良いとされているから。迷信だという学者が多い。しかしそんな世界だから、妊婦や赤ちゃんなんてものを僕は町で見たことがない。
バスはどんどん治安の悪い地域に進んでいく。今のバスは僕らしか居ない。次に留まるバス停は危険のマークがついていて、そろそろオールドジェネレーションの地区に入ったのだなと思った。
「なら社会人一年目か。大学院卒でも若いね」
「窓華さんも若々しく見えますよ。あ、褒めてませんから」
「呪って性格悪いところあるね」
女の人は若く見られると喜ぶと聞いたことがある。この背の低い窓華さんは若く見られることが当たり前で生きてきただろう。だから僕は釘を刺すように、褒めていないと付け加えた。すると僕の性格が悪いのだという。僕は善良な日本国民で、悪いこともせず素直に生きてきた。その言われ方は心外だった。
「そう言われたことは初めてです。だいたい素直で大人しく言うことを聞くって塾の成績表に書かれていました」
「そうか、いじめられて友達が居ないタイプか」
「飛躍しすぎですよ。僕は孤独が好きだっただけです」
孤独が好きという言い方も間違っている。孤独しか知らない方が正しい。小学校の塾で周りは鬼ごっことかドッジボールとかしている中、僕は毎日のように図書館に通っていた。図書館の窓からみんなの様子を見て、羨ましいと感じていた。僕は本当は友達が欲しかったのかもしれない。
「私は呪みたいな子がクラスに居たらいじめちゃうなぁ」
「一緒のクラスじゃなくて良かったです」
「でも、いじめって誰が悪いんだろうね」
窓華さんはいつもにこにこしているが、死を受け入れた覚悟を持つ人間。僕よりも精神的に強い。そんな人になら、僕の友達が欲しいけどひとりで寂しいという思いが見透かされてしまうだろう。そして、窓華さんはいじめっこではないのだろうかとも思った。いじめなんていじめる側が居なければ存在しない。誰が悪いとかじゃなくてクラスの環境が悪いから上下関係ができる。
「クラス全体の責任問題ですよ」
「難しこと言うね。私はいじめられる原因を持つ人だと感じるけど」
「ということは窓華さんはいじめっ子?」
いじめられる側にも原因はあるかもしれない。しかし、人間は対話をする生き物だから話し合いで解決できるだろう。僕はいじめられる側に原因があるという意見には賛成できない。だから窓華さんはいじめっ子だと感じて聞いた。
「いじめたこともいじめられたこともあるよ」
「僕より楽しい学生生活で」
「いじめられる時も辛いよ。でも、いじめた罪を思い出すこともあって、それも相手に悪いことをしたなって後悔しちゃうわけ」
「悔やんでも、いじめられた側は恨んでると思います」
僕はいじめる側にもいじめられる側にも回ったことがない。回ったことがあるというならば、いじめを見ているだけの人だ。霞さんが言うには見ているだけの人が一番悪いらしい。李さんは海外ではいじめる人間がカウンセリングを受ける弱い立場だと教えてくれた。しかし、いじめられたら僕なら根に持つだろう。
「だから、いじめる側に回る人も弱いのよ」
「いじめっ子が何を言っているのだか」
李さんの言う、いじめっ子がカウンセリングを受ける立場だという意見は間違いではにのかもしれない。でも、僕はいじめる側の人間を弱いとは思えない。いじめをすると決断したことに、強い意志を感じるからだ。
「人はどれだけ群れていても、結局はひとりだからね」
「友達が多い人でも孤独を感じるんですね」
バスの中から公園が見える。完全にオールドの地域に入ったわけではない。だから公園には桜が咲いている。四月中旬だからとっくに枯れているはずだ。喜代也を打つと花は咲いたままになる。しかし、花が散らないから実ることがない。なので食用の野菜などには喜代也は打たない。でも、公園などの草木は喜代也を打ち、そしてずっと満開のままだ。
「かもしれないって、もしもの話をしても意味がないです」
「私はもしもの話って考えることが好きだなぁ。少しつらい時間からちょっとだけ目を背けることができるんだもの」
もし僕が医者になっていたら、窓華さんと会うことはなかった。運命というのはマザーによって動き出している。もう僕らは引き返せない。僕は窓華さんが死ぬまで一緒に暮らすしかない。窓華さんだって僕と暮らすしかない。もしもこのマザーの決断がなかったらなんて考えることは無意味だ。もう決まった未来が僕らにはある。それを変えることはできない。
「解決しないことを考えるなんて無駄です」
「無駄な時間ほど楽しいんだよ。ほら友達と雑談したり」
友達という言葉に僕はぐきりとする。僕は特に親しい友達も居ない。大学の出席の用紙を出しておいてくれと頼んできた生徒は、きっと友達ではないだろう。僕はいつもひとりで、寂しい思いをして大学に通っていた。いつか医者になるという大きい夢を持っていた。しかし、代理で出席の用紙を出してあげた知り合いは医者になったというのに、僕はこんな結果だ。
「僕に雑談できる友達は居ません」
「あ、そうなの?」
「ずっとひとりぼっちで生きてきた人生なので、ここまで深く関わる人間は親以外だと窓華さんぐらいです」
どうして僕は正直に話しているのだろう。窓華さんがこれから死ぬから誰にもこの僕の気持ちを漏らさないからだろうか。僕ははっと思って、変に気を使わせたら悪いなと感じていた。
「なんか、恥ずかしいな」
「だから窓華さんは僕の特別な存在ですね」
いろいろな意味で僕らは特別な存在だ。マザーによって出会った関係。期間限定の関係で、喜代也によって奪われる関係。
「褒めたって何も出ないぞ」
「あの、褒めていませんから」
「え、てっきり褒めてくれたかと思ったよ」
まだ窓華さんはにこにこしている。出会ってから身長の話以外はほとんど笑顔だった。それだけ身長が悩みなのかと逆に気になる。今は受精卵もマザーが決めるから子どもの性格まで選べる。昔は男女の区別もできなかったというのに、五体満足で産まれることができ、オプションをつければ言語能力や義務教育まで試験管の中で終わらせることもできる。僕も三歳まで試験管の中で育った。それは三歳児神話といって試験管で育てることは三歳までが良いとされているから。迷信だという学者が多い。しかしそんな世界だから、妊婦や赤ちゃんなんてものを僕は町で見たことがない。
バスはどんどん治安の悪い地域に進んでいく。今のバスは僕らしか居ない。次に留まるバス停は危険のマークがついていて、そろそろオールドジェネレーションの地区に入ったのだなと思った。
「なら社会人一年目か。大学院卒でも若いね」
「窓華さんも若々しく見えますよ。あ、褒めてませんから」
「呪って性格悪いところあるね」
女の人は若く見られると喜ぶと聞いたことがある。この背の低い窓華さんは若く見られることが当たり前で生きてきただろう。だから僕は釘を刺すように、褒めていないと付け加えた。すると僕の性格が悪いのだという。僕は善良な日本国民で、悪いこともせず素直に生きてきた。その言われ方は心外だった。
「そう言われたことは初めてです。だいたい素直で大人しく言うことを聞くって塾の成績表に書かれていました」
「そうか、いじめられて友達が居ないタイプか」
「飛躍しすぎですよ。僕は孤独が好きだっただけです」
孤独が好きという言い方も間違っている。孤独しか知らない方が正しい。小学校の塾で周りは鬼ごっことかドッジボールとかしている中、僕は毎日のように図書館に通っていた。図書館の窓からみんなの様子を見て、羨ましいと感じていた。僕は本当は友達が欲しかったのかもしれない。
「私は呪みたいな子がクラスに居たらいじめちゃうなぁ」
「一緒のクラスじゃなくて良かったです」
「でも、いじめって誰が悪いんだろうね」
窓華さんはいつもにこにこしているが、死を受け入れた覚悟を持つ人間。僕よりも精神的に強い。そんな人になら、僕の友達が欲しいけどひとりで寂しいという思いが見透かされてしまうだろう。そして、窓華さんはいじめっこではないのだろうかとも思った。いじめなんていじめる側が居なければ存在しない。誰が悪いとかじゃなくてクラスの環境が悪いから上下関係ができる。
「クラス全体の責任問題ですよ」
「難しこと言うね。私はいじめられる原因を持つ人だと感じるけど」
「ということは窓華さんはいじめっ子?」
いじめられる側にも原因はあるかもしれない。しかし、人間は対話をする生き物だから話し合いで解決できるだろう。僕はいじめられる側に原因があるという意見には賛成できない。だから窓華さんはいじめっ子だと感じて聞いた。
「いじめたこともいじめられたこともあるよ」
「僕より楽しい学生生活で」
「いじめられる時も辛いよ。でも、いじめた罪を思い出すこともあって、それも相手に悪いことをしたなって後悔しちゃうわけ」
「悔やんでも、いじめられた側は恨んでると思います」
僕はいじめる側にもいじめられる側にも回ったことがない。回ったことがあるというならば、いじめを見ているだけの人だ。霞さんが言うには見ているだけの人が一番悪いらしい。李さんは海外ではいじめる人間がカウンセリングを受ける弱い立場だと教えてくれた。しかし、いじめられたら僕なら根に持つだろう。
「だから、いじめる側に回る人も弱いのよ」
「いじめっ子が何を言っているのだか」
李さんの言う、いじめっ子がカウンセリングを受ける立場だという意見は間違いではにのかもしれない。でも、僕はいじめる側の人間を弱いとは思えない。いじめをすると決断したことに、強い意志を感じるからだ。
「人はどれだけ群れていても、結局はひとりだからね」
「友達が多い人でも孤独を感じるんですね」
バスの中から公園が見える。完全にオールドの地域に入ったわけではない。だから公園には桜が咲いている。四月中旬だからとっくに枯れているはずだ。喜代也を打つと花は咲いたままになる。しかし、花が散らないから実ることがない。なので食用の野菜などには喜代也は打たない。でも、公園などの草木は喜代也を打ち、そしてずっと満開のままだ。
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