たおやかな慈愛 ~窓のない部屋~

あさひあさり

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斎藤福寿、寿管士としての生活が始まる。

1 保護人の守咲窓華と対面

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新生活二日目、片付けも落ち着いて慣れてきた。ここには大きなクローゼットもあって、僕の少ない洋服が惨めに見えるほどだった。みんなが新しい年度を迎える春だというのに一年中、近くの公園には桜が咲いている。喜代也を打った植物は枯れることなくずっと花が咲いている。だから春の桜も散ることはない。春先はとにかく過ごしやすい日だった。
僕は遺伝子をマザーが精子と卵子を選んだ一般的な受精卵で、その上育児科の試験管育ちだ。アレルギーのないようにオプションも選択したし、言語オプションも生後三年ほど試験管で育ったため完璧だ。花粉症などとも無縁で、どの季節が嫌いだとかはなかった。今の世の中はみんながそうだったから、アレルギーについてありがたいと思ったこともない。赤ちゃんもある程度まで試験管で育てるから、親子連れとか妊婦さんとかも映像の中の知識でしかない。でも、成人まで試験管で育てることを母さん親としての愛がないと言う学者は居る。そんなものは家庭の勝手だと思うけど、試験管の中で成人まで育つことは可哀想だと思う。親の育児放棄というか。昔にあった三歳児神話というものが今もあって、試験管で育てるのは三歳までが良いとする意見がある。これも何度も論争になっていて、本当のところはよく分からない。
基本、出勤はしない仕事だ。だから僕は暇だと思いつつも、学生時代の連絡先とゲームデータのことを思い出す。それくらいの覚悟がないと、家にもう帰れないかもしれないという覚悟がないと、この仕事はやっていけないと思ったからだ。ようやく僕の担当になった守咲さんを迎えに行くこととなった。寝室以外は共同の建造になっている。僕はコントロールベーカリーでの食事にも慣れてきたし、ここのコントロールベーカリーはなかなか美味しいと思う。高いだけある。それに残量がなくなれば自動で手配してくれるので、買い物に行くことだってしなくても良い。
同僚にもなかなか会えないと聞いたが、霞さんとは連絡先を交換しているし李さんにも相談できる。でも、霞さんから連絡が来ることはなかったし、僕も連絡はしなかった。僕ってもしかしてぼっちなのでは?と思いつつ、これからこの部屋に増える一人の保護人を迎えに行く。僕は今日も入社式と同じ大学の入学式で使った地味なスーツを着ていた。この職業はいろいろと配給を受けることができる。なので買う必要性を感じなかったからだ。こんな生活に慣れてきた、今日が保護人と対面する約束の日だった。李さんは庁舎の会議室に居るらしい。僕はそこにバスで向かった。そして廊下で李さんと会う。

今日は保護人の守咲さんを迎えに庁舎に来ていた。僕は朝から緊張して久しぶりに着るスーツを着て、この仕事がやっていけるかとバスのミラーで自分を見てかなり不安になる。でも、僕が与えられた仕事だ。これは幸せになれる選択肢のはず。
指定された部屋の前に李さんが居た。李さんはやはり派手なスーツを着て、お洒落をしている。僕は挨拶をする。それから調書にあったように首輪を渡された。これは保護人の自殺を止めるもの。もちろん、僕に危機があったとしても警報が鳴って警察に通報される仕組みだ。
「斎藤君、おはよう。よく寝れたかい?これは首輪ね」
「よく寝れるわけないですよ……」
僕は首輪を受け取る。高性能な首輪だからもっとごついかと思ったら、アクセサリーにも見えるような華奢なネックレスのようだった。僕は思ったより軽い首輪を不思議そうに持っていた。
「あ、ちゃちいって思ったでしょう」
「うん、まぁ、そうですね。もっとごついものかと思っていました」
「説明だけ聞いたらそう感じるかもね。でも、その首輪のシステムを作った人は俺だからさ。俺ってすごいでしょ」
李さんがとても自信ありげに言う。僕ははぁ……とだけ返事をすると、もっと何かないの?みたいなことを聞かれた。李さんは韓国人で鎖国した日本に来ているということは理由があってのことだろうか。
「李さんってどうして日本に居るんです?」
「それ聞いちゃうのぉ?」
いたずらっぽく笑ってから李さんは真面目な顔になった。僕が聞いたらいけないことだったのだろうかと思った。でも、僕は知りたい。
「初期のマザーが僕を呼んだから来たんだよ。韓国って学歴社会だから落ちこぼれの俺をマザー様が拾ってくれたわけ」
「マザーのスカウトですか?やっぱり李さんは特別なんですね」
「特別って言われるとそうだね。でも、俺だって日本に行くことは迷ったよ。鎖国した国に行くなんて怖いじゃん」
また明るく笑う李さん。李さんは日本に必要とされたから、マザーによって韓国から召喚されたのかと僕は思った。アジア人だから、ぱっと見は外国の方には見えない。もしかしたら、マザーが呼んだ外国人というのはもっと日本に居るのかもしれないと感じた。
「ここの扉を開けたら保護人が待ってるよ」
「僕ができるような仕事だとは思えませんが……」
「あの子が選んだ仕事だよ。だからきっと大丈夫」
李さんは僕の肩を叩く。僕は強く握ったら壊れてしまいそうな首輪を持ってドアをノックして名前を名乗る。どうぞという女の人の声がする。僕は恐る恐る会議室のドアを開けた。その部屋の奥にある椅子に、黒髪のボブヘアでワンピースを着た小柄な女性が座っている。名乗らないといけないと僕は思ったが、この人と生活してそれで死んでいくのかという事実を知っている。僕は何も言えない。だってこの先、希望もない人に何を語りかければ良いのだろう。こんなに元気そうなのにこの人は八月二六日の二時五六分に死ぬ。今は四月の中旬だからあと四ヶ月の命だ。限りのある最期の時間を僕と過ごす。こんな僕で良いのだろうか。家族に恨まれる仕事ではないだろうか。僕は自問自答していた。
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