たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、寿管士としての生活が始まる。

4 喜代也が作ったジェネレーション

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「アパートにはコントロールベーカリーってあるの?」
「最新型がありますよ」
僕は李さんの用意した三階建のアパートに引っ越してから、コントロールベーカリーの食事しかしていない。僕の両親はヘルパーで忙しい生活を送っていた。それでもたまには母さんが普通の食事を作ってくれた。父さんは庭いじりが好きで、その野菜などを母さんが料理したのだ。だから僕はアパートに来て一週間、コントロールベーカリーの食事だけで飽きていた。コンベは確かに寒天とサプリメントだけだから、体には良いのだろうけど、普通の食事と比べて味気ない。コンベしか食べてこなかった人は分からないかもしれないが、僕みたいに普通の食事を知っている人間は、たまにはコンベ以外の食事を食べたいと感じる。
「私、コンベの食事は好きじゃない」
「じゃあ、出前でも良いですよ」
「私はこれでも子持ちの主婦だぞ?」
「もしかして手料理ができるとか?」
周りにはコンベの食事をする知り合いしか居なかった。コンベだとカロリー計算もしてくれるし、飲食店からレシピを買えば期間限定メニューだって家で食べることができる。だから今の世の中で手料理はあまり良い趣味と思われていない。コンベと違って生ゴミも出るし、食器も洗わなきゃいけないからなおさら。
「簡単なものしか作れないけどね。帰りにスーパーに寄ろうよ」
「スーパーマーケットですか?そんな危険な地区に行くとかありえません」
「でもスーパーじゃないと食材は手に入らないじゃん」
「そういう店がある地域はオールドジェネレーションの住処でしょう」
喜代也ができてできた日本人の区別。僕はネクストジェネレーションでオールドが怖い。ネクストジェネレーションは喜代也を打って遺書を書いた人、セカンドは喜代也を打たなかった人。オールドは喜代也も打たず今のマザーの支配する日本を批判的に思っている人。オールドは過激派だった。一種の宗教や暴力団の類だと思ってもらっても良い。日本の平和を脅かす存在だった。オールドは日本を変えたいと思っているが、マザーは国会議員に選ばない。なのでオールドが日本を変えるには、実力行使しかないのだ。

「呪はオールドが嫌いなの?」
「嫌いってわけじゃないです」
「なら良いじゃん。ただの喜代也を打ってない人だよ」
「言葉を正すなら、嫌いというか怖いです」
ただの喜代也を打っていない人だと言える窓華さんは強い。僕らは会議室から出て廊下を歩いていた。廊下やそこから見える室内にはスーツの人がたくさん居て、なんだか忙しそうだ。きっと僕はその人ほど忙しくない。
「オールドって過激派だけど、私はその生き方は強いと思うよ」
「マザーと喜代也に頼らないところですか?」
「それにコンベにも頼ってないでしょ」
喜代也ができて人の寿命がなくなった。そしてそのせいで海外から批判されて日本は鎖国した。それまでの日本は食料を海外の輸入に依存していたから、コントロールベーカリーができるまでは食糧難の時期だってある。今はマザーの指示で作られたヘルスメーターとコントロールベーカリーのおかげで日本は平和だった。オールドはこれを良いとは思わず、今でも毎日手料理をしている。
「僕はオールドが治療すれば完治する病を放置するところが嫌いです」
「お、さすが医者になりたかった人だ」
「治る病気なら治療するべきですよ」
オールドは喜代也を打たないだけにとどまらず、医療行為も受けない。オールドジェネレーションはコンベを使わないから、昔みたいな高血圧などの生活習慣病の人口が多い。日本全体で見たらコンベを使うから肥満の子どもも減って、そういった自堕落な生活からくる病気も少なくなった。だから、僕はオールドジェネレーションの防げる病気で死ぬなんて馬鹿馬鹿しいと思うのだ。オールド以外はマザーが受精卵を決める。そのため、生まれ持っての糖尿病の患者はオールドにしか居ないし、それも一部だ。しかしオールドは子どもの治療は基本的にしない。だから小さな命が簡単に奪われる。僕はそれが嘆かわしかった。
「過激なところは駄目だと思うよ。でも、喜代也を打っていない人の人権も守られるべきよ」
「まぁ、任意接種になったのに喜代也を打つ人が八割ですからね」
「そうだよ、義務みたいなものって感じちゃう」
成人は一六歳で、成人すると同時に接種するかを選ぶ権利が与えられる。八割の新成人は喜代也を打って遺書を書く。一割は打たない。そしてもう最後の一割はオールドジェネレーションという過激派になる。

「喜代也のせいで三世代あるけど、マザーがまとめるから平和じゃないですか。そんなに喜代也は敵視すべきものじゃないと感じますよ」
「その馬鹿な薬ができなかったら、マザーはできなかったの。喜代也のせいでマザーができて日本人は決められた人生を選ぶしかなくなった」
「そう言われると否定はできませんが」
窓華さんは喜代也とマザーに批判的でまるでオールドみたいだ。僕は隣で歩く小さな窓華さんの様子を見ていた。窓華さんはスマホでスーパーの広告を見ている。いつもスーパーに通っているようで、アプリが入っていたのだ。
「だから私の存在はマザーに対する反逆なんだよ。これはちょっと自慢に感じちゃうかもしれないな」
「変なところを気にするんですね」
「だって、私は計り知れない可能性があるから」
「自分で言うのはちょっと」
窓華さんはスマホを触りながら、自分の可能性を口にする。喜代也が効かない人なんて僕はこの仕事で初めて知った。喜代也とマザーには密接な関係がある。だから喜代也が効かないということは、マザーに反すると言いたいのだろうか。
「サンマルってスーパーがたまご九九円だって」
「良かったですね」
「呪も行くんだよ?」
「やっぱりそうですか……」
そう言ってスマホの画面を見せてきた。でも一000円以上でたまご九九円と書いてある。まぁ、二人分の食事を買いに行くのだから、この注意書きはそこまで気にする必要はないだろう。
「だってそうじゃない。私は普通の日本国民より特別なの。そういう意味では一緒にくらす呪だって日本に重要な人だよ」
「曲りなりにも国家公務員です」
「でも、寿管士なんて初めて知ったなぁ」
僕らは庁舎を出る。春なのに夏のように温かい日で、スーツでは暑いなと思っていた。窓華さんの涼しそうな水色のワンピースが羨ましい。こんな仕事を初めて知ったことは僕だって同じだ。喜代也が効かない人が居るなんて知らなかった。
「寿管士は極秘の仕事で、普通に生きていたら関わりません」
「ほら、やっぱり私って特別なんだよ。いや、私達が?」
「どっちでも良いですよ」
僕は呆れながら言葉を放った。特別という言葉は僕は好きじゃない。僕は普通に友達と遊んだりしたかった。いつも僕はひとりぼっちで、そのことを親や担任の先生に心配される特別な生徒だった。
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